はじめに──「当たるクリエイティブ」を科学する時代へ
前回の記事(第2回)では、AIに「センス」を学習させる「ファインチューニングAI」や、膨大な広告デザインから類似パターンを見つけ出す「リファレンスAI」について解説しました。これらは、クリエイター個人の暗黙知に頼りがちだったクリエイティブ制作の領域に、データに基づいた再現性をもたらすアプローチでした。
しかし、もし広告を出稿する「前」に、その成功確度を予測し、さらに「なぜそのクリエイティブが当たるのか」という要因まで可視化できるとしたら、ビジネスの意思決定はさらに加速するのではないでしょうか。
本記事では、この問いに答えるためのテクノロジー、「効果予測AI」と「説明AI」の仕組みに迫ります。従来のA/Bテストが抱えていた時間的・コスト的制約や、成果要因の分析が属人化してしまう課題を、これらのAIがどのように解決するのか。その可能性を探っていきます。
1.効果予測AIの基本構造──A/Bテストを超える「事前推定」の世界
効果予測AIとは、過去に配信した広告クリエイティブと、その成果(インプレッション、クリック率、コンバージョン率など)をセットで大量に学習させることで、新しいクリエイティブの成果をスコアとして事前に予測するモデルです。
これを実現するため、AIはまず、入力された動画やバナーの内容を理解する必要があります。具体的には、動画を複数の静止画フレームに分解し、軽量で高速な画像認識モデルであるMobileNetなどを用いて、各フレームをAIが理解できる数値データ(特徴量ベクトル)に変換します。
次に、この数値データを時系列で処理するために、Attention(アテンション)機構を組み込んだモデルで分析します。これは、ChatGPTのような言語モデル(Transformerなど)にも使われている中核技術です。動画の全シーンを均等に扱うのではなく、広告テキストと関連性の高いシーンや、成果に繋がりやすい重要な瞬間に「注目」して重み付けを行います。この仕組みにより、クリエイティブ全体の文脈を捉えた、より精度の高い予測が可能になるのです。
そして、効果予測AIモデルを訓練したあとに、組み込んだ画像認識モデルも含めてモデル全体をファインチューニングすることによって、日本市場の広告動画のトンマナに最適化したモデルとして完成します。
出稿前に「ある程度の反応」を推定可能に
AIがクリエイティブを入稿する前に成果をシミュレーションするため、明らかに効果が見込めないパターンを事前に除外できます。これにより、成功確度の高い仮説に基づいた、より質の高いA/Bテストを効率的に実施することが可能になります。
以下のグラフは、実際の広告配信結果(実績)とAIによる予測値を比較したものです。グラフが右にあればあるほど成績の良いクリエイティブであることを意味します。
このように、青いグラフ(実績)と赤いグラフ(予測)が近ければ近いほど、予測が当たっていることを示しています。
現在、この予測モデルをUIに落とし込み、クリエイティブの評価スコアや、各媒体のポリシー基準に適合しているかなどを合わせて総合評価を行うツールも開発しています。
2.説明AI(XAI)の仕組み──AIの「頭の中」を覗く技術
効果予測AIが「このクリエイティブは80点の成果が見込めます」と教えてくれても、その根拠が分からなければ、具体的な改善アクションには繋がりません。AIの判断プロセスが不透明な「ブラックボックス」のままでは、安心してビジネスの意思決定を委ねることはできません。この課題を解決するのが、AIの判断根拠を可視化する「説明AI(Explainable AI, XAI)」です。
統合勾配(Integrated Gradients)を解説
説明AIの代表的な技術に「統合勾配(Integrated Gradients)」があります。これは、AIが予測スコアを算出するにあたり、クリエイティブのどの部分を特に重要視したのか、その貢献度をピクセル単位で算出する技術です。
仕組みを簡単に言うと、ベースラインとなる真っ黒(あるいは真っ白)な画像から、分析対象の画像へと少しずつ変化(補間)させていきます。その過程で、AIの予測スコアがどのように変化するかを連続的に捉えることで、「画像のこの部分があったから、スコアがこれだけ上がった」という因果関係を明らかにします。
以下の図は、AIが画像のどの部分を根拠に「パンダ」と判断したかを可視化した例です。AIが重要と判断したピクセルほど青白く光っており、主にパンダの顔の特徴的な模様に強く反応していることが見て取れます。この技術を広告クリエイティブの分析にも転用します。
「どこをAIが見ているのか?」をヒートマップで可視化
統合勾配によって算出された貢献度は、「ヒートマップ」としてクリエイティブ上に重ねて表示することで、人間が直感的に理解できるようになります。AIが成果に貢献すると判断した箇所(キャッチコピー、商品写真、価格表示など)は赤く、逆に関係ないと判断した箇所は青く表示されます。これにより、「AIの視線」がどこに集まっているのかが一目瞭然となるのです。
