プロダクト中心からサービスモデルへの転換──グループ全体で事業DXに取り組む三菱電機
三菱電機は、デジタル基盤「Serendie(セレンディ)」を中心にグループ全体で事業のデジタル変革(DX)を進めている。Serendieは、エレベーターやビル管理、交通インフラ、空調、ファクトリーオートメーションなど、さまざまな現場からデータを収集し、それを分析してお客様のインサイトを発見、さまざまなシステムを連携させるWeb APIを通じてソリューションを提供するものだ。
全社で循環型 デジタル・エンジニアリング(※1)の推進を加速するため、2023年4月に設立されたのがDXイノベーションセンターである。ここではSerendieを実現する4つの技術基盤として、データ分析基盤、Web API連携基盤、サブスクリプション管理基盤、お客様情報基盤を整備し、社内外の技術やノウハウを結集することで、デジタルサービスの実現を加速している。
このDXイノベーションセンターは、これまでのプロダクト中心の事業創出に顧客中心の事業創出も加え、アジャイル開発を通じて迅速かつ柔軟に顧客ニーズに応えるサービスモデルへの転換を図っている。また、リスキリングやM&Aを通じて2万人規模のDX人財の確保と育成にも注力している。これらの取り組みにより、競争力を向上させるデータ活用ソリューションの提供を加速する。
伝統的な大企業にとって、このような大きな転換で事業創出を行うことは難しいが、三菱電機はデジタルサービスによる価値創出に向けて舵を切った。
そこで本稿では、そのキーパーソンであるDXイノベーションセンターのシステム連携企画部次長である飯澤大介氏と、プリンシパルアジャイルエキスパートの市谷聡啓氏に、伝統的な大企業におけるデジタルサービス開発の指針や、ゼロベースからのサービスデザインとアジャイル開発の立ち上げ方、そして将来の展望について話を聞いた。
お客様から得られたデータをデジタル空間に集約・分析すると共に、グループ内が強くつながり、知恵を出し合う事で新たな価値を生み出し、社会課題の解決に貢献すること(「三菱電機の経営戦略」より抜粋)。
三菱電機の変革の中核を成す「Serendie」と「DXイノベーションセンター」
──SerendieやDXイノベーションセンター、そして飯澤さんの役割についてお教えください。
飯澤大介氏(以下、飯澤):Serendieはデジタル基盤です。その中にはWeb API連携基盤やデータ分析基盤といった技術的な基盤があります。さらに、共創を中心としたデジタルサービスを生み出す活動を推進する基盤も含まれています。
私が所属するDXイノベーションセンターのシステム連携企画部では、デジタルサービスの創出を推し進めるためにガイドラインを準備したり、アジャイルの枠組みを用いて体制をアレンジしたりしています。これによりサービス開発の数やスピード感、質の向上といった面で組織としてサポートする枠組みを提供しています。
私の担当は、サービスデザインを会社に根づかせていく活動です。サービス開発の経験がないメンバーに対して、どのように受け止めてもらうかを試行錯誤しています。特に重要視しているのは、マインドセットの変化です。従来型の事業検討や事業開発のスタイルから、新しいターゲットに対してサービスを作り出す顧客中心のアプローチへの移行を目指しています。アジャイルの考え方もこれに含まれます。
私はもともとデザイナーで、UI/UXデザインをやりたいという思いで1998年に三菱電機に入社しました。その頃はまだスマートフォンもなく、ちょうどiモードが始まった年でしたが、それ以来モバイル端末でのUIを中心に、いわゆる価値提供や企画、ソフトウェア上での体験設計などを考え続けてきました。
2007年までそのような仕事を続け、その後はIoTやデザイン思考、さらにはサービスデザイン、CX(カスタマーエクスペリエンス)、ブランドエクスペリエンスなど、デザインに求められる領域や役割が拡張していく過程を経験してきました。このような背景があり、DXイノベーションセンターに参加し、その活動をリードしていく役割を担っています。
──三菱電機はソフトウェア企業というイメージはありませんが、ご自身はソフトウェアやUI/UXデザインの道を歩んでこられたということでしょうか。
飯澤:私たちの特徴は、実際のハードウェアであるコンポーネントを有しており、その上にデジタルの世界を提供しようとしている点です。実世界とフィジカルな製品がしっかりとつながっていることが、大きなポイントだと考えています。さらに、私たちの事業領域は非常に広く、パーソナルなものから公共のものまで多岐にわたっています。
Serendieは、これらの異なる領域を横断的につなぐことで新たな価値を創出しようという試みです。この点は、いわゆるIT系の企業と比較しても、かなりユニークな特徴だと言えるでしょう。実世界とデジタルの融合、そして幅広い事業領域の横断的な連携という、私たちならではのアプローチを取っているのです。
──データ基盤の整理だけでなく、マインドセット改革と循環型 デジタル・エンジニアリングを加速するために、人財が共創する場というのも展開されていますね。
飯澤:三菱電機は、デジタルサービスでの収益割合増加を公表していますが、この分野での経験は十分ではありません。DXイノベーションセンターの課題は、必要な能力をいかに補うかということです。対応策として、さまざまな人財教育を実施しており、同時に社員を対象としたDXに関連するプログラムやイベントを実施しています。
今後は、こうした知識を持つ人財同士のネットワーク構築と効果的なコミュニケーション促進が必要です。個々の学習に加え、組織全体での知識・経験の共有、そしてそれらを実際のプロジェクトや事業に活かす仕組みづくりが重要になります。
DXイノベーションセンターは全体で約50人の規模で、大きく5つの組織から構成されています。
- システム連携企画部(飯澤氏所属):社内外の共創やソリューションの連携を企画。プロジェクト立案と伴走支援する役割を担う
- 戦略企画部:全体の戦略決定を行い、社長をはじめとする経営陣とのコミュニケーションを担う
- プラットフォーム設計開発部:技術基盤の開発と全社展開、そして具体的なサービス開発プロジェクトへの参加を行う
- 開発・品質管理部:アジャイル開発における品質管理のガイドライン作成や展開、アジャイル開発の推進を担当する
- ビジネスインテリジェンス戦略推進部:データサイエンティストが所属し、社内データから価値やインサイトを見いだす活動と、デジタルマーケティングの推進を行う
昨年度のプロジェクト数は10未満と少なめでしたが、現在はその数を大幅に増やすことを検討しています。単に徐々に増やすのではなく、大胆な拡大を目指しています。これは組織の影響力を高め、より多くの価値を創出するための重要な戦略です。DX関連の人員を大幅に拡大する計画があり、今年度中には横浜地区に500人規模の拠点を設置し、さらに別の大規模拠点も計画中です。これに伴い、DX系プロジェクトも本格化します。