生成AIで「生産量」は増えた。だが「勝てる」とは限らない
本セッション(詳細/講演資料)に登壇したのは、エムスリー株式会社 取締役 CPO/CAIOの山崎聡氏。イベント「プロダクトマネージャーカンファレンス 2025」(以下、pmconf)の大阪会場で、同氏は冒頭、自身のエンジニアとしてのキャリアを振り返りつつ、生成AIがもたらした開発現場の変化について触れた。
「3歳からコードを読み始め、11歳にはマシン語でCPUと格闘していた」という山崎氏から見ても、ここ数年の変化は劇的だという。エンジニアやデザイナーの能力がAIによって拡張され、開発の生産量は倍々で加速している。
「ChatGPTやGeminiに方針を相談し、Figma Makeでプロトタイプを作り、Claude Codeで仕上げる。コミットされるコード量は以前の5倍、10倍の世界観だ。いわば、エンジニアやデザイナーが100人増えたような状況になっている」(山崎氏)
しかし、ここで山崎氏は会場に問いかける。「目指すべきは『生産量』ではなく『生産性』ではないか」と。
いくらプロダクトを量産しても、最も重要な問いは「生産量だけでビジネス的に勝てるのか」ということだ。売上が数千万円規模であれば生産量だけで押し切れるかもしれないが、10億、50億、100億円といった規模を目指すならば、「売れなければ意味がない」。
山崎氏は「労力と成果のマトリックス」を用いて、生成AI時代のプロダクトマネージャーが陥りやすい罠について警鐘を鳴らした。
- ①楽だし儲かる:理想だが、最初からここを狙うのは難しい
- ②楽ではないが儲かる:本来はまずここを目指し、利益が出てから徐々に効率化すべき領域
- ③楽だが儲からない:生成AI時代に最も陥りやすい罠
- ④楽ではなく儲からない:基本的にはここからスタートする
生成AIを使えば、プロンプト一つでアプリが作れ、プレスリリース文さえも自動生成できる。そのため、多くの人が安易に「③楽だが儲からない」領域へと流れてしまいがちだ。
「楽な方向へ行くのは人間の性だ。しかし、③から①へ移行するのは至難の業である。最初から『②楽ではないが儲かる』、つまり『売れるもの』を作る泥臭い道を選ばなければならない」(山崎氏)
だからこそ、アイデアや商売センスを統合するプロダクトマネジメントが事業の成否を分けるカギとなり、その重要性が以前にも増して高まっているのである。
圧倒的生産性を実現する「プロダクトサイクロン」
では、どうすれば「売れるプロダクト」をつくることができるのか。
「できれば百発百中、無理でも十中八九で当てたい」
そう語る山崎氏が提唱するのが、PDCAをさらに具体的かつ高速に回すためのフレームワーク「プロダクトサイクロン」だ。
これは、バックログアイテム単位の小さな改善から、マルチプロダクト展開のような大きな戦略まで、あらゆる粒度で適用可能な7つのステップで構成されている。山崎氏は「研ぎ澄まされたPDCAを、竜巻のように高速回転させるイメージ」と説明する。
1. 探す(Select)
まずはネタを探すフェーズだ。ここではビジネスを前進させる複数の選択肢を探すことが重要である。
いきなり一案を詰めていくのではなく、A案、B案、C案……と必ず複数の案を出し、それぞれのインパクトを試算する。この段階でインパクトが高いものを見つけ出せなければ、その後の回転の勢いが弱くなってしまうため、とにかく筋の良い選択肢を見つけることに注力する。
2. 選ぶ(Choose)
インパクトの試算に基づき、実際に取り掛かる「最も筋の良い選択肢」を1つ選ぶ。開発の順序性なども考慮するが、基本的には早期にインパクトが出るものを狙う。そして重要なのは、選んだ後も「本当にそれで良いのか」を冷静にチームでレビューすることだ。
3. 語合う(Discuss)
作る前に、チームや顧客と十分に語り合う。
「作る前に語り合うことが重要だ。作ってからでは手戻りの時間が無駄になる。語り合うことでアイデアの理解を深め、作る前に何度もバージョンアップを重ねる」(山崎氏)
4. 取掛る(Startup)
チーム一丸となって全力で取り掛かる。実際に作ってみなければ分からないことは必ずあるため、作りながら改善点や疑問点を記録し、まずは「Done(完了)」させることを目指して叩き台を仕上げる。完璧さよりも、まずは形にすることを優先する。
5. 育てる(Growth)
叩き台ができたら、実際の利用フィードバックを素早く取り込み、徹底的に磨き込む。ここで改善案を取り込み、3回、4回とバージョンアップを繰り返すことで、アイデアを「売れるプロダクト」へと昇華させる。利用者やステークホルダーから十分な評価が得られた段階で、次へ進む。
6. 託す(Delegate)
ここがプロダクトサイクロンの最もユニークな点であり、山崎氏が強調するステップだ。
筋の良いアイデアが形になり、さらに磨き込めば伸びる状態になったら、それを「託す」ことを検討する。自分たちは次の新しい「金脈」を探しに行き、並行してそのプロダクトを磨き込んでくれる別の仲間に権限を譲渡するのだ。
「引き取り手を探し、本当にインパクトがあるものならば、それ専用のサブチームを作って託してもいいだろう。こうして回転の勢いを会社全体に伝播させていく」(山崎氏)
7. 強化(Reinforce)
サイクロンが一周したところで、KGIやKPI、あるいは「売りやすくなった」といった定性評価を含め、プロダクトが確実に強化されたことを確認する。ステークホルダー全員が強化を実感できれば、次の回転でもっと良いものができる。
「デジスマ診療」に見る圧倒的成果
このフレームワークの実践例として、山崎氏自身がプロダクトマネージャーを務めた「デジスマ診療」が紹介された。
医療機関の予約、問診、診療、決済をシームレスにつなぐこのプロダクトは、初期には少数施設での検証から始め、MVP開発、PMF(プロダクトマーケットフィット)を経て拡大していった。
山崎氏は「前回登壇したpmconf 2023で発表した時点でも十分な成果だったが、そこから2年間、プロダクトサイクロンを回し続けた結果どうなったか」と前置きし、1枚のスライドを投影した。そこに示されたグラフは、PMF完了時から約40倍、さらにそこから指数関数的な急成長を描いていた。
「とんでもないことになっている。プロダクトサイクロンを回し続けることで、これだけの成長が実現できるのだ」(山崎氏)
このフレームワークは、プロダクトだけでなく「チームビルディング」にも応用可能だという。候補者を探し、選び、語り合い、共に働き、育て、役割を託してチームを強化する。プロダクトサイクロンは、組織とプロダクトの両方を「竜巻」のように巻き込みながら成長させる強力な武器となる。
【Q&A】プロダクトを「託す」判断と組織のスピンオフ
セッション終了後、会場のコミュニケーションエリアで行われた「Discuss with the Speaker」では、参加者からより具体的な質問が投げかけられた。特に質問が集中したのは、プロダクトサイクロンの第6ステップ「託す(Delegate)」に関する判断基準と、それを支える組織論についてだった。
自分で走り切るか、他へ「託す」か。判断の分かれ目
──「託す」の判断が難しいと感じました。自分たちで最後まで走り切るべきなのか、他へ渡すべきなのか、その見極めはどうされていますか?
「これは子育てにも似ている。『いつ子どもを自立させるか』という悩みと同じだ。重要なのは、『今の金脈を掘り続けるか、次に行くか』の二択ではなく、『誰かに任せた方が会社全体として儲かるのではないか』という第三の選択肢を常に持っておくことだ。
プロダクトの成長には『S字カーブ』があり、ある程度成長すると限界効用が逓減(ていげん)してくる。改善の効果が薄れてくるフェーズに、エース級のチームが張り付いているのは、全社視点で見れば機会損失でしかない。
今のプロダクトを誰かに引き継ぎ、安定的な利益を生む状態にしておいて、自分たちは次の新しい油田を掘りに行く。その方がトータルでの生産性は高まる。『今までのような爆発的な成長ではないが、安定して利益が出る』状態にして、いい意味で妥協して預けるのだ」(山崎氏)
プロダクト劣化を防ぐ「人ごと託す」戦略
──他のチームに託した結果、プロダクトの品質が落ちたり、単なる保守作業になってしまったりする懸念はありませんか?
「そのため、われわれは『人ごと託す』という方法をとることが多い。
コアチームでその機能を担当していた一番詳しいメンバーを、プロダクトとセットでスピンオフさせるのだ。漫画の『外伝』を作るように、特定の機能を独立させ、そこに詳しいメンバーを配置転換する。
エムスリーでは、3か月程度のプロジェクトであれば『サブチーム』ごと移動させることもある。自分たちが『台風の目』として入り、人を育て、その人を別のグループ会社へ、さらにまた別の場所へと弾き出していく。こうして、やり方の分かる人材を『成功モデルの伝道師』や『組織変革の核となる存在』として増殖させていくのがわれわれのスタイルだ」(山崎氏)
「温帯低気圧」と「海水温上昇」による組織の代謝
──成長が落ち着き、保守的になったチームのモチベーション管理はどうしていますか?
「成長が落ち着いたチームは、サイクロンに例えれば『温帯低気圧』になった状態だ。平和で穏やかな状態であり、それはそれで良いとしている。『キャッシュカウ』としてお金を生み出し続けているならば問題ない。
ただし、そこに技術的負債が溜まってきたら話は別だ。そのときは『海水温の上昇』を起こす。
具体的には、CTOクラスのトップエンジニアをそのチームに投入するのだ。『この負債を3か月で解消してくれ』と強烈なエネルギーを注入することで、そこでまた新しい回転が始まる」(山崎氏)
カニバリゼーションを回避する「2次元ロードマップ」
──多くのプロダクトをスピンオフさせていくと、ユーザーの可処分時間や画面スペースを取り合う「カニバリゼーション」が起きませんか?
「もちろん起きる。だが、われわれは『2次元ロードマップ』のような考え方で、市場を面で捉えている。
例えば縦軸に『診療プロセス』、横軸に『対象者(医師・事務・患者)』をとると、一見カニバリゼーションに見えても、面全体で見ればまだ空白地帯(スカスカな部分)の方が多いことが分かる。
拡張可能な世界観を最初に設計しておくことで、中央のサイクロンが回ることで生まれた新しいプロダクトが、自然と空白地帯へ移動していくようにしているのだ」(山崎氏)
1000億円の野望が「部分最適」を打破する
──複数のサイクロンが同時に回っていると、部分最適に陥ったり、チーム間で利害が対立したりしませんか?
「小さい回転で見るとどうしても部分最適になりがちだ。それを乗り越えるために、われわれは『高い目標設定』を行っている。
例えば、私の年間利益目標は今1000億円だ。そうなると、細かい部分最適で争っている場合ではない。全員で高い目標を掲げると、『今のままでは届かない』『全員がサイクロンを回して生産性を爆発させなければならない』という意識で統一される。
現実的な目標とは別に、大いなる野望としてのストレッチ目標を共有することで、視座を引き上げているのだ」(山崎氏)
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