はじめに
プロダクトマネージャーや事業責任者であれば、数字に責任を負う立場上、KPIの重要性やその難しさについては言わずもがな、ご認識のとおりでしょう。特に、企業として複数のプロダクトを展開しているケースだと、自然と変数が多くなり、「適切なKPI設計とは?」と頭を悩ませている人も少なくないのではないでしょうか。
この連載では、現在、イタンジ株式会社 取締役 副社長執行役員 COOを務める私、井口俊介が、実践経験やナレッジをもとに、マルチプロダクトを展開するテクノロジー企業の目線での「ベストなKPI設定・運用」について解説します。多数のプロダクトを有する不動産テック企業である現職での実践施策例まで含めてお伝えできればと思うので、特に事業責任者として課題感を持つ方々や、メンバーとして視座を高めたい方のご参考になれば幸いです。
そもそもKPIとは? 何のために設定するものか?
そもそもKPIの本質は何か、について考えてみましょう。
当たり前のことですが、事業の目的は事業ミッション・ビジョンの実現で、それを測る達成指標として売上・収益を追うことになると思います。企業は期初に定めた予算を、期日までに達成しなければなりません。目標達成に向けたアクションが予定通り進捗しているかを測る、極めて重要な指標がKPIです。
例えばセールスで、「XX月までにXX億円の売上」という目標設定がされている場合、受注率から逆算して必要な受注件数・提案件数を算出し、それらの数値をKPIとして設定します。
プロダクトマネージャーであれば、「年度内に1億円のアップセルを創出」という目標に対し、そのためにはXX月までに新サービスがローンチされていなければならない、そのためには……と逆算したり、「今期中に従量課金をXX%増加」という目標に対しては、XX月までにシステム利用率をXX%増加させなければならない、そのためには……と逆算したりして、目標に向かうアクション、ステップを分解して指標とするのがKPIです。

目標は最終アウトプットです。時間軸に対して、その手前の具体的なアクションが予定通りに進行しているか、時間軸を意識したマイルストーンとして設定することが必要で、それがKPIの役割といえます。
私はこれまで複数の事業責任者を担い、「顧客へ何を価値提供できるか」「そのためにどのようなプロダクトを作るべきか」といった、ビジョンの策定に関わるような上流の戦略を立ててきました。
そうした立場を経験してきた自分としての理解ですが、「KPIはなんのために設定するものか?」という問いに対する答えは、自分の置かれているポジションに関わらず、その事業がうまく進んでいるかどうかを測るための物差し、つまり「ペースメーカー」だと考えています。
例えば、あるプロダクトにおいて「1年間で5億円の売上」という事業計画がある場合、11か月目の時点で売上が4億に満たないと判明しても手遅れです。1か月目の時点で「このままのペースでは目標を達成できない」と予定通り進捗していないことに気づくことができれば、残りの11か月で補正のためのさまざまな打ち手を実行できます。これが「ペースメーカー」が重要な理由です。KPIは重要な手前指標であり、経営のリスク検知システムである、と言えます。