本記事は『生成AI時代のプロダクトマネジメント 勝てる事業の原則から戦略、デザイン、成功事例まで』(翻訳:曽根原春樹)の「第11章 ビジネスモデルとPMFへの道筋」から抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
本書はShyvee Shi、Caitlin Cai、Dr. Yiwen Rongによる『Reimagined: Building Products with Generative AI』(2024、PeakPioneer LLC)の邦訳です。
BtoCとBtoBでは何が異なるのか?
生成AIプロダクトのビジネスモデルを考える際、ビジネス向けプロダクト(BtoB)か消費者向けプロダクト(BtoC)のどちらを選ぶかで、収益の上げ方はかなり異なります。しかし現代のプロダクトは、BtoCプロダクトとBtoBプロダクトの境界線が曖昧になり、BtoBプロダクトは従来よりも一層ユーザーフレンドリーになり、あたかもBtoCプロダクトのようになってきています。
しかし生成AIプロダクトを開発する際に、BtoBとBtoCの違いを認識することは依然として重要です。それぞれのユーザーの根本的な動機や目的は大きく異なる場合があり、これらの視点の違いを理解することは、生成AIプロダクトを成功させるために不可欠です。
使用目的の違い
BtoCとBtoBのAIプロダクトの重要な違いは、プロダクトを使用する目的です。BtoCプロダクトでは、AI機能はパーソナライズされたユーザー体験の構築、時間の節約、エンターテインメントの提供などに用いられます。たとえば、SpotifyやNetflixのレコメンドエンジンは、個々のユーザーの好みや習慣に合わせたコンテンツの収集が目的です。結果として、シームレスで魅力的で楽しいユーザー体験がコアバリューになります。
一方、BtoBプロダクトでは、主に効率性向上、データに基づく意思決定の改善、そして生産性と収益性の向上を達成することが目的です。そのため組織のワークフローを変えていくことに焦点を当てています。よりよい意思決定の実現やプロセスの効率化を通じて、ビジネスの成長に貢献できることがコアバリューとなります。
ユーザーの役割の違い
BtoCとBtoBのAIプロダクトのもうひとつの重要な違いは、意思決定プロセスにおけるユーザーの役割です。BtoCプロダクトでは、ユーザーはAI搭載アプリケーションと個別にやりとりすることが多く、ユーザーが自分の意思で決められる余地は比較的限られていて単純です。ユーザーは費用対効果や、プロダクトを使うことによる自分の職業への長期的な影響についてとくに心配することはありません。
しかしBtoBプロダクトでは、ユーザーはチームや組織の一員であり、プロダクトの導入、実装、意思決定が組織にどのように影響するかについて見通しを立てる必要があります。そのため、複雑な意思決定プロセスと購買プロセスを考慮し、ユーザーのワークフローへのシームレスな導入を実現することが求められます。
ユーザー心理とニーズの違い
ユーザーの心理と固有のニーズを細かく理解する必要もあります。BtoCプロダクトは、ユーザーのロイヤルティとエンゲージメントを生み出すような感情を引き出すことが不可欠です。たとえば、パーソナライズされた体験の提供を目指す自動運転サービスの場合、カスタマイズされた車内エンターテインメント、厳選されたショッピング体験、またはオーダーメイドの旅行プランなどの要素を取り入れることが考えられます。
BtoBプロダクトは、組織の機能面に適合しつつ、同時にわかりやすさ、使いやすさ、タスクを効果的に終わらせられる有効性を優先させる必要があります。たとえば、AI搭載のサプライチェーン予測システムは、供給フローの効率を向上させ、在庫コストを削減し、実行可能なインサイトを提供できなければ、ユーザーはプロダクトを信頼してくれないでしょう。
倫理的な配慮事項の違い
倫理的で公平なAIプロダクトを設計するには、公平性、説明責任、透明性の原則が不可欠です。これらの倫理的配慮はBtoCとBtoBにかかわらず必要ですが、プロダクトが置かれる立ち位置によって優先すべき事項が異なります。
BtoCプロダクトでは、ユーザーのプライバシー、データの使用、ユーザーからの許可の管理に関する懸念が最優先事項であるのに対し、BtoBプロダクトでは、AIソリューションが組織のポリシーを遵守し、潜在的なバイアスを最小限に抑え、業界特有の規制に準拠することが求められます。
BtoCとBtoBの生成AIプロダクトの区別を検討する中で、プロダクトの成功を定義するのはエンドユーザーだけではないことがわかります。組織全体および社会的観点での利害関係者間の相互作用がそのプロダクトの価値を決定するのです。
BtoCとBtoBの12の特徴を比較する
BtoCとBtoBの生成AIプロダクトの特徴を12の観点で比較しました(図1)。生成AIプロダクトは、ひとつの型ですべてのユースケース、すべてのユーザーに対応できるようにはできていません。
ユーザーのニーズや期待が移り変わる中で、つねにユーザー中心に考え、ユーザーが直面している課題や求めているものを理解し続ける姿勢は、AIのあるなしにかかわらず欠かせません。
MVPからPMFまでの道筋
一度MVPを市場に出すと、直近の目標はPMF(プロダクトマーケットフィット)を見つけることになります。では、どうやってそこにたどり着くのでしょうか?
PMFとは何か?
プロダクトマネジメントの世界的インフルエンサーであるレニー・ラチツキー(Lenny Rachitsky)は、PMFは以下の3つの要素をすべて備えていると定義しています(図11-2)。
- 人々が本当に求めているプロダクトをつくることができる
- プロダクトを多くの人々に届けることで利益を上げられる
- 持続可能な方法で人材を確保・維持することができる
この3つの条件が重なる中心部分こそが、理想的なPMFの状態を表しています。プロダクトがユーザーニーズに合致し、収益化でき、さらに事業を支える組織体制も整っている。そういった理想的なプロダクトとビジネスモデルが実現できていることを意味します。
PMFの達成は、スタートアップや新規事業が成長を遂げるための重要な通過点とされています。図2を意識しながら、自社のプロダクトや事業がPMFを満たせているかを検証しましょう。
PMFの3つの誤解
PMFに関する一般的な誤解のひとつは、「うまくいった!」という瞬間が突如として現れるというものです。ユーザーが感じる「ああ、なるほど!」という瞬間は確かに訪れますが、PMFはたいてい「つくって――計測して――学ぶ」の繰り返しを通じて時間の経過とともに明らかになってくるものです。それは「ビッグバン」の啓示ではなく、フィードバック、学習、市場の反応に基づく反復によって徐々に見えてきます。
PMFへの挑戦は、持続的かつ差別化された価値を提供しようとし続けるプロセスです。続けることで市場の期待やニーズがますます明確になり、プロダクトを調整する方向性が見え、その先にPMFがある、ということです。
ふたつ目の誤解は、PMFを達成したときは明確にわかるというものです。しかし現実はPMFとは積み重ねを通じて自信を高めることに他なりません。それはサイエンスよりもアート的な側面があり、市場がどのくらいプロダクトを受け入れてくれるかに依存します。
PMFを見つけることは、数々のトップ企業が示すように時間のかかることです。たとえば、Canvaは1年、Airbnbは2年、Notionは3年、そしてSlack、Miro、Figmaは4年以上かかりました。これはPMFが一夜にして起こるものではなく、断続的な反復、学習、時間の結果であることを示しています。
PMFを追求する際のもうひとつの誤解は、最初に市場に参入することがPMFを見つける秘訣であるというものです。しかし現実を見ると、最初に市場に参入した企業が必ずしもPMFを達成しているわけではありません。
アンディ・ラフレフ(Andy Rachleff)の「勝者とは何度も何度も犬たちが食べたい食べ物を最初に提供する、最初の会社のことです」という言葉が、それを的確に表しています。市場が本当に欲しいものをインパクトをもって提供できる企業が、結局は勝者になります。
Facebookはソーシャルメディアの世界で一番乗りではありませんでしたが、PMFを見つけて提供する能力が競合他社とは一線を画していました。市場の一番乗りであることは時には不利になることさえあります。それはすでにある価値観で判断できるものがなく、未知の領域や課題に取り組むことの難しさゆえです。
しかし、Facebookは「ユーザーに共有する力を与え、世界をよりオープンでつながりのあるものにする」というビジョンのもとにプロダクトの価値を磨き上げました。ユーザーが使ったら忘れられない水準での体験を提供して、上述の課題を乗り越えることができました。彼らのアプローチは単に説得力があるだけでなく、ソーシャルネットワーキング領域の可能性を塗り替えました。
この独自の価値提案は、成長のための戦略とネットワーク効果から利益を得るビジネスモデルとが組み合わさり、Facebookが顧客を喜ばせるだけでなく、競争優位性を築き上げることにつながりました。市場への先駆けではなく、最初にPMFを達成することこそが、真の市場リーダーになるということなのです。
PMFへの到達度を測る5つのサイン
PMFへの道のりは必ずしも一直線でもなければ平坦でもないため、市場投入前と市場投入後の重要な兆候を把握しておくことで、PMFに到達したかどうかを推し量れます。
市場投入前の重要な兆候は、潜在的なユーザーがプロダクトのアイデアを聞いたときに見せてくれる反応の度合いです。単なる肯定的な反応だけではなく、目に見える興奮、熱心な期待、まだ存在しないプロダクトであっても喜んで支払う意思を見せてくれることが重要です。このような熱意は強力なリトマス試験紙となります。
もしこのような反応がなければ、プロダクトがユーザーに共鳴していないか、プレゼン方法が適切でないか、ターゲットユーザーに到達できていない可能性があります。潜在的なユーザーの興奮を引き起こすためにアプローチを修正する必要があるでしょう。
PMFの強力なテストは、潜在的なユーザーに直接、事前注文をしてもらうように依頼することです。強く惹きつけることができれば人々はお金を支払うからです。プロダクトはまだ利用できないとしても、早くプロダクトを利用したいがために喜んで支払う意思があることは、PMFの有望な指標となります。
市場投入後については、レニー・ラチツキーがPMF達成のサインとして以下の5点を挙げています
1. ユーザーエンゲージメント
高いユーザーエンゲージメントは、PMFのよいサインです。ユーザーがプロダクトとどのくらい頻繁に、どのくらい深く関わっているか、セッション時間、リピート利用率などで測定できます。
2. 顧客満足度
ネットプロモータースコア(NPS)やアンケート、フィードバックから、ユーザーがプロダクトとその価値をどのように認識しているかについて洞察を得られます。『Hacking Growth グロースハック完全読本』(日経BP、2018)の共著者であるショーン・エリス(Sean Ellis)が提案するように、40%以上の回答者がプロダクトを使えなくなったら「非常に失望する」と回答したユーザー調査は、PMFの強力なサインとなります。顧客の声や事例研究も質の高い定性的な洞察源となりえます。
3. コンバージョン率と解約率
無料版から有料版へのユーザーコンバージョンの高さと解約率の低さは、ユーザーがプロダクトに大きな価値を見出している証拠です。とくにスマイルカーブ型またはフラットな解約率曲線などの保持率指標は、顧客が継続的にプロダクトを使用していることを示しています。
4. オーガニック成長
口コミ紹介を含むオーガニックな成長は、プロダクトがユーザーを喜ばせることができ、ユーザーのニーズを満たしていることを示しています。売上高の半分以上が直接プロダクトにやってくるトラフィック(オーガニックトラフィック)なら、健全なPMFの可能性があります。
5. 収益の流れと収益性
PMFとは往々にして後からわかることであり、長期的な指標でもありますが、安定した収益の流れと収益性は、プロダクトが市場の要求を持続的に満たしていることを示唆しています。顧客獲得コスト(CAC)が顧客生涯価値(LTV)よりも低い、費用対効果の高い成長は、持続可能なビジネスモデルであることを示しています。
さらに、ユーザーにとっては不完全な体験であってもどうしても欲しいと思うのであれば、それは真のPMFを物語っています。マーク・アンドリーセン(Marc Andreessen)はPMFに関して示唆に富んだ説明をしています。
「もし顧客が価値を享受しており、口コミを広めるために最低限のマーケティング予算しか使わず、利用率が急速に伸び、プレスレビューが好調で、営業サイクルが短く、収益が急速に改善しているならば、PMFを達成しているといえる。いい換えると、これらの領域で苦戦しているのであれば、PMFを達成できていない可能性がある」。