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ProductZine Day&オンラインセミナーは、プロダクト開発にフォーカスし、最新情報をお届けしているWebメディア「ProductZine(プロダクトジン)」が主催する読者向けイベントです。現場の最前線で活躍されているゲストの方をお招きし、日々のプロダクト開発のヒントとなるような内容を、講演とディスカッションを通してお伝えしていきます。

ProductZine Dayの第3回。オフラインとしては初開催です。

ProductZine Day 2024 Summer

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順調なチームを緩やかに蝕むワナを避けるには?──探索により望ましい変化を意図的に作りだす「アジャイルなプロダクトづくり」


 書籍『カイゼン・ジャーニー』や『正しいものを正しくつくる』の著者として知られる市谷聡啓さんが、9月に新刊『アジャイルなプロダクトづくり ~価値探索型のプロダクト開発のはじめかた~』をインプレスから刊行されました。プロダクトづくりには、さまざまな不確実性や罠が潜んでいますが、理屈は分かったとしても、いざ現場で立ち向かおうとすると戸惑うもの。本書では、実践形式のストーリーと解説により、これらを乗り越える方法を学ぶことができます。今回はそのエッセンスを記事として寄稿いただいています。ぜひ参考にしてください。(編集部)

緩やかに迎える穏やかな「デットエンド」

 「特に、問題らしい問題はない。チームはこれまでと変わらない調子で毎日を繰り返せている。スクラムの教えのとおり、スクラムイベントも行えているし、何よりも熟れてきている感覚もある」

 ……だとしたら、ちょっと危ないかもしれません。チームが安定という名前のついた「停滞」に陥っているかもしれないからです。

 問題がないと感じることが、本当にヘルシーな状態なのでしょうか。問題とは、正常とおいている状態、あるいは理想として思い描いている状態と比べたときの「差分」にあたります。現状がそうはなっていない、理想から距離があるようならば、今の状態を「問題がある」と捉えることになるでしょう。

 問題だらけだったため、苦労して改善してきてようやく今ここがある……といった状況でもなければ、「問題らしい問題がない」状態が続いていることに疑問を持ってみましょう。ひょっとすると、「正常とおいている状態」「理想として思い描いている状態」のほうが陳腐化している可能性があるからです。

 この手のことはよくあることで、チームにとってはナチュラルに直面する事態です。なぜならば、まともなチームほど着実に成長を果たしていくからです。チームが成長するほどに、今まではできなかったことができるようになる、よりうまくやれるようになる、事細かく説明しなくても意思疎通ができる、そんな状態になっていきます。

 ですから、当初掲げていた「チームの理想の状態」というイメージは、時とともに、「チームの平常運用」と変わらなくなります。自分たちがどんな学びを積み重ねてきたか、あまり意図的に捉えられていないチームだと、その状態変化にも気づいていないかもしれません。もちろんチームに何か問題があるわけではありませんから、状態は維持されます。こうしてチームは「変化」から取り残されてしまうのです。

 つまり、チームには「問題はないが、状態としては停滞している」という段階があるということです。これはどんなチームでも等しく陥ることです。スクラムを適用していても? もちろんありえます。スプリントでの開発を繰り返す中で、チームは開発の習熟度を上げ、以前よりも安定的にアウトプットが積み上げられるようになるはずです。以前よりも熟れていく状態をなおさら「問題」として捉えるのは難しいでしょう(うまくなっていて何が悪いのか?)。

 できることは自分たちが良いと自覚している範囲の中での「改善」です。この手の改善は重ねるたびに微細な方向へと向かっていきます。

 「今回のベロシティが3pt下がった理由はどこにあるのだろうか?」

 「DOINGだけだと粗いので『着手』『50%』『90%』とさらにタスクボードを分けた方が良いのではないか?」

 小さなズレ、小さな欠陥を正すため、あるいはどこか正確であろうとするための改善にいつの間にか取り憑かれてしまっている。そんな状態にもまた気づくことが難しかったりします。

 大した問題ではないことでも、議論に少なくない時間を費やし、真面目に改善に努めていく姿勢はチームの習慣、暗黙的な指針へと至ることでしょう。やがてそれが、コストパフォーマンスのあわない改善に終始しているという状態を作り出してしまいかねません。ダブルループ、シングルループという言葉を知っている人ならば、シングルループだけの営みに陥るという話です。

 もちろん、やっていてもだんだんと効果を感じにくくなりますから、改善自体への熱量も下がっていきます。どこか大した問題ではないと気づきながらも、ほかに切り口もなく、またチーム全体の「いつもの感じ」が優先される空気感から、これまで通りが維持される。自分たちでも気づかないうちに、停滞感が当たり前のようになっていきます。

 誰かがまれに、新たな提案の声をあげてくれるかもしれません。ふりかえりのやり方を変えてみようという小さなものから、新たな技術要素、ツールを試してみよう、あるいはチームの新たなフォーカスをつくるようにOKRをはじめてみよう、と。ですが、どれも慣れないふるまい、いつもとは異なるチームの状況をもたらすことが想像できます。この手の「良かれ」の提案は、しかし、簡単に通ることはありません。

 練度の高まったチームですから、意外と「頭ごなしに誰かの提案をつぶしてしまう」ということはそうありません。やんわりとリジェクト。提案したメンバーがっかりしすぎない配慮がなされて、結論としては見送られる。こうした「きちんと検討した上で判断する」というステップを踏むことで、「自分たちは偏った判断はしていない」と、現状維持が後押しされることになります。

 もちろん、どれだけきちんと判断していると信じ込んだとしても、チームの状況は変わりません。徐々に、倦怠感に嫌気がさして、新たな提案をする人から脱落していくことでしょう。たまに新しいメンバーが入ってきて、また少し盛り返しもしますが、それも長くは続かない。1人抜け、2人抜けもありながら、チームとしての営みは変わらないまま、チームの外の環境からは取り残されていく。「昨日の繰り返し」しかできないチームになっていることにも、やはり気づかない。やがて、チームは緩やかに、穏やかな死へと至ってしまう。どこにも「問題」がないままに、です

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圧倒的に変化が足りない

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この記事の著者

市谷 聡啓(イチタニ トシヒロ)

株式会社レッドジャーニー代表 サービスや事業についてのアイデア段階の構想からコンセプトを練り上げていく仮説検証とアジャイルについて経験が厚い。プログラマーからキャリアをスタートし、SIerでのプロジェクトマネジメント、大規模インターネットサービスのプロデューサー、アジャイル開発の実践を経て、自らの会社...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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