「作る」コストが消滅する未来で、問われる「人の意志」
2026年、ソフトウェア開発の世界は劇的な転換点を迎えている。大規模言語モデル(LLM)の急速な進化により、コードを書く、仕様を定義する、プロトタイプをデザインするといった「実務」の多くがAIによって自律化されつつある。
かつて数十名から数百名のエンジニア体制を要した「0→1」の開発が、今や数名の少数精鋭、あるいはたった1人の「ソロプレナー(個人起業家)」によって可能になる時代だ。こうした「作るコスト」がゼロに近づく未来において、組織の技術責任者(CTO)やプロダクト責任者(CPO)という役割は、果たして生き残るのだろうか。
2026年2月18日、Developers Summit 2026(デブサミ2026)の初日を飾った「Dev x PM Day(デブピーエムデイ)」のオープニングセッションには、日本の技術・プロダクト界を牽引する2人のリーダーが登壇した。
1人目の登壇者は、株式会社LayerXで代表取締役CTOを務め、一般社団法人日本CTO協会の顧問でもある松本勇気氏だ。2人目は、一般社団法人日本CPO協会の代表理事を務めるワカマツケン氏である。
シリコンバレーでのEinstein(SalesforceのAI機能)開発経験を持つワカマツ氏と、日本でAi Workforce事業を推進する松本氏。日米の最前線を知る2人が語ったのは、役割の「消失」ではなく、より高度な次元への「統合」と「責任の再定義」だった。
開発プロセスの「最下部」が消える:価値の源泉はどこへ?
セッションの冒頭、松本氏は聴衆を驚かせる自身の変化を明かした。「この3か月、私自身も開発をしていますが、一行もコードを書いていません。その代わり、大体週4ぐらいスーツを着て営業をしています」と松本氏は語る。
技術の象徴であるCTOが、なぜ現場で営業に奔走するのか。その理由は、ソフトウェア開発における「価値」の所在が構造的に変化したからだ。松本氏はこれを、システム開発の工程を表す「V字モデル」を用いて解説する。
「コーディングは、V字モデルの一番下の工程です。これまではここが大きな工数を占めていましたが、AIによってこの部分のコストは無視できるほどに下がりました。そうなると、我々の価値はコーディングの『前』と『後』、つまり何を作るべきかの特定とそれが顧客に価値を届けられているかの検証に完全に移っています」(松本氏)
松本氏は、冬休みを利用して個人で研究開発を行い、自らプロトタイプを作成して大企業の経営層へユーザーインタビューに回った実例を挙げた。正しい道さえ見つければ、あとはコーディングエージェントが一直線で走ってくれる。とにかく一次情報(当事者から直接得られる情報)を有利な状態で取りに行けるかどうかに、リーダーの価値は集約されるというのが松本氏の確信だ。
これに対し、ワカマツ氏も同意を示す。エンジニアリングに習熟している人ほど、新しいテクノロジーが出ると「それを使って何かを出したい」というプロダクトアウト(技術起点)の思考に陥りがちだ。松本氏のように、常にお客さんの声を聞き、プロダクトアウトから「顧客の求めているもの」を探すサイクルへ力を入れることが、今のリーダーには不可欠な素養といえるだろう。
CTOとCPOの境界線が「消失」する組織
AI時代の組織において、CTOとCPOという役割を明確に分ける必要はあるのだろうか。松本氏は「CTOとCPOは一つになった方が早いのではないかと思っています」との持論を展開する。その背景には、ソフトウェア開発における「組織サイズ」の劇的な縮小がある。
- 少人数化する開発チーム:1プロダクトあたり3〜5名、あるいはそれ以下の自律的なチームで開発が完結するようになる
- スパン・オブ・コントロールの拡大:AIの補助により、1人の管理者が30名ものエンジニアを直接マネジメントする事例も出ている
- 「肩書き」の無意味化:少数精鋭チームでは、フロントエンド、バックエンド、デザインといった区別なく全員が取り組むべきであり、「CTO」や「CPO」といった肩書きを付けるよりも、実質的なアウトプットを最大化するマインドが重要となる
ワカマツ氏は、シリコンバレーの潮流をこう付け加える。
「米国の成長企業のCEOやCPOは、ほぼ全員が元エンジニアであり、テクノロジーを深く理解しているテクノロジストです。かつてSaaSの黎明期には、枯れた技術でもビジネスドメインの知識があれば通用しました。しかし今のLLMは進化し続けている最先端の技術です。技術的に何が可能で何が不可能なのかを知らなければ、プロダクト設計にその思想を反映させることはできません」(ワカマツ氏)
エンジニアがプロダクトマネージャーを兼ねる、あるいはプロダクトマネージャーがAIを駆使してコードを生成する。この融合こそが、AIネイティブ時代の標準的なリーダー像となるだろう。
