- ProductZine Day 2025:S-5セッション「腸プロダクトマネジメント~大企業 x ベンチャーの「内なる外」で生まれる共生型新規事業開発~」
ちくわと腸管の類似性──内なる外である「スタートアップ」が大企業の成長に貢献する
Wellnize(ウェルナイズ)は、日本を代表する大手食品メーカーの一つである明治と、ITスタートアップのCo-Lift、ゲキジョウが出資して2024年3月に設立されたデジタルサービス会社だ。食とデジタル技術を融合させた新たな価値創出を目指し、デジタルマーケティングやDXサポートを提供している。
代表取締役と執行役CEOを務める木下寛大氏は、Co-Liftの代表取締役 共同CEOでもあり、かつては楽天株式会社で、データサイエンティストやデータエンジニア、電子書籍事業のプロダクト開発マネージャーとして活躍。2017年にCo-Liftを設立し、ビジネスコンサルティングやソフトウェア開発を手掛けてきた。

そんな木下氏が突然、セッションの冒頭で「ちくわの穴は内側? それとも外側?」と問いかけた。そして「同じように腸は身体の中? それとも外?」と続けた。
ちくわの穴と腸管は、幾何学的な性質に着目すると同じ構造を持っていると言う。つまり、口から食べ物が入り、腸を通過して排せつされる流れは、ちくわの穴を通して物が出入りするのと同じように、一つの管の中を通る仕組みになっている。腸には約千種類、数十兆個もの腸内細菌が生息していると言われているが、構造的に「体の外側」とみなされるため、多数の腸内細菌が存在していても問題にならない。これは、ちくわの穴が内側に見えても実質的には外部と接しているのと同じ考え方だ。
腸内環境は独自のガバナンス「免疫寛容」という仕組みによって腸内細菌との共存が維持されている。腸内細菌はオリゴ糖などを分解し、短鎖脂肪酸などの代謝物を生成し、それが大腸で吸収されて健康に寄与することが研究で明らかになっている。
木下氏は、「この仕組みを企業の構造に例えると、明治とWellnizeの関係も類似している」と語る。Wellnizeはプロダクトマネージャーやエンジニアが所属し、デジタルサービスの開発を担う企業だ。明治の資本が入っているため完全に独立した企業ではなく、“構造的には外側にある関連会社”としての位置づけになる。大企業である明治の中では異質な存在と認識されながらも、異なるガバナンスで運営されることで、明治との共存を可能にしている。そして、Wellnizeが作り出すデジタルサービスが「腸の中の代謝物」のように、明治の成長に役立つことが期待されている。

異なる文化と強みを融合させ、パーソナルケアサービス「インナーガーデン」を開発
それでは実際に、大企業(明治)の「内なる外」であるベンチャー(Wellnize)が新サービスを生み出す、「共生型新規事業開発」とはどのようなものなのか。
その形態で誕生した新規事業の一つとして、木下氏は、腸内環境を整えるためのパーソナルケアサービス「インナーガーデン」を紹介した。自宅でできる腸内フローラ検査キットで腸内細菌5種類のバランスを分析し、その検査結果に基づき、腸内タイプでパーソナライズされた栄養素(オリゴ糖など)を含むココア飲料が定期的に配送されるというものだ。

このサービスの特徴は大きく2つあり、1つめは「プレバイオティクス」と呼ばれる腸内細菌の栄養源を摂取すること。腸内にすでに存在する菌を元気にするのが目的となる。しかし、腸内細菌の種類は多々あり、それぞれが必要とする栄養素も異なる。そこで、2つめの特徴として、個々の腸内環境を検査して菌の種類などを分析し、それに適した栄養を届けるという「インナーガーデン」の構想が生まれた。
この「インナーガーデン」事業におけるプロダクトマネジメントは非常に難易度が高いものだった。プロダクトマネージャーには、まず腸内細菌などの科学的知見や商品開発などの「ドメイン知識」が求められ、検査して定期購入に至るためのB2Cの「事業開発」の知見、実際に商品を作って届ける「サプライチェーン」の知識、当然ながら「マーケティング」や「ソフトウェア開発」の知識も必要になる。
木下氏は、「あらゆる領域を横断し、全体の最適なバランスを考えながら意思決定する必要がある。さらに難しくしているのは、明治とWellnizeがそれぞれまったく専門性が異なっていたことだ」と語る。腸内細菌や商品製造のサプライチェーンは明治が詳しいものの、D2C(メーカー直販モデル)やデジタルマーケティングなどの知見はWellnizeのほうが豊富。さらにソフトウェア開発は、Wellnizeにエンジニア組織が存在し専門性があるものの、製造やロジスティックとの連携となると経験が少ない。両者とも得意・不得意があり、適切な連携が必要だった。

木下氏は「必要なケイパビリティが広範であるにも関わらず、異なる会社を調整するのは難易度が高かった。正直いって解決不可能な課題だと思った」と振り返り、「しかし、簡単にまねできないからこそ、それを乗り越えた先には競争優位のポジションが築かれると考え、懸命に乗り越えた」と語る。
その結果、2024年12月に「インナーガーデン」がローンチし、売り上げも順調に伸長。テレビなどでも取り上げられ、注目されるようになってきたと言う。
文化や習慣の違いから生じた問題を解決! 3エピソードに見る成功体験
直面した実際の課題である「サービスの悲喜こもごも」について、木下氏は「オフレコで」といいながら、次のような3つのエピソードを紹介した。
エピソード1:従来の業務プロセスがD2Cにミスマッチ
B2B事業がメインの明治を基準にして考えると、D2Cにおいてもユーザーに小売・流通事業者と同様のプロセスを求めてしまって、サービスとして成立しない。一方で、業務プロセスを変えようとするとローンチが大幅に遅れてしまう。
こうした業務プロセスの調整は、半年から1年単位でローンチが遅延するような問題が表出し、木下氏はまるで「モグラたたきのようだった」と語る。そこで、Wellnizeが個人客へ販売する会社となり、明治がそこに卸すというスキームを組み、従来の業務プロセスをそのまま使うこととした。
木下氏は「既存のプロセスが適用できない時に、諦めたりバカにしたりするのではなく、既存のスキームにとらわれず、可能な手段を尽くして取り組むことが大切。そうした圧倒的な当事者意識が、成功の鍵となった」と評した。

エピソード2:UI/UXと異なるパッケージデザインが提出される
パッケージのデザインを発注したところ、サービスのイメージとまったく異なるものが提出される問題が発生。これまではパッケージデザインが店頭でのブランドコミュニケーションの核となるため、パッケージデザインが決定してからWebデザインの工程に進むことが普通だった。しかし、デジタルサービスの場合は、UI/UXからパッケージまでトータルなデザインコンセプトが重要になる。普段とは逆にWebデザインの工程が先に進んでいたために、開発後期になって別途依頼をしたパッケージデザインとの齟齬が生じてしまった。
そこで改めて、UI/UXの観点からパッケージデザインを全体のサービス体験の“一部”として捉え直すことをロジカルに説明。UI/UXのエキスパートが積み重ねてきた合意形成を尊重してもらいたいと要望し、関係者と率直に意見を交わした結果、適切なデザインへと軌道修正できた。木下氏は「対等なプロフェッショナルとして衝突を恐れずに意見をぶつけ合うことが、より良い成果につながる」と語った。
エピソード3:商品タイプの不足
「インナーガーデン」では、腸内細菌の分布を5タイプに分類して分析することが前提。しかし、3種類しか商品を用意できない状況がローンチ直前まで続いていた。「自分の菌に合ったドリンクを飲もう」というコンセプトに対し、5タイプに3種類の商品では、ユーザーに正しく伝わらない課題がある。そこで、まず各菌に適した素材をエビデンスベースで特定し、おいしさや安全性、採算性、加えて、素材の調達や製造、物流のプロセスなどを検討し、最終的に5種類の商品の開発に成功した。
このときはWellnize側では何もできず、コンセプトの重要性を伝えて「なんとかしてほしい」とお願いするばかりだった。徹底して伝え続けた結果、明治の担当者が各部門に掛け合い、なんとか実現させることができた。木下氏は「パートナーをプロフェッショナルとして信頼し、背中を預けて任せることの重要性を実感した」と語った。

文化の異なる組織の共創には「メタ視点とパッション」が不可欠
これらのエピソードを振り返り、木下氏は「大企業である明治と、ベンチャーであるWellnizeで文化が合わない部分はたくさんあったが、結果としてインナーガーデンは『強みの掛け算』にできた」と胸を張り、「明治の圧倒的なブランド力、信頼感は得難いもの。資金調達も含め、ベンチャーならどれだけ時間がかかったかと思う。その一方で、Wellnizeが“内なる外”として存在したからこそ、プロダクトマネジメントを取り入れ、短期間で新規事業を立ち上げられた」と分析した。そして、改めて「内なる外としての腸管が免疫に攻撃されずに共生ができることと同じ」と語った。
さまざまな問題を乗り越えて、なんとかサービスをローンチできたことについて、「①圧倒的当事者としての課題解決」「②衝突を恐れずにコトにフォーカスするプロフェッショナリズム」「③パートナーとして背中を預けられる信頼関係の構築」のおかげと評した。特に「メタ(俯瞰的な)視点とパッションの重要性」を強調している。

例えば、こちらから見て一見不合理なプロセスも、単に「ダメ」と片付けるのではなく、なぜそうなるのかの仕組みを深く考えることが重要だと言う。人の行動はインセンティブに基づいており、相手の立場や合理性を理解することで、問題の本質を見極められる。そうしたメタ視点によって課題の構造を把握し、適切な解決策を導き出せるというわけだ。そして、次々と問題や困難に直面した際に「この会社には合わない」「実現は難しい」といった諦めのロジックではなく、成功するまで挑戦し続ける情熱的な姿勢こそが、最終的な成果につながる。
木下氏は、「メタ視点とパッションがあったからこそ、カルチャーの違いを乗り越え、共に新しい価値を創り出せた。この経験は今後の事業展開でも重要な指針となるはず」と力強く語り、セッションを終えた。