「オンライン開催と聞いて“うっ”と思った」――引き受けた理由は
アジャイルコンサルタントとして活躍中の永瀬美穂氏。「スクラム」についての著書も多く、大学の講師として教壇に立ち、講演も数多くこなしている。しかし、新型コロナウイルスの影響に伴いScrum Fest Osaka 2020で予定していた基調講演がオンライン開催になると聞いて「“うっ”と思った」と語る。
とはいえ「数秒固まったが、すぐに承諾した」という。それは過去の経験から、“うっ”と思うようなことはその人にとって挑戦の機会であり、その後の大きな成長につながることを知っていたからだ。そして、「克服できなかったり、失敗したりすることもあったが、決してただで起きるようなことはなかった」と振り返り、「そうしたことを経験してきたからこそ、若い頃に比べると苦手なことが減り、さまざまなことが器用にできるようになった。今、あえて『うっ…』と思えることが来たということは歓迎すべきことであり、受けない手はないと考えた」と語った。
苦手なことに突き当たった時、永瀬氏が思い浮かべるのが2004年頃に放送されていた「リチャードホール」というコント番組の登場人物「尾藤武」だという。気の弱いサラリーマンだが、ピンチの時には憧れの「ビートたけし」になりきって暴走気味に乗り切る。普段の自分ではできないことも、他の人の仮面を借りてでもやりきること。それを永瀬氏は「尾藤武メソッド」と呼んでいるという。
「困難な状況や苦手なことなどでは、先が見えずに不安が生じるのは仕方がない。しかし、アジャイルに取り組むことで、そうした先の見通しが見えない、ふわふわした状態を乗りこなす練習として“筋トレ”をやってきたのではないか」。そう永瀬氏は語り、『達人プログラマ』の共著者であり、アジャイルマニフェストにもサインしているデイブ・トーマス氏が2014年のRegional Scrum Gathering Shanghaiの講演で述べた言葉を紹介した。
“自分が置かれた環境で、自分の経験を活かしてどう反応するか、それこそがアジャイルだ”
自分にとってのアジャイルな態度とは何かを考えた時に、永瀬氏はこの言葉を思い出すという。そして、「“うっ”と思うことは自分の成長につながることであり、もしそうした機会がないとしたらもったいない。時にはあえて“うっ”と感じるような場に飛び込むべきではないか」と語った。
非秩序系の問題に挑む「アジャイル」という手法の本質
「前置きが長くなった」と言いながらも、永瀬氏は「それこそがアジャイルの本質ではないか」と語る。確かにアジャイルという方法がイノベーションにつながるのは、安定的・予見可能な状況ではなく、先が見えない、ころころと変わる、人や資源が足りずに困窮しているといった時だ。その中で、なんとかひねり出した“苦肉の策”が偶然当たることがある。
永瀬氏は、デイブ・スノーデン博士が提唱する「Cynefin Framework(クネビンフレームワーク)」を紹介。「意思決定のための問題ドメイン分類」であり、問題が起きる物事のドメインを「シンプル・複雑・煩雑・カオス」の4つに分け(「無秩序」を加えることもある)、解決との関係を見極めようというものだ。
シンプル
安定して因果関係が明らかな状態。物事を観察して分類して対応すればよい。正解としてのベストプラクティスがすでにあるもの。
煩雑
込み入った状況ながら、1つ以上の正解があるもの。物事を検知して「分析して」対応することが求められる。
複雑
理解ができない状態なので、まずは探索的なアプローチが必要。その後、理解し、対応することが求められる。
カオス
正解を求めることが無意味で無駄な状況。とにかく行動することが大切であり、理解し、対応することになる。
「シンプル」と「煩雑」を秩序系、「複雑」と「カオス」を非秩序系として、アジャイルが得意とするのは後者であることは明白だ。因果関係がわからず、先を見通すことができていないからこそ、試行錯誤がカギになる。乗りこなすのが難しいものを乗りこなした時に、効果を発揮し、利益を享受できる。それがアジャイルであり、その手法としてスクラムが存在するというわけだ。
そう考えると、スクラムとは「マネジメントためのフレームワーク」でも、「スプリントを回して改善し続ける開発手法」でもなく、アジャイルマニフェストに「プロセスやツールより、個人と対話をすること」とあるように、アジャイルに取り組むためのマインドや価値観といえるだろう。