1. AI駆動企画の「近未来」
座談会の終盤、議論は「AI活用の将来像」 へと移った。まず、クリエーションラインCTOの荒井康宏氏が、技術的な見通しと、それによってプロダクト開発がどう変わっていくかの予測を提示した。
AI性能は「スケーリング法則」から「マルチエキスパート」へ
荒井氏によれば、これまで大規模言語モデル(LLM)の精度は「スケーリング法則」に従い、リソースやデータを投入すればするほど向上してきた。しかし、GPT-4.5あたりからその前提が変わりつつあるという。
「GPT-5はマルチエキスパートシステムになっており、1つのモデルの中に複数のエキスパートがいて、適切な部分を使い分けるアーキテクチャになっています。単純にデータサイズを増やすのではなく、(中略)新しいアーキテクチャです。これによって現実世界のさまざまなユースケースに対応できるようになっていくと思います」
真のAI駆動開発とは「ライフサイクル全体」の最適化
荒井氏は、現状のAI開発はコーディング領域にフォーカスされがちだが、真のAI駆動開発とは「今日話しているような、課題設定やアイディエーションから含めて、すべてAIでドリブンしていくようなスタイル」だと定義する。
その進化スピードは凄まじく、ChatGPT登場からたった2年で235以上のツールが登場し、「3日に1つ新しいツールが出てくる状況」だという。
「Kiro」が提言する「Spec駆動開発」
荒井氏は、特徴的なツールとしてAWSがリリースしたAIネイティブな統合開発環境(IDE)「Kiro」を紹介した。これは、感覚的にコーディングを進める「Vibe Coding」モードとは別に、「Spec(仕様)駆動開発」モードを選択できる。
「Kiroでは、人間のプロセスをAIが行います。まず要件定義書を作成し、『この内容を確認してください。次に進んでよいですか?』と確認し、『よいですよ』というとデザイン設計書を作成します。また確認して『これでよいですか?』と聞き、『いいんじゃないか』というと、今度は実装計画を作成するという流れです」
これは、AIに任せきりにするのではなく、人間が適切なチェックポイントを設ける「AI駆動ライフサイクルマネジメント」という思想に基づいている。
開発スタイルは「ペアプロ」から「ドキュメント重視」へ
この流れから、荒井氏は開発スタイルの進化を次のように予測する。
- 現在(ペアプログラミングスタイル):AIがバディとして一緒に作るスタイル。
- 近未来(ドキュメント重視スタイル):Kiroのようにドキュメントを整備すれば、あとはAIが作り、人間はチェックする世界観。
- さらなる進化(プラットフォーム整備スタイル):開発者の仕事は、AIがいかにうまく作るかのための「仕組み(プラットフォーム)」を整備することに変わっていく。
複数パターンの同時作成と「アブダクション開発」
AIで「早く作れる」ようになると、開発の考え方自体も変わる。
従来は、顧客のニーズがさまざまな要因で歪められ、本当に必要なものにたどり着けない失敗が多かった。しかしAIを使えば、「さまざまなパターンに応じて複数のプロダクトを一気に作って試し、『実はこれが一番いいんだよね』という探索の仕方」が可能になる。
「ユーザーやプロダクトマネージャー、デザイナーが『こういうの作りたい』と言った内容をもとに、『とりあえず作りますよ』と(AIが)ポリシーに従って作成し、『はい、できました』と提示してくれます。その際、1つだけでなく何パターンも作って『どれがよいですか?』という形で提示してくれる時代になっていくのではないでしょうか」
荒井氏は、これを「AI駆動開発×デザイナーの逆推論(=アブダクション開発)」が実現できる時代、と表現した。
2. AI時代に「プロダクトマネージャー」に残るもの
荒井氏が示した「近未来」。それは、プロダクトマネージャーやプロダクトオーナー(PO)1人でさえプロダクトを回せるかもしれない世界だ。
では、そんな時代に「人間」の価値、特にプロダクトマネージャーの価値はどこに残るのだろうか。
課題:「ユーザーフィードバック」の自動化と「平均点プロダクト」の量産
Hondaの山田大輝氏は、市場投入後、ユーザーリサーチを自動で行うエージェントを作り、改善サイクルを自動で回していく世界線を予測する。
これに対し荒井氏は、「ポイントは、ユーザーのフィードバックをAIにシームレスに取り込むところ」だと指摘。開発サイクル全体に、開発者のチェックだけでなく、ユーザーのフィードバックを組み込むことが重要だと語った。
一方で、コンサルタントの石亀直樹氏は、この自動化に警鐘を鳴らす。
「人間の役割はレビュアーのような立ち位置になっていくでしょう。(中略)一方で、AIが提示したものを『言われた通りに開発する』だけになってしまうと、思考停止の負のスパイラルに陥り、『平均点止まりのプロダクト』が量産されることになります。開発が容易になるぶん、類似製品が増えて市場は激戦化していく。だからこそ、当たるプロダクトを生み出す難易度は変わらないと思います」
人間の価値①:「答えのない問い」と「自分の思い」
石亀氏は、AIに求めるものは「正解」が多いが、企画の前半、特に「課題探索や仮説は、あくまで答えがないところでの勝負」だと語る。
「そこに対して、AIの指示とは違う自分の思いを加えて軌道を変えていくのが味の出し方なのかなと思います」
AIに任せきりにするのではなく、答えのない問いに対して、人間の「思い」をいかに加えるか。それが価値になるという指摘だ。
人間の価値②:「平均」はAI、「ベスト」は人間
では、AIは「思い」や「クリエイティブ」を持てるのか。荒井氏は、AIの特性に関する「面白い研究」を引用する。
「AIは確率的な大規模モデルをデータをもとにやっているので、(中略)平均値を取るものがAIなんです。一方で、人間の中にはAIで作れない謎のものを作り出す人たちがいます」
ネットミーム(面白いコンテンツ)を作らせる研究では、「AIがただ作った方が、人間がただ作るよりもちょっと面白い」という結果が出た。しかし、「めっちゃ面白いコンテンツ」は、AIではなく一部の人間が生み出していたという。
荒井氏は、これはプロダクトアイデアも同じだと語る。
「一部のすごいプロダクトアイデア『これだ!』みたいなところを作り出せる人、(中略)『あれ、こんなの今まで思いつかなかったぞ』みたいなやつを作り出せる人が、このAIを使いこなしながらこれができると、すごいことが起きるのではないでしょうか」
AIは「平均的に良いもの」は作れるが、「突き抜けたベスト」は作れない。その「ベスト」を生み出す創造性こそが、人間の価値だ。
人間の価値③:「決定」と「覚悟」と「責任」
山田氏も、AIがアイデアを複数出せる時代だからこそ、「それのどれにするのかは人の数だけいろいろな形がある」と指摘する。
「大概の場合、プロダクトだけで完結しないサービスモデルでは、一気に出すのは難しい。そうなってくると『じゃあどれ出すの?』を決めるのは人の覚悟に大きく依存します」
荒井氏もこれに強く同意し、プロダクトマネージャーに残る核心的な役割を次のように結論付けた。
「正解がない中で決めるというのは、AIがそこは決めてくれないと思います。決定や覚悟を取る、責任を取るところ。思いがあれば責任も取れるはずなので、それがないとAI任せのプロダクトになってしまいます」
人間の価値④:「デジタルで完結しない」人脈とパイプ
議論の最後、モデレーターの根岸氏から「今後価値が出るのは、むしろデジタルで完結しないところをいかに持っているかということでしょうか」という問いが投げかけられた。
石亀氏は、デジタルで完結するプロダクトはAIによって瞬時にレッドオーシャン化するだろうと予測する。
「デジタル完結するところは、すごいローコストで作って、その場で欲しいと言ったらその場でAIが裏で作ってくれるレベル感まで将来的には行くのではないでしょうか」
AIがデジタル領域を高速化・コモディティ化すればするほど、相対的に価値を持つのは「人脈やパイプをいかに作れるか」 という、デジタルの外にあるアナログな価値だ。
