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Developers Summit 2026 「Dev x PM Day」

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キーパーソンインタビュー

年商400億円超SaaSの成長の舞台裏―ラクス プロダクトマネージャー組織変革のリアル

 楽楽クラウドで知られるラクスのSaaS事業は2025年3月期に売上418億円を超え、さらに成長を続けている。その主力を担う「楽楽精算」(売上170億円)、「楽楽明細」(同99億円)の成長の裏には、プロダクトの規模拡大に伴う深刻な「成長痛」があった。事業と開発の間に生じたズレ、あいまいになる優先順位──。この大きな課題を、同社はいかにして乗り越えたのか。プロダクトマネージャー組織の変革を牽引した同社開発本部第一開発統括部 プロダクト部部長である稲垣剛之氏に、その意思決定プロセスや具体策を聞いた。

成長と共に「粗くなった解像度」──楽楽クラウドが直面した組織のズレ

 テレビCMでもおなじみの「楽楽精算」「楽楽明細」を展開するラクスは、企業のバックオフィス業務効率化を支援するSaaS企業として急成長を遂げている。同社のクラウド事業は2025年3月期に売上418億円を突破し、なお拡大を続けている。

 その成長をプロダクト組織の変革を通じて支えてきたのが稲垣剛之(いながき・たけし)氏だ。同氏は、2021年8月にラクスに入社する前に、SIerで10年間働き、その後BtoC ECプラットフォームで売上ゼロから250億円まで成長させた経験を持つ。

株式会社ラクス 開発本部第一開発統括部 プロダクト部部長 稲垣剛之氏
株式会社ラクス 開発本部第一開発統括部 プロダクト部部長 稲垣剛之氏

 現在は開発本部 第一開発統括部 プロダクト部の部長として、楽楽精算、楽楽明細、楽楽電子保存、楽楽債権管理の4製品を担当するプロダクトマネージャーやデザイナーたちを率いている。

 しかし、この規模に至るまでの道のりは決して平坦ではなかった。SaaS事業年商が数十億円から100億円規模へと拡大する中で、深刻な組織課題が顕在化していたのだ。

 「事業側からは『こうして欲しい』というHowの相談がよくありました。開発の立場からは、お客さまがなぜ困っているかというWhyを知りたいと思っていました。そうすれば、もっと本質的な課題解決につながるソリューションを提案できると考えていたからです」と稲垣氏は当時を振り返る。

 このすれ違いの原因は、プロダクトマネージャーとプロダクトマーケティングマネージャー(PMM)が分離されていない組織体制にあった。事業部門に置かれたプロダクトマネージャーが製品要求仕様(PRD)を作成していたが、1人のプロダクトマネージャーが事業と開発の両領域をカバーすることの限界が現れていた。開発チームが求める技術的な文脈や実現可能性の情報と、事業側が重視する市場やビジネス要求の両方を高いレベルで橋渡しするには、役割が広範囲におよびすぎていたのだ。

 「開発側がどんなことを知りたいのか、事業側のプロダクトマネージャーからは理解しづらく、やり取りに非常に時間がかかってしまう状況でした」と稲垣氏は説明する。さらに、開発の優先順位についても明確な根拠が示されないなど、開発チームの納得感が得られない状態が続いていた。組織が拡大するにつれ、開発部門に届く顧客情報の解像度も下がりつつあり、早急に対応する必要があった。

「通訳者」として橋を架ける──徹底的なヒアリングから始まった組織変革

 稲垣氏が着手したのは、徹底的な現場ヒアリングだった。事業側の製品企画メンバーと開発の責任者それぞれと1on1を設定し、根気よく話を聞いた結果、お互いに思っていることが適切に伝わっていないことが判明した。

 この課題に対する稲垣氏のアプローチは明確だった。「事業側が開発側の視点を持つのは時間がかかるため、まず開発側のプロダクトマネージャーとして貢献していくべきではないか」と考え、製品要求仕様の作成を事業側から開発側に移管することを提案した。

プロダクト開発体制の変化:以前(上)と現在(下)
プロダクト開発体制の変化:以前(上)と現在(下)

 事業側は引き続きプロダクトマーケティングマネージャー(PMM)が立ち、市場要求仕様(MRD)に特化し、セグメントやターゲット、ポジショニングの決定に集中する一方で、開発側のプロダクトマネージャーが顧客課題の「Why」と「What」(プロダクト4階層のディスカバリー部分)を徹底的にヒアリングし、製品要求仕様の質を向上させることに注力した。

 この変革で稲垣氏が重視したのは、「通訳者」としての機能だった。「例えば、楽楽精算は15年以上の歴史がありますが、その技術的負債を事業側が理解するのは難しく、『なぜこんなに時間がかかるのか』などの疑問に開発側が対応し続けるのは現実的ではありませんでした。そこで、プロダクトマネージャーが間に入ることで、開発はより設計・実装にフォーカスできるようになり、事業側も開発の事情を踏まえた上で業務を進められるようになっていきました」と語る。

 変革の効果を測定するため、稲垣氏は開発チームに対して3か月に1回のペースでアンケートを実施した。「製品価値への貢献はすぐには難しいため、まず開発部門に対して私たちが入ったことで開発が進むようになったか、ストレスが減ったかなどを測定しました」と稲垣氏は述べた。

 このアプローチに開発側の反応はおおむね好評だった。「もともと非常に困っているところに入る形だったため、対開発部門ではポジティブな反応でした」と稲垣氏は振り返る。

 一方、事業側との役割分担は慎重に既存業務を切り分ける必要があったため、DACIモデル(意思決定の責任者・承認者・貢献者・情報提供者を明確化するフレームワーク)などを活用しながら議論を重ね、合意形成を図ったという。

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「売れるプロダクト」を実現する仕組み──財務データで決める優先順位

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この記事の著者

森 英信(モリ ヒデノブ)

就職情報誌やMac雑誌の編集業務、モバイルコンテンツ制作会社勤務を経て、2005年に編集プロダクション業務やWebシステム開発事業を展開する会社・アンジーを創業。編集プロダクション業務においては、IT・HR関連の事例取材に加え、英語での海外スタートアップ取材などを手がける。独自開発のAI文字起こし・...

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