【トピック3】取り残される「バックログマネージャー」からの脱却
次に、成長するプロダクトマネージャーと、取り残される人の違いについて議論が交わされた。吉羽氏は、「バックログマネージャー」や「ウェイター(御用聞き)」化しているプロダクトマネージャーの危うさを指摘する。
「日々の業務を作業で埋め尽くし、アウトプット(作業量)に逃げている人は厳しい。本来はアウトカム(成果)に向き合うべきだが、組織が定量評価にこだわりすぎると、生存戦略として『バックログをたくさん書く』といった目に見える作業に最適化してしまう」
及川氏も「アウトプットにこだわるのは人間の性だが、ドキュメント作成のような機械的な仕事に固執していては、AIに職を奪われる」と続けた。
今後のキャリア形成において、どのようなアクションが必要か。及川氏は、AIを逆手に取ったジュニアの育成に勝機を見出す。
「これまではエンジニアやデザイナーをアサインするコストが壁になり、ジュニアが全工程を経験する機会が少なかった。今はAIを相棒にすれば、PoCレベルであれば1人で作れてしまう。算数の授業で電卓を禁止して基礎を学ぶように、あえてAIを使わずに基礎体力を養う時期も必要かもしれないが、最終的にはAIを駆使していかに早く上位レイヤーの視点を手に入れるかが重要だ」
及川氏は、カッツモデルにおける「テクニカルスキル」「ヒューマンスキル」「コンセプチュアルスキル」を挙げ、これまでは経営層に求められていた高い 概念化能力(コンセプチュアルスキル) が、今や現場のプロダクトマネージャーにも求められていると語った。
【トピック4】「最後に決める人」としての矜持
セッションの締めくくりとして、改めて「プロダクトマネージャーは必要か」という問いが投げかけられた。
及川氏は、「資本主義とAIが結びつくことで、倫理観が壊れ、人類そのものが不要になるかもしれない」というSF的なディストピア論を交えつつ、「だからこそ、プロダクトが『何のためにあるのか』という目的関数を設計し、倫理を司る役割は残り続ける」と語った。
一方の吉羽氏は、より実利的な視点からこうまとめた。
「肩書きとしてのプロダクトマネージャーはあってもなくてもいい。大切なのは、今その組織のなかで誰が責任を背負っているのかということだ。責任の所在があいまいなままAI任せにすることはできない。最後に決めるのは人間であり、その決断に責任を持つ。その機能さえ果たされていれば、肩書きはエンジニアでも何でも構わない。皆さんの組織でも、責任の所在についての議論を深めてほしい」
AIが「作る」ことを民主化する時代。プロダクトマネージャーという存在は、単なる機能の定義者から、組織の意思と責任を一身に背負い、不確実な未来に正解を打ち立てる決断者へと、その役割を再定義されている。及川氏と吉羽氏が投げかけたのは、技術という荒波のなかで、人間としての軸をどこに置くかという、すべてのプロダクトマネージャーへの挑戦状だった。
