「Jiraタスク起点の開発」から「顧客サポート連携」まで。新コレクション(Software/Service)と「Rovo Dev」が変えるSDLC
Rovoが「全社共通」のAI基盤であるとすれば、現場の専門業務には、より特化したAI支援が必要となる。アトラシアンは、この課題に対し、役割別に製品とAI機能をパッケージ化した新体系「Collections(コレクション)」を発表した。
ProductZineの読者にとって特に注目すべきは、「Software Collection」と「Service Collection」の2つである。
「Software Collection(ソフトウェア・コレクション)」は、開発チーム向けのパッケージだ。最大の目玉は、開発者向けAIエージェント「Rovo Dev」である。これは、GitHub Copilotのようなコード補完AIとは一線を画す。Rovo Devは、開発の「起点」であるJiraチケットの文脈を深く理解することに特化している。
渡辺氏が示したデモは、その実力を明確に示していた。「Rovo DevはCLI(コマンドラインインターフェース)で動作します。開発者がターミナルで『RDA-93(JiraタスクID)の実装を手伝って』と指示すると、Rovo Devが即座にJiraチケットの要件と文脈を読み込みます」
さらにAIは、関連する既存コードを特定し、具体的な実装プランを提案。開発者が「承認」すると、AIがコーディングとテストを自動で実行し、完了すれば「自動でJiraのステータスを『レビュー中』に変更する」 という。
これは、開発プロセスが「Jiraタスク起点」でAIによって自動化されることを意味し、SDLC(ソフトウェア開発ライフサイクル)全体に大きなインパクトを与える試みだ。
もう一方の「Service Collection(サービス・コレクション)」は、従来のITSM(ITサービス管理)製品である「Jira Service Management」を、外部の「顧客サポート」領域にまで拡張する。
新製品「Customer Service Management(CSM)」により、開発チームが使うJiraと、サポートチームが使うCSMが、単一のプラットフォーム上で直結する。
「顧客からのフィードバックやバグ報告が、開発チームのバックログにシームレスに連携されます。これにより、プロダクトマネージャーは顧客の声を迅速にプロダクト改善に反映できます」 と渡辺氏は語る。
この仕組みの有効性は、アトラシアン自身の導入事例が証明している。同社はCSMの導入により、サポートの初回解決時間が「8日から8分に劇的に短縮した」 という。
プロダクトマネージャーにとって、CSMは顧客の声を開発プロセスに組み込む「フィードバックループ」を高速化する強力な武器となる。そして開発リーダーにとっては、Rovo DevがJiraチケットとコードを紐付け、開発プロセスのボトルネック解消に貢献する。アトラシアンの新戦略は、プロダクトマネージャーと開発者の「協働」を、AIによって新たなレベルへ引き上げようとしている。
KDDI事例に学ぶ「温かみのあるAI」。業務プロセスに溶け込ませ、創造的な時間を生み出す方法
ここまでアトラシアンの「戦略」と「技術」を見てきた。では、これらを「実践」すると、現場はどう変わるのか。KDDI Digital Divergence Holdings株式会社 代表取締役社長 木暮圭一氏が、日本企業における大規模な実践例を語った。
まず驚くべきは、KDDIがアトラシアン製品を活用するその規模だ。実に4000ID以上ものライセンスをData Center(オンプレミス)からクラウドへ移行し、全社的な情報基盤・協働基盤として活用している。
木暮氏が示した成果は具体的だ。例えば、日々大量に発生するアラーム(障害通知)対応業務において、AIと自動化(Jira Service Managementなど)を組み合わせることで、対応工数を50%も削減することに成功。さらに、4000ID以上という膨大なアカウント管理業務を、自動化の仕組みを構築することで、実質1.5名という少人数で運用しているという。
だが、木暮氏がセッションを通じて最も強調したのは、こうした数字や効率化だけではなかった。それは「温かみのあるAI」という、同氏独自の哲学である。
「AIは冷たいものではなく、あくまで人間のパートナーであるべきです」と木暮氏は語る。「世間では『AIが仕事を奪う』と恐れる声もありますが、私はむしろ『AIが(良い意味で)皆さまを忙しくする』と考えています」
この発言の真意は、AI時代のリーダーシップ論そのものだ。AIに定型業務やデータ分析を任せることで、人間は「作業」から解放される。その結果生まれた時間で、人間はより創造的で新しい仕事、つまり「人間にしかできない付加価値の高い仕事」に取り組むべきであり、そのために「忙しくなる」べきだ、というのである。
さらに木暮氏は、日本のAI活用が「個人利用」のレベルに留まっているケースが多い現状に警鐘を鳴らす。チャットAIに質問するといった個人最適の活用を超え、アトラシアンのRovoが目指すような「業務プロセスそのものにAIを組み込む」アプローチこそが、組織全体の生産性を飛躍させる鍵だと強調した。
プロダクト開発を牽引するリーダー層にとって、KDDIの事例は単なるツール導入の成功譚ではない。「AIを導入して、人間に何(どの創造的な仕事)をさせるのか」という、AI時代の組織論・人材育成論そのものである。アトラシアンが提供する「協働システム」という土台の上で、いかに「温かみのある」プロセスを設計し、メンバーの創造性を引き出すか。その実践が、今まさに問われている。
