1.AIプロダクト開発で直面する「あるあるな失敗」
生成AIを活用したサービスは次々に登場しています。しかしその一方で、多くのユーザー企業は「PoC疲れ」に陥り、提供社は「作ったけれど使われない」といった課題に直面しています。なぜこのようなすれ違いが起きるのでしょうか?
典型的なパターンは3つあります。第一に「技術ドリブン」の落とし穴。AI時代になり、サービスを作ること自体は簡単になりました。だからこそ、解くべき顧客課題があいまいなまま進むケースが増えています。第二に「プロダクトアウト」の設計。技術やアイデアが先行し現場では想定外の複雑さに対応できないことが多く、実務に組み込めずに終わるパターンです。第三に「PoC止まり」。AIプロジェクトの失敗率は約8割とも言われます(※1)。その失敗要因の大半は技術的困難ではなく、課題設定の誤りにあります。そのため、精度は出ても顧客業務の変革につながらず、本番導入に至りません。
AI時代のプロダクトマネージャーが問われるのは、こうした「あるある失敗」を越えて「売る前に、すでに使われている」状態をどう設計できるかです。本稿では、テックタッチが4月にローンした新サービス「AI Central Voice」の事例を交えながら、再現性のあるアプローチを紹介します。
(※1)出典:「AIプロジェクトを軌道に乗せる5つのステップ」、イヤボール・ボジノフ、HARVARD BUSINESS REVIEW 2024年3月号
2.AI Central Voiceのアプローチ──「顧客と一緒に作る」を当たり前に
私が事業責任者を務める定性データを活用した経営意思決定支援AI「AI Central Voice」の開発で徹底したのは「顧客と一緒に作る」ことでした。ポイントは3点です。
1.ユーザー憑依──「知る」ではなく「なりきる」
顧客の声を聞くだけでは足りません。私たちは100社以上にインタビューし、さらに現場に滞在して業務を観察しました。あるコールセンターには、まる4日間業務に張り付き、オペレーターの隣で作業を見学させていただきました。初日はただ観察に徹し、オペレーターがどのように電話を受け、CRMに入力し、別のシステムに転記するのかを細かく記録しました。すると、想像以上に多くの「二度手間」が存在することに気づきます。CRM入力後にほぼ同じ内容を別システムに転記し、さらにExcelで裏取りを行う……。このようなアクションは、本人たちにとっては当たり前すぎて、課題ヒアリングのインタビューでは出てこないものでした。
2日目には、オペレーターの作業を一部模擬的に体験させてもらいました。電話の内容を聞き取り、CRMに入力する作業を実際にやってみると、1件処理するのに数十回のクリックが必要であること、システム間の切り替えに大きなストレスがあることを身をもって実感しました。この体験を通じて「AIで支援すべきは入力作業そのものよりも、システム横断の負担軽減である」と直感的に理解できました。
そして、3日~4日目には、コールセンターに集まるさまざまな顧客の声を分析してみました。実際は分析の業務が一番見たいプロセスだったため、実際にデータを共有いただきそれをベースに分析をし、示唆出しをしてアクションプランを考えるなどを行いました。
こうした一連のプロセスで痛感したのは、カスタマージャーニーを狭く切り取っていては、本当の課題は見えないということです。表面的な業務フローだけでなく、前後の文脈──例えば顧客対応前の準備や、対応後の記録・共有といった一連の流れまで視野に入れないと、根本的な改善にはつながりません。ジャーニーを広くとらえ、業務の全体像を理解してはじめて、「なぜその課題が生まれているのか」が見えてくるのです。
私はこのアプローチを「ユーザー憑依」と呼んでいます。ユーザー憑依は「観察」「体験」「分析」の3段階で構成されます。観察で業務を見て、体験で直感的に掴み、分析でジャーニーマップに落とし込んでいます。
2.共創の設計化──プロセス全体に組み込む
ユーザー憑依で得られた知見は、ジャーニーマップとして可視化し、miroで整理して社内外で共有しました。ここで重要なのは、共創を偶発的にやるのではなく、プロセスとして設計することです。
課題発見→要件定義→検証、それぞれのフェーズに「顧客が参加するステージ」を設けました。Slackで常時やり取りし、進化の過程を顧客と一緒に歩む。これにより「顧客の声を聞いた」ではなく「顧客と共に作った」状態を実現できました。
3.MVPによる高速検証
AIの登場により、MVP(Minimum Viable Product:必要最低限の機能を備えたプロダクト)をスピーディに作れるようになりました。ですが、重要なのは、単に早く出すことではなく、ユーザー憑依で得た仮説を検証するために作ることです。MVPで試し、結果を再度観察・体験にフィードバックする。このループを高速に回すことで、仮説が洗練され、本番仕様に耐えうるプロダクトが見えてきます。
