高橋 優介(たかはし・ゆうすけ)
株式会社タップル 執行役員VPoE
大学院卒業後、株式会社サイバーエージェントに新卒入社。バックエンドエンジニアとしてキャリアをスタートし、音声配信や動画配信をiOSエンジニアとしても開発。新規マッチングアプリを開発責任者として立ち上げを経て、現在は株式会社タップルの執行役員VPoEとしてエンジニアリング全体をマネジメント。「恋愛総量の最大化」をかかげ、データを活用に関する施策責任者としても従事しています。
紺野 賢(こんの・さとし)
Braze株式会社 シニアカスタマーサクセスマネージャー
青山学院大学大学院卒業後、富士通グループのSE(システムエンジニア)として入社。その後は、SAS、Salesforceでデジタルマーケティング製品に関わる提案、構築、活用支援に従事し、データ分析による施策立案~運用・保守まで広範囲な業務を経験。Salesforceではデジタルマーケティング部 部長として組織オペレーション改善などにも注力。2023年3月より新時代のカスタマーエンゲージメントを追求すべくBrazeに参画。
事業拡大や課題を受け、組織体制をらせん型に進化
「恋愛総量の最大化」をパーパスとし、恋活・婚活マッチングアプリを運営する株式会社タップル。2014年のサービス開始以来、累計2000万人以上のユーザーを支援してきた。社会的課題である少子高齢化の背景にある「婚姻数の低下」に着目し、多様な価値観に対応しながら“恋愛の機会”を提供することを目指している。
また、近年では、無料でメッセージ機能が使える恋活・婚活マッチングアプリ「Koigram」をローンチ。心理学者が監修する「16タイプ恋愛診断」に回答することで自分の恋愛観に沿ったプロフィールが生成され、相性分析を参考にお相手探しができるものとなっていて、LGBTQ+など多様な価値観にも対応している。
これらのプロダクトを支えるのは、経営やマーケティングの他、技術本部、デザイン本部、プロダクト本部により構成される約50人体制の開発組織だ。プロダクトマネージャーなどビジネス視点でプロダクトを構想・企画する「プロダクト本部」と、エンジニアリングを担う「技術本部」が密に連携して開発を行っている。
もともと2018年頃までは小さな組織で、プロジェクトの企画が立ち上がった際にエンジニアをアサインする形態で開発を行っていた。しかし、その後「人の調整やオリエンテーションにコストがかかる」「チームが育成できずに技術力を蓄積できない」「プロジェクトごとに意識すべき対象が変わるためコンテキストスイッチの負荷が大きい」など、さまざまな課題が顕在化。2019年頃に企画や開発、QA、デザイナーなど職種を横断した少人数のチームでプロダクトの改善に取り組む「Squad型」へとシフトした。継続率やマッチ率などのKPIや、「安心して使える」などの状態目標を担う「ミッションチーム」によって編成され、プロダクト全体で横串となる売上などの目標は、経営側が持つ形となっている。
しかし、チーム横断(水平方向)の課題として、個別の課題が見えにくいためチーム間の意識統一が行えず、フォローし合う体制が作れなかった。また、チーム内(垂直方向)では、短期的な目標数字の達成のために中途半端で暫定的な対応が増え、長期的にシステムの品質が犠牲になるという課題も発生した。
そこで、「本来どのようなプロダクトを作りたいのか」を明らかにし、共有するために、製品の機能や仕様、要件などを定義した製品要求仕様書(PRD:Product Requirements Document)を作成。「かなえたいこと=要求」と「どうやるか=要件」を明確に分離し、全体でレビューする体制へと組織変更を行った。
高橋氏は「『かなえたいこと=要求』については、『言われたことをやる』のではなく、メンバーの主体性育成も意識しながら根本的な“Why”から考える時間をとり、『どうやるか=要件』については、現状や未来のシステムの状態と照らし合わせながら現実的な実現性を重視するものとした」と語る。
そして、結果的に再び「アサイン型」へと戻ったが、「やりたいこと」をチームにアサインするという受け身から、要求・要件を共有した上でプロダクト開発チームに委ねるという主体性を重んじた形になったことで、らせん型に進化させることができた。また、これによりPRDのレビューで「何をつくるか」「どの状態までいくか」を確認できるようになり、フォローしやすい体制となっている。
プロダクトを事業として成功させる「検証と資産化」の考え方とは
タップル社の組織体制づくりにおいて、“検証”と“資産化”という造語がキーワードになっている。“検証”は開発によって成果を生むことを指し、今はない機能を開発してユーザーに当てていくもので、PRDに基づく開発を伴う。“資産化”は運用によって成果を生むことを指し、すでにある機能やパッケージを利用/変更するなどして価値を高めることとしている。資産化は、タップル社ではプロダクトチームが担うが、他社ではマーケティングチームが担うことも多い。"検証”で効果が確認された機能を“資産化”し、開発なしで運用できる状態にすることを重視している。
高橋氏は「基本的には何がどう当たるか分からないため、要件・要求をつめて開発とリリースは行っているが、検証する中で“勝ちパターン”と判断されたものは資産化を図り、分析とリリースだけで事業を伸ばしていく。検証と資産化をしっかりと明確化して取り組むことを大事にしている」と語る。資産化の判断基準としては、ユーザーレコメンドロジックや売上に直結する仕組みなど、運用によって明確にアウトカムが出る可能性があるかが重視されている。また、検証は小規模に行い、資産化する際には将来を見据えた要件定義と実装を意識するという。
「何を資産化すべきなのか」「自分たちでつくるべきなのか」を見極めることは重要で、判断軸は「サービスの核となる機能かどうか」になる。例えば、レコメンドロジックや趣味タグなどは自社で開発すべきであり、プッシュ通知や顧客に応じた訴求の切り替えなどはグローバルスタンダードな仕組みを活用すればよい。また、そこに信頼できるベンダーが機能を追加していくケースもあり、その活用も有効といえる。
いわば、サービスの核ではない、ノンコアな部分については外部ソリューションの活用が望ましく、そこにBrazeを活用しているという。Brazeは「リアルタイムエンゲージメントを実現する次世代アーキテクチャプラットフォーム」であり、さまざまなソリューションやAPI、SDKなどとリアルタイムにデータ連携が可能で、データの取り込みからセグメント化、シナリオ設計、パーソナライズ配信まですべての処理をリアルタイムで実行できる。またアプリ内のポップアップなどの反応結果もリアルタイムに利用できる。
Brazeは、ForresterやGartner、IDCなど主要な評価機関からオムニチャネルマーケティング分野のリーダーとして認められており、AIを活用したレコメンデーション、送信時間の最適化、送信チャネルの最適化、コンバージョンの相関分析など多くの機能を提供している。
今後、短中期的には「Project Catalyst(プロジェクト・カタリスト)」として、セグメント作成からコンテンツ作成、配信、分析までの全プロセスの自動化を目指している。具体的には、配信結果に基づく価値の高いオーディエンスの自動識別・生成、文脈に応じたクリエイティブの調整、配信前の結果予測や改善提案など、AIによる業務効率化を進めている。これらの機能を通じて、タップルの検証と資産化の取り組みを加速させることを目指すという。
標準化されたBrazeのプラットフォームを最大限に活用
こうしたBrazeの支援のもと、タップル社ではマイページやお知らせなどの必要な機能は自社開発を行い、それ以外はグローバルスタンダードの仕組みを活用するというように、自社で開発すべき機能と外部サービスに任せる機能を明確に区分している。ただし、ノンコアだからすべて任せるというものではなく、自分たちがどうしたいかを考え、自分たちのバリューとしたいと考えるものについては、自分たちで開発しているという。
例えば、UIについては自社のデザインポリシーを重視し、フィーチャーフラグ(コードを書き換えることなく動的にシステムの振る舞いを変更できる開発手法)を用いて開発したものを、一部のユーザーに公開するカナリアリリースなどで段階的な機能展開を行っている。その際には、BrazeのA/Bテスト機能の活用も検討していきたいとのことだ。UIやフィーチャーフラグといったコア部分は自社開発し、その他のノンコアな部分をBrazeの機能に置き換え、コア部分との掛け算でより高い効果が得られるという。これにより、特定のユーザーセグメントに対する限定配信やプッシュ通知など、さまざまなユースケースに対応できる柔軟な運用を実現するというわけだ。
最後に高橋氏は、「プロダクトビジョンを達成する組織となるために、組織の効率化と価値創造を両立し、組織の大きさや人材に対応した体制に変化させる必要がある。時に元に戻るようにみえて、らせん状に進化させていく」と語り、「開発では短期的な検証から長期的な資産化へ移行する意識が重要であり、経営的視点では売上や成長に直結する仕組みを考慮する必要がある。その意味でも“資産化”は大事だと感じている。そのためにも機能をコア・ノンコアに分類しつつ、システム全体の最適化や運用しやすさを考えていきたい」と意欲を見せた。