「技術的にできません」は本当か? プロダクトの可能性を広げるために
日々のプロダクト開発において、経営層からの要望や新たなアイデアに対し、プロダクトマネージャー自身が「それは技術的にできないだろう」と判断してしまう場面はないだろうか。しかし、単に自分の知識が不足しているだけで、専門家から見れば解決可能な課題であるケースも少なくない。
保育ICTサービス「ルクミー」を展開し、約50名のエンジニア組織を抱えるユニファ株式会社。同社で執行役員CPOを務める山口隆広氏は、「Dev x PM Day(デブピーエムデイ)」のセッションで、プロダクトマネージャーの視点からR&Dチームのリードを任された経験を語った。一見、事業から遠い存在に思われがちなR&Dチームとどのように連携し、プロダクトの可能性を広げていったのか。そのプロセスには、あらゆる開発現場に通じる「専門知を事業価値に変換するヒント」が隠されていた。
孤立するR&D組織のリアルと「すれ違い」の構造
ユニファでは2018年にトップダウンでR&Dチームが発足した。当初は写真販売サービスにおける顔認識精度の向上など、組織のミッションと戦略が明確にマッチしていた。ところが、事業の主軸が保育ICTプラットフォームの立ち上げへとシフトするにつれ、R&Dチームは直接的な事業貢献が見えづらくなり、いつしかインフラや社内のお困りごとを解決する「何でも屋」と化してしまったという。
こうした状況は、多くの企業で見られる「事業部門と専門家集団のすれ違い」の典型例と言える。事業現場のニーズが分からない開発側は、プロダクトアウトの技術提案(「こんな技術ができました」)を行いがちになる。一方で、事業現場のプロダクトマネージャーはすでに策定されたロードマップの遂行に追われており、急に持ち込まれた技術を実装するキャパシティを持たない。その場では「すごい技術ですね」と盛り上がっても、実際のプロダクト価値にはつながらないのが現実なのだ。
イノベーションを阻む「相手の時間を尊重しすぎ問題」とプロダクトマネージャーの罠
さらに、事業側のメンバーが専門家チームを活用しきれない背景には、相手の時間を尊重しすぎ問題が存在すると山口氏は指摘する。
「専門性が高くて話すのに緊張する」「変なことをお願いして貴重な工数を無駄にしては申し訳ない」と遠慮し、自らの疑問解決のために相手の時間を奪うことを避けてしまうのだ。
また、プロダクトマネージャーが良かれと思って陥りがちな罠もある。それは、課題(What・Why)ではなく解決策(How)から持ち込んでしまうことだ。
「プロダクトマネージャーが手法を指定してしまうことで、専門家であるエンジニアから『より良い解決策を提案する機会』を奪ってしまう」と山口氏は語気を強める。
結果として、互いの遠慮や「技術的にできないだろう」という思い込みがコミュニケーションの壁となり、本来生み出せるはずのイノベーションを阻害している。本セッションの参加者アンケートでも「AIが普及してからコミュニケーションが悪化していると感じていたため、会話の大切さを再認識した」との声が上がっており、多くの組織が抱える切実な課題であることが伺える。
プロダクトマネージャーが提供すべきは「専門性」ではなく「期待値と事業戦略」
2023年頃、生成AIの台頭を機に、ユニファでは再び保育AIビジネスを本格化させることになった。その際、山口氏はプロダクトマネージャーの立場からR&Dチームのリードを任されることとなる。
非専門家が高度な技術チームを率いることに不安を覚えるかもしれない。しかし山口氏は、「上司も部下も、プロダクトマネージャーに対して技術的な専門性を期待しているわけではない」と断言する。プロダクトマネージャーが貢献できる最大の価値は、顧客のニーズや事業の優先度を整理し、情報獲得パスを持たない専門チームに、解くべき課題と情報を伝えることである。
その具体的な実践として、同社では3か月に1回、R&Dチームとプロダクトの半年計画について議論する場を設けている。プロダクトマネージャーと同じ情報量で「半年後のプロダクトのあるべき状態」を共有することで、その先の半年を見据えた技術議論が生まれ、筋の悪い技術開発を防ぐことができる。また、開発側から実現性や解決順序に関するフィードバックを得ることで、ロードマップ自体の精度も向上していくという。
組織体制の最適化と「事業戦略エンジン」への進化
コミュニケーションの改善に加え、山口氏は開発チームが成果を出しやすい組織体制の構築にも着手した。
高度な技術をプロダクトに組み込む際、開発環境の構築や既存仕様の理解に多大な時間がかかっていた。そこで、プロダクトチーム出身のサーバーエンジニアをR&Dチーム内に配置したのだ。これにより、技術検証のスピードが飛躍的に向上しただけでなく、既存プロダクトのインターフェースや運用ルールとのミスマッチも事前に防げるようになった。
さらに、彼らの活動をプロダクト領域だけに閉じず、営業部門など事業全体に対するデータ分析の提案も積極的に行った。明確な事業ニーズを把握した上で解決策を持ち込むことで、R&Dチームは全社から頼られる「事業戦略エンジン」へと進化を遂げたのである。
