及川卓也×吉羽龍太郎が問う、プロダクトマネジメントの本質
これまでも数々のカンファレンスで共に登壇し、日本のプロダクト開発を牽引してきた両氏。
Tablyの代表取締役を務める及川氏は、外資系テック企業などでソフトウェアエンジニアやプロダクトマネージャーを歴任。現在はプロダクト開発支援や人材育成の第一人者として知られている。一方、アトラクタの吉羽氏は、アジャイルコーチや認定スクラムトレーナーとして数多くの組織開発を支援するかたわら、『プロダクトマネージャーのしごと』をはじめとする数々の名著の翻訳・執筆を通じて、日本におけるプロダクトマネジメントの普及に貢献してきた。
「AI時代にプロダクトマネージャーは必要か」という刺激的なタイトルを掲げた本対談。AIという技術革新は、プロダクトマネジメントの現場を、そしてそこに携わる人間の価値をどう変えていくのか。
【トピック1】AI時代に「強いプロダクト」を量産できる組織の条件
最初のテーマは、AI時代に強いプロダクトを作れる会社と、苦戦する会社の違いについてだ。及川氏は、AI時代における大きな変化として、プロダクトの「インターフェースのあり方」が根本から変わると指摘する。
「これまでプロダクトは人間が使うものだったが、これからはAIエージェントが操作する世界がやってくる。隣にAIアシスタントがいて、人間が気づかないところでプロダクト同士がやり取りを完結させる。そうなると、APIファーストの設計や、AIが機械的に内容を理解できるセマンティックなWebの作り方が重要になる」(及川氏)
アクセシビリティを追求し、正しいWebの構造を守ってきた延長線上にAIエージェントへの対応があるというのが及川氏の視点だ。
これに対し吉羽氏は、「AI時代に」という枕詞がつくものの、本質的な部分は変わらないのではないかと投げかける。
「インターフェースの変化は大切だが、それはプロダクトの種類による。それ以上に、強いプロダクトを作れるかどうかは、組織構造や文化、評価制度に依る部分が大きい。偉い人が『僕の考えた最強のアイデア』を持ってきて現場に丸投げするような組織では、いくらAIを使っても強いプロダクトは生まれない」(吉羽氏)
吉羽氏はそう強調する。及川氏も、人間が頑張るこれまでの組織にこだわりすぎることへのリスクを口にした。
「Y Combinatorなどの事例を見ても、数人の創業者とAIエージェントだけで企業を回すモデルが出始めている。人間中心の組織に固執しすぎると、スピードとコストの両面で負けてしまう可能性がある」(及川氏)
AIネイティブな組織へと脱皮できるかどうかが分岐点になるという。
【トピック2】開発チームを盾に使えなくなる時代、問われる「覚悟」
対談が深まるにつれ、話題はプロダクトマネージャーの判断へと移った。AIが開発を肩代わりしてくれるようになったとき、人間は何を判断し続けるべきか。吉羽氏は、「ビルドトラップ」の罠がさらに深刻化すると警鐘を鳴らす。
「今までの構造では、開発チームが工数を理由に交渉することで、結果としてスコープが絞られていた。しかしAIが登場し『何でもすぐに作れる』ようになったら、ブレーキが効かなくなる。結果として、誰も欲しがらない機能を量産し続けるビルドトラップ一直線になるだろう」(吉羽氏)
特に大企業では、「一度リリースした機能は、たとえ利用者が少なくても消せない」という構造的な圧力が働く。機能を追加する容易さに比べ、削除する難易度が異常に高い。この不均衡な状況でAIを回し続ければ、負債だけが積み上がる地獄絵図が待っている。
「これまでは『開発チームが無理だと言っている』という言い訳が、ステークホルダーに対する盾になっていた。しかし、AIが24時間365日作れてしまう以上、その技はもう使えない」(吉羽氏)
吉羽氏はそう語る。開発チームを盾にできなくなったプロダクトマネージャーは、今、ステークホルダーと腹を割った対話をすることを余儀なくされている。
及川氏も、「かつて吉羽さんとプロダクトマネージャーカンファレンスで対談した際、プロダクトマネージャーに求められるのは『覚悟』だと話した。今まさにその覚悟が問われている」と応じる。
「AIは正解があるものを効率的に作るが、プロダクトには正解候補が多数あり、誰も答えを知らない。そのなかで『われわれはこれを信じて進む』と決めるのは人間にしかできない。周りからの圧力が強まるなか、自分たちのロジックと情熱を持って『やらない』と決める人間力が必要だ」
及川氏は、アリストテレスが説いた説得の3要素「エトス(信頼)・ロゴス(論理)・パトス(情熱)」を引用し、これからのプロダクトマネージャーには、AIには真似できない人間としての深みが求められると説いた。
