これからの医療を変革する「医療プラットフォーム」の実現を目指して
「日本の医療体験を、しなやかに。」をミッションに掲げ、テクノロジーを駆使して、医療に関する問題解決を目指す株式会社カケハシ。2016年の設立以来、電子薬歴システム「Musubi」に始まり、薬局業務のデータ分析を可能にする「Musubi Insight」や、服薬期間中のフォローアップを支援する「Pocket Musubi」、医薬品在庫管理システム「Musubi AI在庫管理」など、医療現場のニーズに応じたソリューションを次々と生み出してきた。全国にある約6万店の薬局のうち、現在カケハシのサービスを活用する薬局は全体の約20%に上り、2500万人を超える患者データを保有する。
代表取締役CEOを務める中川氏は、学生時代から起業家として活動し、マッキンゼー・アンド・カンパニーで企業変革プロジェクトに携わった後、「自分本来の仕事をしたい」と起業を決意。代表取締役社長である中尾豊氏とともにカケハシを創業することとなった。

「日本の超高齢化が進み、人口も減少する中で、国の財政も逼迫しつつあります。医療や介護などの社会保障を変革しなければ、破綻は目に見えています。日本で最も重要な課題ともいえる医療分野に正面からぶつかり、社会を良くしていきたいという思いで事業を立ち上げました」(中川氏)
その思いは、2018年に入社し、サプライチェーンマネジメント(SCM)事業のプロダクト責任者の山本氏にも共通する。山本氏はNTT東日本の出向先で海外のWeb系サービスやスマートフォンのリサーチやC向けアプリのプロダクトマネージャーを担い、その後、リクルートではAIサービスのプロデュースを経験してきた。

「約10年間で積んできたさまざまな経験やキャリアを活かして、次の10年は腰を据えて大きな社会的課題の解決に取り組みたいと考えていたんです。少子高齢化による財政赤字が一番大きなインパクトのある課題と考え、その解決に挑むカケハシに出合い、興味を持ちました。明確なビジョンに共感するとともに、自分が得意とする『構想を形にしていくこと』で貢献できると感じ、入社を決めました」(山本氏)
そのような2人とともにカケハシが目指す事業構想および提供価値とは、どのようなものなのか。市場の約20%の薬局が利用するソフトウェア「Musubi」シリーズで知られ、一般には、医療特化型の「バーティカルSaaS企業」として認識されている。ビジネスとしてはすでに一定の成功を収め、会社として成熟期に入りつつある印象だが、中川氏は「あくまで構想実現の緒についたばかり」と語る。
「私たちが目指すのは、医療サービス自体をより良い形で変革していくこと。少子高齢化で担い手が減り、利用者が増える中でも、医療サービスの提供者が働きやすくなり、患者さんが快適に適切な医療を受けられるようになることです。そのためにデータの流通・活用などを含めた業界全体のDXを図り、例えば医薬品の流通や患者さんとの情報共有・コミュニケーションなどまで、あらゆる活動がスムーズにできるような『医療プラットフォーム』を実現したいと考えています」(中川氏)
求められるのは「圧倒的な現場感」に基づくトータルな価値提供
「医療プラットフォームの実現」という目標に向け、カケハシは創業から常に一貫して「日本の医療を変革する」というメッセージを打ち出してきた。薬局ユーザーに向けてプロダクトを紹介する際にも、単なる業務効率化ではなく、薬局のあり方や薬剤師の働き方などの価値転換について問いかけ、変化のきっかけとなることを訴求し続けている。その結果、日本の医療に関する課題や将来ビジョンへの共感を得ながら、変革の機運を高め、多くのユーザーの信頼を獲得するまでになった。
「カケハシでは、プロダクトを導入するだけでなく、ユーザーの皆さんと新しい価値観を共有することが重要と考えています。営業からカスタマーサクセス、導入において関係を築き、実際にカケハシのソリューションを活用していただく中で、患者様に喜んでいただくことで気づきを得たり、マインドセットを変えたりという体験がある。それこそが、私たちの真の提供価値と言えるでしょう。より深いサービス体験を創出するためには、一連の流れとしての『ユーザージャーニー』を考え抜いて提供することが不可欠と考えています」(中川氏)

たしかにソリューションやツールを提供する“テック”事業者は、顧客に対して、プロダクトアウトやテックドリブンといったアプローチを掛けがちだ。しかし、実際にそれらを利用する現場は、生身の人が働くアナログの世界であり、そこでの「生きた体験」こそが、プロダクトを活用する納得感につながる。
「そのために、私たちが大切にしているのは、『圧倒的な現場感』を持つことです。一人ひとりの薬剤師さんに仕事での困りごとや働き方などについて伺うだけでなく、将来の夢や休みの日の過ごし方、どんな気持ちで出勤し、人生に何を求めているのか、“人となり”まで理解して初めて、本当のユーザー体験が提供できると考えています。かつて、フォードはユーザーの『速い馬がほしい』という声から『速く移動したい』という思いをくみ取り、自動車を開発したといいます。そうしたユーザーの本人すら気づいていないような本質的・潜在的ニーズを探り、その思いを満たすモノを提供することを目指しています」(中川氏)
これはカケハシのプロダクト開発において最も重視されるという。実際、中川氏も創業当時はプロダクトマネージャー的な役割を担い、「良いサービス・プロダクト」を作るのではなく、「顧客の変化を創出するもの」を理想として取り組んできた。そして、その思いを引き継いだ1人目のプロダクトマネージャーも、薬剤師出身で自身の経験を基とした「圧倒的な現場感」の持ち主だったという。とはいえ、必ずしも薬剤師の経験が必要というわけではない。自分の中にユーザーペルソナをどこまで具体的に思い描けるかが重要というわけだ。
プロダクトをリードする山本氏も畑違いの領域出身ではあるが、中川氏は「ユーザーの本音や真のニーズを見抜く力に長けている」と評する。AIによる医薬品の在庫管理・発注システムである「Musubi AI在庫管理」を開発した際には、中川氏、山本氏、AIエンジニアとともに、現役薬剤師がタッグを組んだ。薬剤師には自身の勘と経験を重視する、いわば職人的なタイプが少なくない。そこに高度な需要予測を可能とするとはいえ、AIに受発注を任せるシステムは受け入れにくいといえる。しかし、薬剤師の「感覚値」に寄り添い、そのアルゴリズム化に真摯に取り組み、AIエンジニアへの架け橋となってプロダクトに反映させることができたという。
また、「AIの予測が合っているのか実感がない」という意見に応え、需要予測の一要素である『どの患者さんがいつ来るのか』という情報を可視化したことで、薬剤師側も『この人がこのタイミングで来るのなら』と実感でき、AI予測への信頼度を高めることができた。さらにユーザー目線でAI予測の仕組みを説明するなど、導入前のオンボーディングコンテンツを充実させたこともスムーズな活用につながった。
「Musubi AI在庫管理」のリリース以降は、医薬品卸や製薬メーカーとは機械学習を活用した物流や生産計画の最適化に関する議論をするほか、国とも医薬品供給に関する意見交換などもしており、「Musubi AI在庫管理」の活用はもちろん、それ以外の内容も含めて、どのようなことができると医薬品流通の課題解決につながるのかの検討をしている。
「私自身、さまざまなシステムやプロダクトに関わってきましたが、アナログの優れた知見をデジタルへとつなぐ、その現場に深く関わること、またプロダクトが薬局はもちろん、業界の他プレイヤーにとっての課題解決ができるという点は、入社当時から望んでいた10年をかけて取り組むべき事業に臨んでいる手応えを感じています。プロダクトマネージャーとして、まさに“カケハシ”となれることが仕事の醍醐味だと思います」(山本氏)
データの利活用で「ペーシェントエンゲージメント」を創出し、主体的な健康管理へ
優れたプロダクトを開発し、体験価値を提供する。その先にカケハシがビジョンとして思い描くのが、明日の医療の基盤となる医療プラットフォームの構築であり、エコシステムの実現だ。その実現までに、具体的にはどのようなロードマップを描いているのか。
その動力の一つとなるのが、全国の薬局の約20%の業務基幹システムをカバーすることで得られている、2500万人を超える患者の医薬データだ。どのような人がいつどういった薬を飲んでいるのかというデータに加え、薬剤師、もしくはユーザー薬局向けにLINEアプリ経由で利用できる患者フォローシステム「Pocket Musubi」を通じて、患者と接点を持つことができる。総額数兆円という医薬流通の動きをデータとして持ち、一人ひとりのエンドユーザーにもリーチできるネットワークがあることは、カケハシにとって大きなアドバンテージとなる。
それらをどのように役立て、社会課題解決に役立てていくのか。直近3年間は、その試行錯誤に取り組んできたという。そして、進むべき方向の指標の一つとして見いだしたのが、「ペーシェントエンゲージメント」だ。つまり、薬剤師など医療提供者とのコミュニケーションを深めることで、患者の自律的な健康管理を促し、より良い治療結果を得ようとするものだ。
例えば、糖尿病や高血圧、高脂血症の患者の60〜80%は、治療開始から半年以内に離脱する傾向にある。重症化すれば透析など高額な医療費が発生し、当人はもちろん家族にとっても大きな負担となり、国の医療費も増大する。これを防ぐためには、軽度の段階で治療を継続することが必須であり、そのためには、薬剤師が適切な説明を行い、治療継続の重要性や副作用の対処法を伝えることが有効となる。
また、患者は自身に何らかの体調不良がある場合に、それが病気であること、治療できることに気づいていないケースも多い。そこにコミュニケーションによって先回りし、気づきを与える機会があれば、早期の治療や予防につなげることも可能になるだろう。
「『Pocket Musubi』は現在200万人以上の患者さんにご利用いただいていますが、個人の健康管理を支援するプラットフォームとして1000万人規模への成長を目指しています。処方箋の電子化が進む中で、服薬や副作用管理に加えて、食事や運動の管理、ウェアラブルデバイスとの連携も視野に入れています。さらに、疾患に応じた薬剤師や医師を選べるなど、患者さんが自身の健康を主体的に管理するスーパーアプリとしての発展を目指しています」(中川氏)
アプリの外側でも、自分にあった薬剤師や医師を見つけてオンラインで診察を受けたり、治療後に薬局に寄らずとも薬が直接自宅に届いたり、さまざまな変化が生まれてくることが予想される。それらは単なる利便性向上に留まらず、よりよい医療体験を患者に提供することへとつながっていく。
双方向の医薬サプライチェーンにアプローチし、全体感を醸成する
さまざまなプロダクトによってユーザーの課題を解決し、データの利活用で業界全体を大きく変革すること。あらゆるシステムや関係者が連携する医療プラットフォームを創出し、新たな社会的価値を生み出すこと。そうした構想実現に向け、今後はミッシングピースとなっているプロダクトの開発、データの利活用の実現、プラットフォームへの統合などが、プロダクトマネージャーのミッションとなる。
現在、カケハシのプロダクトマネージャーは18名を数え、Musubiシリーズの4プロダクト、M&Aにより参画したプロダクト、新規開発中のプロダクトが存在する。それぞれのプロダクトにプロダクトマネージャーとプロダクトマーケティングマネージャー、それを統括するプロダクトリードがおり、複数のプロダクトを束ねる形でHead of Productがいるという組織の構成だ。さらにプラットフォームやデータAIなどの技術寄り領域についてはエンジニア中心の組織となっており、プロダクトマネージャーと密に連携している。
「当社にはプロダクトの仕様を決めるなど、一般的なプロダクトマネージャーの役割も存在します。しかし、もう一段高い視座から、患者さんと薬局・薬剤師、さらに医薬品メーカーや卸という、双方側のステークホルダーの真ん中に立って、業界全体を見渡しながらプロダクトを設計できる。そうした存在になっていただきたいと考えています。医薬品サプライチェーンの両方にアプローチできていることが、カケハシの強みに直結していることは間違いありません」(中川氏)
事実、山本氏も医薬品在庫管理・発注システム「Musubi AI在庫管理」においてプロダクトリードを務めながら、医薬品の二次流通事業を展開する「Pharmarket(ファルマーケット)」についてもマネジメントを担い、医薬品卸や製薬メーカーと連携した医薬品のサプライチェーンにおける需要予測によりジェネリック医薬品の生産・供給管理、抗がん剤や希少疾病薬といった高額医薬品の流通課題の解消という新たなチャレンジにも取り組んでいる。
そのような山本氏をはじめ、カケハシのプロダクトマネージャーには、「本質的な課題やニーズ」を捉える力とともに、複雑なステークホルダーと連携し、調和させていく力が求められる。その背景には、特有の慣習や常識などが根強く残り、規制も多い医療業界ならではの事情があるという。
「なにか壁に突き当たった時に、それがなぜなのか、どのような理由や状況でそうなっているのかを、紐解いて考える必要があります。その背景には業界の規制や慣習的なものが含まれているケースが多々あり、そこが難しいところと言えるでしょう。カケハシのミッションでもある『日本の医療をしなやかにする』には、従来の延長線上にいては実現は難しい。『あるべき世界』を考え、ストーリーとして示しながら、人や物事を動かしていく必要があります。そのためには、さまざまなステークホルダーと折衝し、理解や合意を得るコミュニケーション力が欠かせません」(山本氏)

その一方で、カケハシだからこそ、そうした力を育める環境があるという。その理由として、山本氏は「薬剤師やヘルスケア領域でのキャリアを持つメンバーなど、多彩なステークホルダーが社内にいること」をあげ、「カケハシならではの組織体制が大きい」と語る。社内にユーザーのペルソナを持つ存在がいるからこそ、なかなか表に出にくい事情や課題を詳しく聞くことができ、ためらいなく疑問をぶつけることができる。何気ない会話から斬新なアイデアや構想が生まれることも少なくない。そうしたさまざまな声が聞ける環境下で、山本氏がプロダクトマネージャーの役割として重視しているのが「全体感の醸成」だ。
「プロダクトを創るという日常の観点のみで日々を過ごしてしまうと、視野が狭くなりがちです。そこで少しでも視野を広げ、多彩な知見や価値観に触れてもらうために、プロダクトマネージャーにはできる限り、薬局(本部/現場)、卸/製薬会社、官公庁など各種ステークホルダーと接する機会を設けています。それはエンジニアやデザイナーについても同様で、例えば薬局にも異職種のメンバーで一緒に行ってもらうようにしています。そうすると例えば往復の時間で当該薬局とプロダクトに関する議論が、異職種ででき、それが組織全体の解像度の向上に役立つと思っています」(山本氏)
その上で、プロダクトマネージャーとして特に重視されるのが、多彩な情報を受け入れながらも、咀嚼して整理し、物事を組み立てる力だ。アジャイルで検証しながら解を見つける手法が主流とはいえ、BtoBのプロダクトとしての精度は必要であり、試行錯誤にも一定の確度が求められる。
「自身が培ってきた経験や知識をもとに咀嚼し、調査し、仮説を検証していく。そうした『自分なりの解釈』のプロセスを持てるかどうかが大切だと思います。裏返して言えば、そうしたベースがある人こそ、カケハシのようなユーザーを近くに感じられる環境下で力を最大限に発揮できると思います」(山本氏)
非連続的な事業ポートフォリオで、多様な経験と成長機会を提供
さまざまなステークホルダーと思いを共有し、理想とする世界に向かって着実に一歩一歩積み上げる直線的な成長とともに、非上場のスタートアップとしては珍しく、積極的なM&Aによって非連続的な成長が得られることも、カケハシのユニークな魅力といえるだろう。
2021年4月に、医薬品の二次流通事業「Pharmarket」、2024年には調剤薬局向けのPOSレジ「Plat's」を提供する「コード・アール」、2025年2月には“レセコン”と呼ばれる薬局向け業務システムを開発・提供する「ノアメディカル」が、カケハシグループの一員となった。そうした会社と共同で新たな領域を切り拓く、経営陣の一員となってプロダクト組織の変革を担うなども、今後のプロダクトマネージャーに期待される重要な役割となることは間違いない。
「M&Aに伴う新しい領域への挑戦、経営側として組織改革や新規事業に取り組むなど、カケハシのプロダクトマネージャーにはさまざまな経験と成長の機会があります。正直、簡単ではないと思いますが、それだけに腕が試され、やりがいや成果は大きいものになるでしょう。通常のスタートアップにはない、複雑性と事業難易度を駆け足で体験できる環境は、力のある方にこそトライしていただければと思います」(中川氏)
入社7年目を迎える山本氏も、「大手企業では味わいづらい会社の変化が自身の成長にもつながっている」と断言する。
「自分が持つ経験やスキルを活かして社会に貢献したいと考えたときは医療というドメインに加え、スタートアップの持つスピード感や熱量が、より大きな成果につながると考えました。実際に、面接で中川や薬剤師メンバーと話し、課題感や変革への熱意に驚くとともに、そこに自分の力が具体的に役立つイメージを得ることができました。入社してからもイメージ通り、いや、イメージ以上に会社が成長することで、活躍の場、必要とされる場が広がっていると感じます」(山本氏)
市場インパクトの大きいプロダクトのマネージャーとして活躍するだけでなく、データを活用した新規事業、プラットフォームとしてのシナジー戦略、さらにはM&Aによる非連続領域で、新たなプロダクトをコンセプトレベルから構築することや、経営的視点から拡大成長するプロダクト組織の改革に取り組むなど、プロダクトマネージャーの資質・能力・経験を活かせる可能性が多岐にわたって広がっている。興味のある方は、ぜひ挑戦してみてはいかがだろうか。