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デブサミ2026の初日をProductZineとコラボで開催。セッション公募受付中!(11/13まで)

Developers Summit 2026 「Dev x PM Day」

Developers Summit 2026 「Dev x PM Day」

キーパーソンインタビュー

年商400億円超SaaSの成長の舞台裏―ラクス プロダクトマネージャー組織変革のリアル

「売れるプロダクト」を実現する仕組み──財務データで決める優先順位

 組織体制を整備した次のステップとして、稲垣氏が取り組んだのは開発優先順位のルール化だった。従来の属人的な判断から脱却し、「合理的で納得感のある」意思決定の仕組みを構築することが急務だった。

 稲垣氏が設計した枠組みは、大きく2つのカテゴリーで構成される。第一が「維持管理」案件で、「製品として直ちに成立しないと困るもの」を最優先とした。インボイス制度や電子帳簿保存法への対応、ミドルウェアのEOL対応、セキュリティ関連など、顧客要望とは独立して必須となる要件がこれに該当する。

 第二が「財務貢献」で、ここで稲垣氏は新たに定量化手法を導入した。失注した課題を積み上げ、当初取れるはずだったMRR(月次経常収益)を合算し、解約理由となった機能不備によるMRRも合算して、課題ごとの財務効果を算出した。

 この手法の具体例として、稲垣氏は次のように説明する。

 「営業が失注した際の『○○機能がないから失注した』という事実と、CS(カスタマーサクセス)が把握した『○○機能がないからやめます』というエビデンスが残っているものを積み上げます。上がってきた課題を財務効果が大きい順に並べ直し、その順番で開発していく基本ルールを取りました」

 このアプローチの特徴は徹底したファクトベースにある。稲垣氏は「誰が見ても納得感のあるものにするため、金額順で開発優先度が分かるようにしました」と語る。

 もちろん、財務効果だけでは測れない定性的価値への対応も必要だ。「最終的なジャッジは事業部長に判断してもらう形を取り、プロダクトマネージャー・開発・PMM・デザイナーでの提案を基に事業部長が意思決定する仕組みにしました」と稲垣氏は説明する。

 また、KPI設計では、SaaSビジネスの本質を捉えた指標を採用した。

 「月額平均単価(ARPU)と月次解約率(チャーンレート)を重視していますが、楽楽精算や楽楽明細のチャーンレートは1%を切っており、それが埋まると売上に直結することが明確だったため、この部分にフォーカスしました」

組織変革の成果と次なる挑戦──製品戦略への関与とAI時代への対応

 この組織変革は具体的な成果をもたらした。特に2024年のインボイス制度対応では、プロダクトマネージャーの真価が発揮された。

 「事業部やPMMを中心に様々な部署と対応策について話すなかで、改修すべき機能の候補が多く、タスク量としてもかなりのボリュームになることが分かりました。すべてを実装していては制度開始の2024年10月に間に合わないため、プロダクトマネージャーが要求定義を整理し「やるべきこと」と「やらないこと」を明確にして改修を進めた結果、お客さまの満足度を担保しながら期限内に必要な機能を提供できました」と稲垣氏は振り返る。

 開発チームからの評価も向上した。「製品のロードマップをプロダクトマネージャーが主導して作成し、開発側に共有することで、開発スケジュールの見通しは前より理解しやすくなりました」とのことだ。さらに、プロダクトマネージャーが作成する要求仕様の質についても「80%以上の満足度」を獲得できているという。

 2021年の組織変革やその後の継続的な取り組みを経て、現在は4製品でプロダクトマネージャーが12名、デザイナーなどを含め全体で30名を超える体制を構築。将来を見据え、稲垣氏の視線は次の課題に向けられている。進行中の挑戦の一つが、従来の個別最適から複数サービス利用によるバックオフィス業務全体の効率化を最大限に高める統合最適への転換だ。

 「楽楽精算や楽楽明細は現在単体で提供していますが、今後は楽楽クラウドとして複合的にご利用いただくと、より価値が出るような統合型ベストオブブリードに進化していきたいです」と構想を語る。そうなると複数の「楽楽クラウド」のプロダクトを同一ユーザーが導入する仕様が必要となる。

 一企業に単一サービスの導入を促す「ベストオブブリード戦略」から、複数サービスの導入を提案する「統合型ベストオブブリード」へ転換するに伴い、プロダクトマネージャーの役割も拡張が求められている。「製品戦略により深く関与していく必要があります。ディスカバリーのもっと先の部分に入っていかないと、お客さまインタビューの内容も製品戦略の理解度によって大きく変わってしまいます」と稲垣氏は強調する。

 AI活用についても積極的な姿勢を見せる。「AIによって業務生産性を上げることができるので、プロダクトマネージャーも下流的な業務はAIに任せ、製品戦略など人でないとできないところに注力していきたいと思っています」と考えを述べる。同時に「プロダクトマネージャーとPMMの連携をこれまで以上に強化し、製販が一体となって取り組んでいく必要があります」と未来の組織構想も描いている。

 最後に稲垣氏は、同様の課題に直面するプロダクトリーダーに向けてメッセージを送った。

 「プロダクトマネージャーには『これが正解』というものがありません。当社のプロダクトマネージャーは自組織・自製品の解像度をどれだけ上げられるか、そこに対してどう製品貢献できるかを考え抜くことが重要だと考えています。解像度の中には、お客さまはもちろん、社内外のシステムや関連する組織・ステークホルダーなどに対する解像度もあります。周辺領域の解像度を高く持ったうえでそれらと向き合っていくのがプロダクトマネージャーの役割ではないでしょうか」 

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この記事の著者

森 英信(モリ ヒデノブ)

就職情報誌やMac雑誌の編集業務、モバイルコンテンツ制作会社勤務を経て、2005年に編集プロダクション業務やWebシステム開発事業を展開する会社・アンジーを創業。編集プロダクション業務においては、IT・HR関連の事例取材に加え、英語での海外スタートアップ取材などを手がける。独自開発のAI文字起こし・...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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