「デジスマ診療」に見る圧倒的成果
このフレームワークの実践例として、山崎氏自身がプロダクトマネージャーを務めた「デジスマ診療」が紹介された。
医療機関の予約、問診、診療、決済をシームレスにつなぐこのプロダクトは、初期には少数施設での検証から始め、MVP開発、PMF(プロダクトマーケットフィット)を経て拡大していった。
山崎氏は「前回登壇したpmconf 2023で発表した時点でも十分な成果だったが、そこから2年間、プロダクトサイクロンを回し続けた結果どうなったか」と前置きし、1枚のスライドを投影した。そこに示されたグラフは、PMF完了時から約40倍、さらにそこから指数関数的な急成長を描いていた。
「とんでもないことになっている。プロダクトサイクロンを回し続けることで、これだけの成長が実現できるのだ」(山崎氏)
このフレームワークは、プロダクトだけでなく「チームビルディング」にも応用可能だという。候補者を探し、選び、語り合い、共に働き、育て、役割を託してチームを強化する。プロダクトサイクロンは、組織とプロダクトの両方を「竜巻」のように巻き込みながら成長させる強力な武器となる。
【Q&A】プロダクトを「託す」判断と組織のスピンオフ
セッション終了後、会場のコミュニケーションエリアで行われた「Discuss with the Speaker」では、参加者からより具体的な質問が投げかけられた。特に質問が集中したのは、プロダクトサイクロンの第6ステップ「託す(Delegate)」に関する判断基準と、それを支える組織論についてだった。
自分で走り切るか、他へ「託す」か。判断の分かれ目
──「託す」の判断が難しいと感じました。自分たちで最後まで走り切るべきなのか、他へ渡すべきなのか、その見極めはどうされていますか?
「これは子育てにも似ている。『いつ子どもを自立させるか』という悩みと同じだ。重要なのは、『今の金脈を掘り続けるか、次に行くか』の二択ではなく、『誰かに任せた方が会社全体として儲かるのではないか』という第三の選択肢を常に持っておくことだ。
プロダクトの成長には『S字カーブ』があり、ある程度成長すると限界効用が逓減(ていげん)してくる。改善の効果が薄れてくるフェーズに、エース級のチームが張り付いているのは、全社視点で見れば機会損失でしかない。
今のプロダクトを誰かに引き継ぎ、安定的な利益を生む状態にしておいて、自分たちは次の新しい油田を掘りに行く。その方がトータルでの生産性は高まる。『今までのような爆発的な成長ではないが、安定して利益が出る』状態にして、いい意味で妥協して預けるのだ」(山崎氏)
プロダクト劣化を防ぐ「人ごと託す」戦略
──他のチームに託した結果、プロダクトの品質が落ちたり、単なる保守作業になってしまったりする懸念はありませんか?
「そのため、われわれは『人ごと託す』という方法をとることが多い。
コアチームでその機能を担当していた一番詳しいメンバーを、プロダクトとセットでスピンオフさせるのだ。漫画の『外伝』を作るように、特定の機能を独立させ、そこに詳しいメンバーを配置転換する。
エムスリーでは、3か月程度のプロジェクトであれば『サブチーム』ごと移動させることもある。自分たちが『台風の目』として入り、人を育て、その人を別のグループ会社へ、さらにまた別の場所へと弾き出していく。こうして、やり方の分かる人材を『成功モデルの伝道師』や『組織変革の核となる存在』として増殖させていくのがわれわれのスタイルだ」(山崎氏)
「温帯低気圧」と「海水温上昇」による組織の代謝
──成長が落ち着き、保守的になったチームのモチベーション管理はどうしていますか?
「成長が落ち着いたチームは、サイクロンに例えれば『温帯低気圧』になった状態だ。平和で穏やかな状態であり、それはそれで良いとしている。『キャッシュカウ』としてお金を生み出し続けているならば問題ない。
ただし、そこに技術的負債が溜まってきたら話は別だ。そのときは『海水温の上昇』を起こす。
具体的には、CTOクラスのトップエンジニアをそのチームに投入するのだ。『この負債を3か月で解消してくれ』と強烈なエネルギーを注入することで、そこでまた新しい回転が始まる」(山崎氏)
カニバリゼーションを回避する「2次元ロードマップ」
──多くのプロダクトをスピンオフさせていくと、ユーザーの可処分時間や画面スペースを取り合う「カニバリゼーション」が起きませんか?
「もちろん起きる。だが、われわれは『2次元ロードマップ』のような考え方で、市場を面で捉えている。
例えば縦軸に『診療プロセス』、横軸に『対象者(医師・事務・患者)』をとると、一見カニバリゼーションに見えても、面全体で見ればまだ空白地帯(スカスカな部分)の方が多いことが分かる。
拡張可能な世界観を最初に設計しておくことで、中央のサイクロンが回ることで生まれた新しいプロダクトが、自然と空白地帯へ移動していくようにしているのだ」(山崎氏)
1000億円の野望が「部分最適」を打破する
──複数のサイクロンが同時に回っていると、部分最適に陥ったり、チーム間で利害が対立したりしませんか?
「小さい回転で見るとどうしても部分最適になりがちだ。それを乗り越えるために、われわれは『高い目標設定』を行っている。
例えば、私の年間利益目標は今1000億円だ。そうなると、細かい部分最適で争っている場合ではない。全員で高い目標を掲げると、『今のままでは届かない』『全員がサイクロンを回して生産性を爆発させなければならない』という意識で統一される。
現実的な目標とは別に、大いなる野望としてのストレッチ目標を共有することで、視座を引き上げているのだ」(山崎氏)
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