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Developers Summit 2026 「Dev x PM Day」

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「大企業病」を乗り越えろ! 再現性がある新規事業の「迷宮」脱出ガイド

その「壁」、壊さなくていいんです──レガシーな組織で「しなやかに」新規事業を進める新発想

「大企業病」を乗り越えろ! 再現性がある新規事業の「迷宮」脱出ガイド 第3回

「とはいえ」……新しい発想:「特区」をつくり、しなやかに動く

 では、どうすればいいのでしょうか。戦うのをやめるのです。壁を壊そうとするのではなく、その壁の内側に、自分たちだけの小さな「治外法権」のエリアを作る。これが、私の提案する新しいアプローチです。

「サンドボックス」思考:自分たちのルールを交渉する

 そのための強力な考え方が、「特区」や「サンドボックス」という発想です 。これは、無秩序にルールを無視するということではありません。「このプロジェクトに限り、期間限定で、特定のルールを免除・緩和してください」と、会社と正式に交渉し、実験のための保護された領域を確保することです。

 これは、決して夢物語ではありません。日本政府も「規制のサンドボックス制度」という仕組みを導入し、例えば電動キックボードの公道実証実験や、新しい金融サービスの試験提供などを可能にしてきました 。既存の法律をいきなり変えるのは難しくても、「まずは限定された範囲で試してみましょう」というアプローチで、数々のイノベーションを社会実装してきたのです。

 これを、あなたの会社で実践するには、いくつかのステップがあります。

  1. 実験の範囲を明確にする:まず、プロジェクトの目的、期間、そして「何をもって成功とするか」という評価基準を明確に定義します。境界線があいまいなままでは、誰も特区を認めてはくれません。
  2. 必要最小限の「例外」を特定する:「すべてのルールを無視させてほしい」と要求してはいけません。それではただのわがままです。プロジェクトのスピードを阻害しているボトルネックとなっているルールを数個だけ特定し、「この外部サービスを使う許可」や「10万円以下の備品購入に関する稟議プロセスの簡略化」など、具体的かつ限定的な例外措置を要求します。
  3. 強力な後ろ盾(スポンサー)を確保する:これが最も重要です。この特区構想を理解し、会社の免疫システムから守ってくれる経営層の役員など、強力なスポンサーを見つけなければなりません 。その人が、あなたのプロジェクトに「外交官特権」を与えてくれるのです。

クロスファンクショナルチームという「外交使節団」

 特区を作れたら、次はその中でどう動くかです。ここで鍵となるのが、「クロスファンクショナルチーム(CFT)」の組成です。しかし、私はこのチームを単なる「部門横断チーム」と捉えるべきではないと考えています。

 あなたのチームは、いわば「外交使節団」なのです。

 開発、営業、マーケティング、法務など、各部門から集められたメンバーは、単に自分の専門スキルを提供するだけではありません。彼らは、それぞれの出身部門(母国)との関係を維持し、信頼を構築し、必要な情報を翻訳して伝える「大使」としての役割を担います。この外交使節団がいることで、他部署との連携は「正式な依頼」から「仲間との相談」へと変わり、コミュニケーションの質とスピードが劇的に向上します。

 このアプローチがいかに強力かを示す、素晴らしい日本の事例があります。1990年代、経営危機に陥った日産自動車をV字回復させた「日産リバイバルプラン」です。当時COOだったカルロス・ゴーン氏が主導し、部門の垣根を越えて選抜されたメンバーで構成されたCFTが、聖域なき改革を断行しました 。このチームは、従来の組織階層を飛び越える権限を与えられ、全社的な課題解決に挑むことで、驚異的なスピードで成果を上げたのです。これは、巨大なレガシー組織であっても、CFTという仕組みが変革のエンジンになり得ることを証明した、歴史的なケーススタディです。

「ルールハック」の技術:壊さずに、曲げる

 とはいえ、すべてのルールを特区で回避できるわけではありません。どうしても避けられない稟議や手続きは残ります。そこで必要になるのが、ルールを「壊す」のではなく、賢く「曲げる」ための「ルールハック」の技術です。これは、不正をすることではなく、創造的なコンプライアンス(法令遵守)です。

 例えば、こんな工夫が考えられます。

  • 依頼の「言い換え」:新しいソフトウェアの導入を申請すると、情報システム部門による数か月に及ぶセキュリティ審査が始まるかもしれません。しかし、もしその目的が顧客候補の反応を見ることならば、「新規ソフトウェア購入稟議」ではなく、「短期的な市場調査のための外部サービス利用費」として申請すれば、マーケティング予算の範囲内で、より迅速に承認される可能性があります。
  • ルールの「意図」を汲む:「10万円以上の購入には3社から見積もりを取ること」というルールがあったとします。このルールの「意図」は、不必要に高価なものを買わない、というコスト意識です。もし、あなたが必要とするサービスが、市場で一社しか提供していない特殊なものであれば、その事実をきちんと文書で示し、「相見積もりが物理的に不可能であるため」と説明することで、ルールの意図を尊重しつつ、例外を認めてもらえる可能性が高まります。

 こうした小さな工夫に加え、稟議のキーパーソンに事前に内容を軽く説明しておく「健全な根回し」や 、承認者が一読して理解できるような標準化されたフォーマットを使うこと も、意思決定のスピードを上げる上で非常に有効です。

アプローチ転換のまとめ

 これまでの話を、2つのアプローチの比較として表にまとめてみました。あなたのチームが今、どちらのアプローチに近いか、ぜひ見比べてみてください。

「正面突破」と「特区戦略」のアプローチの違い
従来のアプローチ(正面突破) 新しいアプローチ(「特区」戦略)
ゴール:既存の全社ルールを変更・撤廃させようとする。 ゴール:一時的・限定的な、独自のルールを持つ保護領域を作る。
手段:正式な稟議、上層部へのエスカレーション、大規模な合意形成。 手段:小規模な交渉、スポンサーの確保、明確な境界線の定義。
チーム:他部署には正式な依頼ベースで協力を求める。 チーム:クロスファンクショナルチームを「外交使節団」として組成する。
マインドセット:「システムと戦う」 マインドセット:「戦略的な俊敏性で、システムを乗りこなす」
結果:疲弊、遅延、妥協の産物。 結果:速い学習、集中した実行、チームの士気維持。

まとめ:巨大戦艦から、高速艇を出すように

 今回は、大企業における「社内の壁」の正体と、それを乗り越えるための新しいアプローチについてお話ししました。

 最後に、一つのイメージを共有したいと思います。あなたの会社は、巨大な戦艦です。重厚な装甲と強力な主砲を備え、安定した航海を続けています。この巨大な戦艦の針路を、急に90度変えようとすることは、無謀で不可能です。

 私たちのゴールは、戦艦の向きを変えることではありません。戦艦の甲板から、小さくても機動力のある「高速艇」(あなたのプロジェクト)を、海に降ろす許可をもらうことです。

 高速艇は、戦艦の周りを自由に走り回り、新しい航路を探したり、未知の島を偵察したりできます。戦艦の巨大な慣性に縛られることなく、素早く動き、仮説を検証し、時には失敗しながらも、貴重な情報を持ち帰ります。そして、その活動は、戦艦からの燃料や食料といった支援によって支えられています。

 「砦と戦う」のではなく、「戦艦から高速艇を出す」。

 この発想の転換こそが、チームを終わりのない消耗戦から解放し、創造性と前に進むためのエネルギーを取り戻す鍵だと、私は信じています。それは、あなたとあなたのチームに、自分たちの運命を自分たちでコントロールしているという、何物にも代えがたい感覚を与えてくれるはずです。

 さて、自分たちの「特区」という名の高速艇を確保できたら、次に重要になるのは、その船を動かす最高のクルーをどう集めるか、です。

 次回は、社内の事情にも詳しく、かつ社外の新しい手法も知っている、そんな「バイリンガル」なチームの作り方についてお話ししたいと思います。どうぞ、お楽しみに。

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この記事の著者

伊藤 景司(ブルーグラフィー株式会社)(イトウ ケイジ)

ブルーグラフィー株式会社 代表取締役社長兼CEO 新規事業・プロダクトマネジメントのコンサルティング事業と自社プロダクト開発を展開。ローンディールメンター。 以前は、ソニーにて新規事業・プロダクトマネジメント・海外マーケティングに従事。新規事業チームにて、プロダクトマネージャーとしてLED電球ス...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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