電子契約の「馬なし馬車」時代に求められる「貧相な電子印影」
市橋氏が所属する「弁護士ドットコム」は、「専門家の知恵に誰でもアクセスできること」を目指し、無料で法律相談ができる「弁護士ドットコム」や、税理士に無料で相談できる「税理士ドットコム」などのWebサービスを運営している。2014年にマザーズに上場し、契約マネジメントプラットフォーム「クラウドサイン」の導入社数は130万社を超え、シェアNo.1を誇る。
「クラウドサイン」に対し、サービス開始当初から「自社の印鑑の印影をアップできないか」「電子署名でも印影を押したい」というリクエストが寄せられ、それに応える形でかなり“貧相な”電子印影を導入している。この“貧相な”電子印影には大きな理由があるという。
そもそも、顧客が印影のアップロードを求める理由としては、「契約者名義欄に赤い丸が並んで表示されていたほうが締結した雰囲気が出る」「プリントアウトした時に締結済みか、まだドラフトかぱっと見て分かる」といったものであり、これまでの紙とはんこの契約習慣から、電子契約でもはんこがある方が“安心感”があるのが伺える。
しかし、電子契約の場合、確実度を高めるなら「電子署名」であり、印影はまったく不要とされている。さらに高精細な画像が他者に渡れば、3Dプリンターで印章を偽造されるリスクがあり、画像管理や権限管理、印影選択機能などが必要となればUX/UIも複雑になる。
そこでその解を考えるヒントになったのが、馬車から自動車への移行期に存在した「馬なし馬車」だ。馬車そっくりの形で、御者が乗るスペースが分離されているなど、馬車の性質を引き継いでいた。
市橋氏は「新しい物が誕生して第1世代は、前世代の“慣性”にとらわれる傾向にある。第2世代になって初めて新しいテクノロジーやイノベーションが見直され、その価値が大いに発揮されるようになる」と語り、「ネットの世界でもWeb 1.0はリアルをそのまま置き換えられた。Web 2.0で初めてインターネットの特性を活かしてリデザインしたように、イノベーションが起きていく」と解説した。
それでは、電子契約における「馬なし馬車」をどう乗り越えていくのか。「意味がないが印影を残すことが安心感につながる」というのが、顧客の本当の課題というわけだ。ただし解決策を考える上で、「法的に不要だが、安心感のために提供する」とすれば、UXの複雑化や偽造のリスクが拭えない。また「法的には不要だから機能として提供しない」と判断すれば、電子契約が受け入れられないリスクが生じる。顧客の先を行き過ぎてしまうのも良くないというわけだ。
そこで、クラウドサインでは、「法的には不要だから意味がないように見せる」という第三の道を選んだ。あえて貧相なビジュアルにしたのは、「法的な意味がない」ことを伝えるためというわけだ。