5:なぜ日本から始めたのか──難しい市場への「本気の投資」
──Figmaは現在、アメリカを中心とした世界各国に展開していますが、英語の次に取り組んだのが日本語のローカライズだったと伺っています。数ある言語の中でもなぜ、日本語のローカライズを急速に進めたのでしょうか?
山下:まず数字の上ではあまり反映されてはいないものの、日本はデザインの重要性を理解している文化的な土壌がある。それが理由の一つです。

川延:2019年の11月のタイミングで、山下の登壇するコミュニティイベントをはじめ、お客さまとFigmaスタッフが直接触れ合う機会を設けました。そのときに、私自身もFigmaのシェア拡大の可能性を感じたのです。新規ユーザー数によって顕在的なニーズを把握することはできますが、データだけではなく、実際に日本企業さまにお会いした「肌感」を信じて、日本でのローカライズに舵を切ったんです。
山下:ただ、日本は他の欧米諸国との文化的な違いが大きく、アメリカの成功事例をそのままトレースできないという難易度の高いマーケットでもあります。だからこそ積極的な投資をしなければ意味がない、という理由で、全面的にリソースを割いた背景もありました。
川延:そもそも英語を主言語とするアメリカで生まれたFigmaを別の国・言語で普及させること自体が初めての取り組みでした。そのうえ、言語や商習慣の違う日本で展開していくのはかなり苦労しました。
実際に、日本でのローカライズを始めたのは2022年7月からでしたが、次の言語のローカライズに着手するまでに2年以上かかっています。ただ、逆にいうと、アジア初の進出先として英語圏であるシンガポールやオーストラリアではなく、日本を選んだというのは、Figmaがそれだけ日本というマーケットを大切している証拠だと思います。
山下:実際にデジタルネイティブの会社はもちろん、伝統的な会社でFigmaを使用していただきつつあります。Figmaの導入がかなり進んできている印象はありますね。
──欧米諸国とは異なる特性を持った日本市場は、Figmaの戦略になにか影響を与えましたか?
川延:まず前提として、Figmaは各組織のコミュニティレベルで愛されているプロダクトで、ボトムアップ型で広がっていく傾向があります。特に日本は欧米諸国と比較すると、デジタルネイティブな企業が少ないため、経営層の方に認知されて、全社的に導入していただくフェーズになるまでには時間がかかる状態です。
よって、Figmaという「武器」をどのように使いこなすかという可能性もお客さまによって千差万別で、ご自身で使いこなしていただけるデジタルネイティブの会社もあれば、「Figmaが蓄積してきたナレッジを共有してほしい」というニーズを持った会社もあります。
実はそうした幅広いニーズを持ったマーケットに当たるために「サービスパートナープログラム」を導入しました。これは外部の専門パートナーがFigmaの社内チームと連携してFigmaの導入支援やデザインシステムの構築支援などのユーザー支援を行うもので、グローバルで導入したのは日本が初めてです。

結び
AIの進化により、誰もがアイデアをすばやくかたちにできる時代が訪れた。その中で改めて問われているのは、「何をつくるか」よりも「なぜつくるのか」、そして「より良い体験とは何か」という視点だ。Figmaのプロダクト設計や取り組みには、そうした本質的な問いに向き合い続ける姿勢が一貫して見えてくる。
AIを効率化の手段としてだけでなく、人間の思考を深め、創造性を引き出す基盤と捉えることで、プロダクト開発のあり方は大きく進化する。その先端にあるFigmaの挑戦が、日本でどのように根づき、広がっていくのか。今後の展開に注目したい。