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ProductZine Day&オンラインセミナーは、プロダクト開発にフォーカスし、最新情報をお届けしているWebメディア「ProductZine(プロダクトジン)」が主催する読者向けイベントです。現場の最前線で活躍されているゲストの方をお招きし、日々のプロダクト開発のヒントとなるような内容を、講演とディスカッションを通してお伝えしていきます。

デブサミ2026の初日をProductZineとコラボで開催。

Developers Summit 2026 「Dev x PM Day」

Developers Summit 2026 「Dev x PM Day」

「Developers Summit 2026(Dev x PM Day)」レポート

「SaaS is dead」の真実──宮田善孝氏・中出昌哉氏が説く、AIネイティブ時代の10倍の体験と生存戦略

 「SaaS is dead(SaaSは死んだ)」──。かつてSaaS業界の成長モデルとされてきた常識が疑問視される中、プロダクト開発の現場には未曾有の地殻変動が起きている。Developers Summit 2026のDay 1「Dev x PM Day」のクロージングを飾った本セッションでは、日本CPO協会の理事を務める宮田善孝氏と中出昌哉氏が登壇した。「10倍の体験」で既存市場を奪う新興勢力の攻法と、構造化データという「最後の砦」を守る既存プレイヤーの防衛策が激突する。AIを単なる機能追加で終わらせず、ビジネスモデルそのものを再定義するための「自己破壊」の覚悟とは何か。プロダクトマネージャーやエンジニアが明日から向き合うべき生存戦略を詳細にレポートする。

地殻変動が起きているSaaS市場の現在地

 2026年、ソフトウェア産業は劇的な転換点を迎えている。かつて「効率化のツール」として君臨したSaaS(Software as a Service)は今、AIという破壊的技術によってその存在意義を根底から問われている。

 「最近、Xなどを見ていると『SaaS is dead』といった話がよく出てくる。2024年末ごろから囁かれ始めた言葉だが、日経新聞など一般紙にも出始めて、ようやく普通の人でも知っている言葉になった。間違いなく地殻変動が起きている」。そう切り出したのは、テックタッチ株式会社でCPO(最高プロダクト責任者)兼CFOを務め、「AI Central」の事業責任者も担う中出昌哉氏だ。

テックタッチ株式会社 CPO/CFO 中出昌哉氏
テックタッチ株式会社 CPO/CFO 中出昌哉氏

 2026年2月18日、Developers Summit 2026(デブサミ2026)のDay 1「Dev x PM Day」クロージングセッションにおいて、中出氏と、Zen and Company株式会社 代表取締役の宮田善孝氏による対談が行われた。宮田氏はfreee株式会社でのVPoP(プロダクト部門責任者)歴任を経て、現在はシードからエンタープライズまで幅広くプロダクトアドバイザリーを提供している専門家だ。

Zen and Company株式会社 代表取締役 宮田善孝氏
Zen and Company株式会社 代表取締役 宮田善孝氏

 両氏はともに日本CPO協会の理事を務めているが、今回のセッションのベースとなっているのは、二人が共同で運営するポッドキャストなどの活動「Product/AI」だ。スタートアップのCPOや経営者を招き、「AI時代のプロダクト開発について、建前なしのリアルな実態」を深掘りしてきた知見を世の中に還元すべく、本セッションが企画された。

 本セッションの主題は「AIネイティブ時代のプロダクト戦略」だ。既存市場をどう攻略し、既存プレイヤーがどう防衛すべきか。そして、これまで存在しえなかった「新規AI領域」をどう開拓するのか。両氏が国内外の最新事例から得たリアルな手触りをもとに、AI時代の生存戦略をひも解いていく。

破壊的参入:検証済み市場を10倍のUXで奪い取る

 議論の第一幕は、AIファーストで既存市場へ参入する「攻め」の定石についてだ。中出氏は、すでに市場規模(TAM:Total Addressable Market)が検証されている領域にこそ、大きなチャンスがあると断言する。

既存SaaSの「ペイン」を突き、UXを刷新する

 従来のSaaSが解決してきた課題には、依然として「入力が面倒」「操作が複雑」といった負の側面が残っている。中出氏は、参入の要諦を次のように語る。

 「SaaSが一定の課題を解決しているとはいえ、AIのない時代に作られたものだからこそ『入力が面倒ならExcelに戻る』といった妥協が現場では往々にして起きている。それでもなおSaaSを使い続けるユーザーがいる領域は、それだけ課題(ペイン)が深い証拠だ。そこへAIネイティブなアプローチで『10倍良い体験』を持ち込めるかどうかが勝負になる。価格を10倍にするのではなく、体験を10倍にする。これがすべてだ」

 AIによって開発生産性が向上し、プルリクエスト数が3倍になるなど、体験を作るスピード感は劇的に変わっている。既存市場の「ジョブ(顧客が成し遂げたい目的)」を再定義し、圧倒的なUXを提供することが攻略の第一歩となる。

AIネイティブ参入者が「勝てる市場」の条件

 とはいえ、あらゆる市場がAIネイティブにすぐさまリプレイスされるわけではない。宮田氏は、AIエージェント(自律的にタスクを遂行するAI機能)が最も価値を発揮し、参入者が勝ちやすい市場の条件として、以下の3点を挙げた。

  • 代替するファンクション(職能)の単価が高い:マーケターなど、人間の専門業務自体を代替しにいくため、ROI(投資対効果)が明確になる
  • ドメイン(業務領域)が一定以上に深い:単純なツールでは解けない、専門的な領域
  • コンテキストデータが蓄積されている:人的リソースが介在し、暗黙知や過去の経緯がデータとして存在する状態

 「この3つが揃うと、AIネイティブプロダクトは極めて作りやすく、価値を出しやすい」と宮田氏は分析する。

 一方で、CRM(顧客関係管理)やSFA(営業支援システム)のように、構造化データを厳格に定義して蓄積してきた歴史がある領域は、簡単に転換するのは難しく、データの壁やスイッチングコストが高いとの見解も示された。「某S社の主要機能を2か月で作れるというエンジニアもいるが、2か月で作ったものではリプレイスできない」と、既存SaaSが築き上げた堀の深さも指摘する。

トライアルは「1秒」、勝負は「コンバージョン」にあり

 B2B市場において、AIへの期待感はかつてないほど高まっている。中出氏によれば、「AIでこんなことができます。無料です」と提案すれば、ほぼすべての企業がトライアルに応じてくれるという。しかし、そこからが真の検証だ。

 「トライアルまでは1秒で決まる世界に入ってきた。ここからが肝で、高い単価を払ってコンバージョン(成約)してくれるか。ここがすべてだ」

 エンタープライズ(大手企業)相手のPoC(概念実証)では、AIに深いデータを渡すハードルがある。そこで中出氏は、「自社の取り組みを積極的に外部へ発信している企業ほど、新しい技術に対する受容度が高い傾向にある」と、検証速度を早めるための具体的なターゲット選定のノウハウを明かした。

既存プレイヤーの防衛戦略:SoRという「最後の砦」

 対する既存プレイヤーは、この破壊的な波をどう凌ぐべきか。ここで両氏が強調したのは、「AI機能を単に追加するだけ」という安易な防衛策の危うさだ。

AI機能追加はなぜ「脅威」にならないのか

 多くの既存SaaSが「AI機能を追加しました」とリリースを出すが、それらが実際に売れているケースは少ないと両氏は指摘する。

 「既存のSaaSは構造化データを扱うために作られている。しかしAI、特にLLM(大規模言語モデル)は非構造データを扱う。構造化データの中にコンテキストがすべてあるわけではないのだ。既存のデータアセットをいかに活用するかという発想に縛られると、真のユーザー価値にたどり着けず、AIネイティブな連中に持っていかれてしまう」(宮田氏)

 中出氏もCFOの立場から、海外投資家が「AI機能をやっているというが、ペネトレーション(浸透度)は? どれだけのアップセル(単価向上)が効いているのか?」と1発目から厳しくチェックしてくる現状を語り、ビジネス的な実効性のない機能追加の無意味さを強調した。

SoR(System of Record)としての残存価値

 しかし、既存SaaSが即座に絶滅するわけではない。宮田氏は、SaaSが持つ本質的な価値としてSoR(System of Record:記録のためのシステム)としての役割を挙げる。

 「SaaSの本質的な価値は、データを構造化して保持し、厳格な権限管理を行い、関係各所が使いやすい状態を担保することにある。このSoR的な価値は、AI時代でも中期的に生き残り続ける。インターフェース(UI)レイヤーはAIに奪われる可能性があるが、データ基盤としてのいかつい構造は、そう簡単には代替されない」

 中出氏もECプラットフォームを例に挙げ、この構造を補足した。「AIエージェントに指示するだけで買い物ができる『ゼロクリック購入(UIが必要ない体験)』が流行しても、セキュリティや決済の基盤としてのECプラットフォームは残り続ける。人は意外と慣れ親しんだUIを好むものだ。ただ、10年後スパンで考えた時にどうなっているかは分からないため、常に危機感は必要だ」と語る。

アーキテクチャ刷新のデッドライン

 では、既存プレイヤーはプロダクトをフルリファクタリング(根本的な作り直し)すべきなのか。宮田氏は、会社のフェーズによって判断が分かれると説く。

 「ARR(年間経常収益)が100億円規模の会社が基盤刷新を行うのは2〜3年コースになり、現実的ではない。刷新が許されるのは、半年、長くても1年でやりきれるフェーズ。つまり、シリーズAからCぐらいまでが、AIネイティブへ転換できる最後の限界だと感じている」

 それ以降のフェーズにある企業は、既存のSoRとしての価値を最大化しつつ、API連携を急ぎながら、オントロジー(概念体系)をミドルウェア的に構築していくアプローチが現実的な路線となる。

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新規AI領域の開拓:ビジネスモデルの前提が変わる

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この記事の著者

斉木 崇(編集部)(サイキ タカシ)

株式会社翔泳社 ProductZine編集長。 1978年生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学専門分野)を卒業後、IT入門書系の出版社を経て、2005年に翔泳社へ入社。ソフトウェア開発専門のオンラインメディア「CodeZine(コードジン)」の企画・運営を2005年6月の正式オープン以来担当し、2011年4月から2020年5月までCodeZine編集長を務めた。教育関係メディアの「EdTechZine(エドテック...

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