世界観によって「新しい課題」を作り出す
このように「見かた」を変えることで価値や意味の捉え方を変えると、今、世の中で「普通」とされているものに対しても、違う捉え方ができるようになる。それが「潜在課題」を顕在化させること、つまり「新しい課題を作り出す」ことにつながる。
例えば、これまで紙で渡されることが「普通」だった定期健康診断の結果をスマートフォンから見られるようにできないかと考えることで「PHR(Personal Health Record)アプリ」が生まれる。これによってユーザーは、いつでも手元で自分の検診データを確認できるが、そうなると「各項目の説明が専門的すぎて意味を理解できない」「撮影したレントゲンや胃カメラの画像をなぜ自分で見たいときに見ることができないのか」といった別の課題が生まれてくる。
今は「普通」かもしれないが「これは普通ではない」という視点(世界観)で見ると、そこに「新しい課題」が生まれる。
「世界観によって新しい課題を生み出すことと、事業活動を持続させる収益性をどう確保するかは、排他的に扱うべき事柄ではない。片方に意識が向くと、もう片方が軽視されがちだが、両方を担保しながらやっていく必要がある」(市谷氏)
では、世界観を通じて「見るべき対象」とは何か。それが、このセッションのタイトルになっている「システム(系)」である。「システム」は「現状の構造」や「現状のエコシステム(生態系)」と言い換えることもできる。
「システムを見ることは、ものの見方をどう変えていくかのヒントになる。潜在的な課題を抱えたシステムは、世の中に多く存在している。そもそもシステムとして成り立っていなかったり、このままでは将来的な継続ができなかったりといった状況は、いくらでもある。システムをどこまで捉えるかによって、課題の生み出し方は変わってくる。これは『どこまで捉えなければいけない』というものではなく、事業としての意思に基づいて捉えるべき範囲が変わる」(市谷氏)
前出の「ダイエットのための体重管理アプリ」の例で考えると、入り口を「体重管理」としていた場合でも、その先により範囲の広い「健康管理」を置けるかもしれない。その場合「健康診断」や「診察」のデータを手元で見られるような仕組みがあったほうがより便利であり、さらにそれが病院と共有できれば「医療の質の向上」といった課題解決につながる可能性がある。また、本人だけではなく家族との共有も可能になれば「病院と家族との連携による患者の支援」といったことにつながるかもしれない。
「こうした連携がさらに広がれば『地域医療』が抱える問題の解決につながっていく可能性もある。地域医療では基本的に病院の数が足りておらず、地域の大病院と規模の小さな病院が、それぞれに役割を果たして互いに支え合うような仕組みを作っていかなくてはいけない状況にある。そのためには『データの共有』が不可欠な基礎になる。個人の『体重管理』から始めたとしても、そこから少しずつ重なり合うところ見つけ出し、視点を広げていくことで『地域医療システム』が抱えている問題の解決にまでアプローチできる可能性がある」(市谷氏)
もちろん、この例も含めて、見る「システム」の範囲が広がれば広がるほど、関わる登場人物は増えていく。そうしたシステム全体を単一のプラットフォームですべてフォローすることは難しいだろう。
「むしろ、それぞれの登場人物がそれぞれの役割を果たし、全体の『系』としての価値を高めていくことを促せるようなプロダクトはどうあるべきか、ということを考えていくことになるだろう」(市谷氏)