児玉 哲彦(こだま・あきひこ)氏
慶應義塾大学SFCでモバイル/IoTの研究に従事し、2010年に博士号(政策・メディア)取得。その後、ARアプリ「セカイカメラ」を開発していた頓知ドット(現tab)株式会社で、後継となるモバイル地域情報サービス「tab」の設計・開発、フリービット株式会社でモバイルキャリア「フリービットモバイル」(現トーンモバイル)の端末とサービスの開発に従事。2014年、株式会社アトモスデザインを設立し、モバイル/IoTにおけるUX/UI設計、技術設計、VR/ARのコンテンツ開発などを手がけてきた。現在は、外資系大手IT企業で製品マネージャーを務める。著書に「人工知能は私たちを滅ぼすのかー計算機が神になる100年の物語」(ダイヤモンド社)、「IoTは“三河屋さん”である-IoTビジネスの教科書」(マイナビ出版)。
目まぐるしい状況変化の中で開発が進んだ「COVID-19 Radar」
――はじめに、児玉さんが「COVID-19 Radar」の開発に関わった経緯を教えてください。
児玉:2020年の2月ごろ、その後「COVID-19」と呼ばれることになる新型コロナウイルスの感染拡大が、世界的に大きな問題になりそうな気配を見せ始めていました。
それについて個人的に調べる中で、感染拡大防止を目的とした「コンタクトトレーシング」(接触者追跡)という考え方を知り、この分野であれば、IoTやモバイル、ロケーション情報といった、これまで自分が関わってきた技術領域の知見を生かして貢献ができるのではないかと思ったのが最初のきっかけです。
並行して、日本での有志の動きについても追っていたのですが、COVID-19 Radarプロジェクトのコアメンバーの1人である安田クリスチーナさんと知り会う機会があり、Facebookでもつながっていて、このプロジェクトを始めていることを知りました。状況をヒアリングしたところ、「デザイナーは参加しているが、モバイルアプリとしてのUX/UIを仕上げていくのはこれからの作業」だというのを聞いて、自分の専門性が生かせるのではと参加しました。時期としては、今年の4月末から5月の大型連休あたりでした。
――COVID-19 Radarは、後に厚生労働省が管轄する接触確認アプリ「COCOA」のベースになったわけですが、改めてCOVID-19 RaderとCOCOAの関係についてご説明をいただけますか。
児玉:「COVID-19 Radar」は、先ほどの安田さんや、廣瀬一海さんらがコアメンバーとなって、ボランタリーベースで開発を進めていたOSSプロジェクトです。それが最終的に「COCOA」に採用されるにあたっては、いろいろな状況の変化がありました。
プロジェクトの当初、iOSやAndroidといったモバイルOSの一般的に利用可能なAPIだけを使っていると、バックグラウンド通信機能の制限などから、実用的なコンタクトトレーシングは難しいという、技術面での壁にぶつかっていました。その後、AppleとGoogleが「Exposure Notification」の機能を、それぞれのOSに追加することが発表したのに合わせて、それを使って実装する方向へと方針を転換し、開発が進められていきました。
さらにその後、両社は「Exposure Notificationを利用できるのは、国や行政区分単位で、保健当局が管轄する1つのアプリケーションに限る」という方針を出します。日本政府としてコンタクトトレーシングアプリをどのように展開するかは、当初、内閣官房IT総合戦略室で議論されていたのですが、そこでは「日本の場合、バックエンドで共通化する部分は必要だが、フロントエンドについては、複数のものが併存してもいいのではないか」という方向で進んでいたそうです。つまり、ここで「日本が公式に認めたアプリを1つだけ作らなければならない」という状況になり、当初の想定とは前提が変わってしまったのです。
その後、公式アプリとなる「COCOA」のベースに、「COVID-19 Radar」が選ばれました。採用決定後は、パーソルプロセス&テクノロジーがこの「COVID-19 Radar」をもとに、追加開発していったという流れになります。
COCOAについては、厚生労働省が別に構築している「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HERSYS)」とのつなぎ込みや、陽性登録者との接触があった後にユーザーが取るべきアクションに対応した機能など、行政との協力が不可欠で、OSSでは独自に解決できない部分が、差分として組み込まれています。