リーダーをボトルネックにしないための権限移譲
では、具体的にどのような「ガードレール」を設ければよいのだろうか。安達氏は現在進行形の取り組みとして、「品質管理のゲートを設けること」と「レポートラインを整えること」の2点を挙げた。
プロダクトディスカバリーの論点(解くべきイシューは合っているか)から、ユーザビリティ、内部品質に至るまで、現場の創造性を阻害せずに一定のクオリティを担保するレビュープロセスをいかに組織に組み込むかが鍵となる。
しかし、ここで1つの懸念が生じる。AIによって個人の生産性が3倍から5倍に跳ね上がったとして、その成果物をすべてリーダー(CPOやテックリード)がレビューしようとすれば、必ずリーダー自身がボトルネックになってしまうのだ。
「だからこそ、適切な権限移譲が必要です。どの粒度のものを、どのレイヤーの人が見るのかをきちんと明文化しなければなりません。この機能は誰が責任を持ってリリースしたのかが明確でないと、失敗した時に誰の学びにもならないのです」(安達氏)
安達氏は過去に「品質を上げよう」とだけ現場に伝えて失敗した経験を振り返り、「何が良い状態なのか」という明文化されたルールと規範のセットが必要だと強調した。藤倉氏もこれに同意し、「これまでギリギリのところでサボれていた要求整理やアーキテクチャ設計を、これからはより体系的・科学的にやらなければならなくなった」と語気を強める。
「1人ユニコーン企業」の幻想と、止まらない採用のアクセル
議論は後半、「リーダー+AIだけで大抵のことは完結するのではないか」という問いへと移った。極端な話、AIを駆使すれば少人数の天才だけでユニコーン企業(評価額10億ドル以上の未上場企業)を創れるのではないか、という昨今のトレンドに対する見解である。
これに対し、安達氏は「SmartHRの規模になれば、数十個のプロダクトを1人でカバーするのは物理的に不可能」と一蹴する。さらに、「1人でプロトタイプは作れても、製品として提供していくには多様な人を巻き込む必要がある。私はコラボレーションの力を信じており、複数人でディスカッションした方が良いものができる」と、チーム開発の重要性を力説した。
藤倉氏も独自の視点からこの幻想を打ち砕く。「AIを使いまくって1人でユニコーン企業並みの価値を出せる世界が来たとして、それは他社も同じことをやっているはずです。1人ユニコーンが1万社あったら、それはユニコーンとは呼ばれません。ただの馬です」(藤倉氏)
競争原理の観点から見れば、自社の生産性が10倍になったときは競合他社の生産性も同じく10倍になっている。そのため、SmartHRもキャディも、現在の人材採用のアクセルは「ベタ踏み」の状態だという。
次世代のPM・エンジニアに求められるスキルシフト
採用の熱量は変わらない一方で、求める人物像の「比重」には変化が起きている。
藤倉氏は、これからのエンジニアに求める要件について、「ビジネスパーソンとしての根本は変わらないが、スキルのグラデーションが変わる」と指摘する。これまで高く評価されてきた「純粋にコードを書く」という専門性から、「システム全体を設計する力」「組織戦略を理解しチームの振る舞いを変えられる能力」「高いオーナーシップ」といったソフトスキルへと比重が移っていくというのだ。
安達氏も同様に、「コーディングが占める割合が相対的に小さくなっていく中で、『コードを書いていれば満足だ』という方は採用しにくくなる」と語る。より広い概念でのエンジニアリングに関心を持てる人材が求められている。
この変化は、経験豊富なシニア層だけでなく、若手やジュニア層にも大きなチャンスをもたらす。「AI時代だからジュニアを採用しないというのは意味が分からない」と安達氏は断言する。藤倉氏も「事象から論理的に考え、仕組みを作り、課題を定義・整理する『課題解決能力』のセンスを持つポテンシャル層は、これからも間違いなく重宝される」と期待を寄せる。瞬発的な知識の量ではなく、多角的な観点で物事を判断する能力こそが、AI時代を生き抜く強力な武器になるのだ。
変わる手段と、変わらない目的
セッションの締めくくりとして、両氏から会場のプロダクトマネージャーやエンジニアに向けたエールが送られた。
「AIというツールを過大評価も過小評価もすべきではありません。究極的には、会社に利益をもたらし、ユーザーに価値を届ける人が評価されるという本質は、AIがあろうとなかろうと同じです。手段が大きく変わっただけであり、悲観することなく新しい環境でのエンジニアリングを楽しんでほしいと思います」(藤倉氏)
「われわれはプロダクトを作る人間です。AIによって顧客への価値提供の手段が大きく広がりました。このテクノロジーをうまく使って、どうすれば社会に良い価値を提供できるか。ぜひ前向きに仕事を楽しんでもらえたらと思います」(安達氏)
モデレーターの蜂須賀氏が総括したように、本セッションで語られた「仕組みと規範」「権限移譲」「AIの統制」といった抽象度の高い組織論を、自社のフェーズや文化に合わせていかに具体化し、明日からのアクションに落とし込むか。それこそが、これからのプロダクトマネージャーや開発リーダーに求められる「真の課題解決能力」なのだろう。
