なお、「スイングバイIPO」とは、スタートアップが一時的に大手企業の子会社となった上で、新規株式公開(IPO)を目指す事業戦略のこと。宇宙探査機が惑星の重力を活用して推進する技術「スイングバイ」になぞらえている。日本ではKDDIグループの株式会社ソラコムが代表的な事例で、詳しくは記事の後半で触れる。
大附 克年(おおつき・かつとし)
株式会社フライウィール Head of Product Management
データ活用プラットフォーム「Conata」のプロダクトマネジメントを担当。NTT研究所にて音声認識技術および自然言語処理技術の研究開発に従事。その後、Microsoft Development Ltd.にて、企業向け検索、日本語入力メソッド、Bingの開発にProgram Managerとして携わる。2021年よりフライウィールに参加。東京科学大学(旧、東京工業大学)イノベーション人材養成機構非常勤講師。博士(工学)。
藤井 彰人(ふじい・あきひと)
KDDI Digital Divergence Holdings 代表取締役社長 CEO
名古屋大学工学部情報工学科卒業後、富士通に入社。その後、サン・マイクロシステムズ、グーグルを経て、2013年にKDDI入社。2020年に執行役員に就任。2022年よりKDDI Digital Divergence Holdings 代表取締役 CEOを兼務。また、2009年より未踏事業、2018年より未踏アドバンスト事業のプロジェクトマネージャーも携わる。
エンタープライズのデータ活用を包括的に支援するフライウィール
株式会社フライウィール(以下、フライウィール)は、2018年創業のデータテックカンパニーだ。「データを人々のエネルギーに」というミッションを掲げ、データの力で日本の競争力を取り戻すことを目指している。
フライウィールが提供しているのは、データ戦略の立案から開発・評価・運用まで、企業のデータ活用を総合的に支援する「プロフェッショナルサービス」と、データ活用プラットフォーム「Conata(コナタ)」の2つ。これらのサービスとプロダクトを掛け合わせることで、個別企業のビジネスやデータに対する深い理解が可能となり、きめ細やかで柔軟な価値提供を実現している。
データ活用プラットフォームとは、どのようなものなのか。Conataは、複雑で大規模なデータを収集・整備・変換する「データ インフラ」と、データの可視化や計測・検索・レコメンドなどの機能群である「データ アプリ」、そしてそれらの開発・運用やプロフェッショナルサービスの効率化を図る「データ ツールズ」の3つで構成されている。例えば、Conataを使うことで、大規模な製造業の品質管理部門が、複数の工場から収集したデータを統合し、迅速にデータを可視化し、特定の課題解決まで導ける。
さらに、2024年6月からは、高度な情報検索技術と生成AI技術を駆使して開発されたデータ活用アシスタントサービス「Conata Data Agent」の提供も開始。利用者がプロンプトを入力すると、社内に点在するPDF・画像・ドキュメント・スプレッドシート・スライドなど、あらゆる形式のデータの中から、迅速かつ精度の高い回答を提示してくれるものとなっている。
冒頭でも紹介した通り、このようなエンタープライズ企業のデータ活用支援に強みを持つフライウィールは、KDDIグループと資本業務提携を締結し、KDDIの連結子会社となった。スタートアップと大企業の資本業務提携によって、プロダクト開発にどのような影響がもたらされたのか。次から本題に入っていこう。
スタートアップから見た、大企業と提携するメリットとは
まずはスタートアップの視点から、プロダクト開発にどのような影響があったのか、フライウィールの大附克年氏が語る。大附氏が挙げたポイントは、「データ」「営業ネットワーク」「信頼」の3つ。それぞれ詳しく見ていく。
①データ
データテックのスタートアップにとって、データは燃料のようなものだ。しかし、個々の企業が保有するデータは、ボリュームが大きくなかったり、汎用的ではなかったりする。その点、通信キャリアは、ユーザーのデータ、決済サービスのデータ、スマートメーターのデータなど、実に多種多様なデータを保有している。しかもその量は膨大だ。資本業務提携なしに、このようなビッグデータをスタートアップが取り扱えるようになるのは、難しかったはずだ。
「データに限らず、資本業務提携によって大企業のアセットを使えるようになるのは、スタートアップにとって大きなメリットである」(大附氏)
②営業ネットワーク
フライウィールの事業はB2Bであり、関係性のない企業に売り込むには、時間と労力がかかることになる。だが、KDDIの法人営業ネットワークは非常に大きい。資本業務提携によって、この営業ネットワークを利用できるようになることは、営業面だけでなくプロダクト開発の面においても、大きな意味を持つという。
「KDDIと資本業務提携を締結したことで、さまざまな企業とお話しする機会を持てるようになった。良いプロダクトをつくるためには、実際に企業が抱える課題を手触り感を持ってキャッチアップすることが極めて重要だ。個々の企業がどのようなデータを蓄積して、どのように管理しているのか。データ活用に、どのような課題を感じているのか。こうした話を直接聞けるのは、大きなアドバンテージになっている」(大附氏)
③信頼
フライウィールの事業では、顧客企業のデータを取り扱うことになる。言わずもがなデータとは、非常にセンシティブなものである。そのため、セキュリティやガバナンスが技術的にしっかりとしていることはもちろんのこと、そもそも企業として信頼のおけるパートナーであることが求められる。これはスタートアップにとって、1つの大きなハードルになる。
だが、「“KDDIグループ”という看板を手に入れたことで、顧客企業の信頼を得やすくなった」と大附氏は明かす。KDDIの高いセキュリティ基準に準拠するために苦労はしているものの、それによって得られる信頼の価値は非常に大きいものだという。
「実際、大手メーカーのビッグデータを取り扱えるようにもなったし、そこでフィードバックをもらいながらプロダクトを進化させることもできている。これは、なかなか普通のスタートアップでできることではない」(大附氏)
大企業から見た、スタートアップと提携するメリットとは
続いて、大企業の視点から、プロダクト開発にどのような影響があったのか、KDDI Digital Divergence Holdingsの藤井彰人氏が語った。藤井氏が挙げたポイントは、「スピードアップ」「人材育成&確保」「さらなる成長に向けたスイングバイIPO」の3つである。同様に、それぞれ詳しく見ていこう。
①スピードアップ
大企業は、過去に何かしらの事業で大きな成功を収めているからこそ、大企業になっている。つまり大企業には、守るべきプロダクトやサービスがあり、リスクを避けながら、それらを効率良く運用することには長けている。その反面、新しい領域で、新しい技術を使って、新しいサービスをつくるという新規事業開発では、どうしても動きが鈍くなってしまう。
「そのようなときに専門性を持ったスタートアップが側にいてくれると、プロダクト開発が非常にスピードアップするし、プロダクトマネージャーとしても、非常にやりがいのあるプロダクト開発ができる状況になる。資本業務提携によって、『ビジネスの機会を探しながら俊敏に動く』というスタートアップの良いところを、大企業に取り込むことができた」(藤井氏)
②人材育成&確保
大企業の中にいる人材に、アントレプレナーシップや新領域の技術を身につけさせるのは、容易なことではないし、時間がかかる。また、別の角度から見れば、大企業のプロダクト開発では、人材も含めたアセットありきで「何ができそうか」と考えるようなアプローチになりがちだ。逆に、スタートアップには目指すゴールが先にあり、そのゴールに共感した人たちが集まっている。
「資本業務提携によって、最短距離でゴールを目指せる人たちを一気に仲間に入れられることが、大企業にとっての大きなメリット。大企業の人事制度では、なかなか特殊組織を維持継続するのは難しいが、組織が小さいスタートアップであれば、維持しやすいメリットもある」(藤井氏)
③さらなる成長に向けたスイングバイIPO
スイングバイIPOとは、スタートアップが一度、大企業の傘下に入った後、上場を目指す事業戦略のことだ。「GoogleやMicrosoftのような海外の大企業では、多くのスタートアップを買っては、機能やチームごと組織に組み込みながら成長し続けているが、日本では制度的にも文化的にも、なかなかこのようなやり方は難しい」と語る藤井氏。そこでスタートアップの事業戦略として新たな選択肢となるのが、スイングバイIPOなのである。
藤井氏は、スイングバイIPOの例として、IoTプラットフォーム「SORACOM」を提供する株式会社ソラコムを紹介。2014年11月に設立後、2017年8月にKDDIと資本業務提携を締結し、KDDIの子会社となった。そして、さらなる成長を目指し、2024年3月に東証グロース市場に上場を果たした。
「スイングバイIPOは、オープンイノベーションのように企業内だけでイノベーションを起こすのではなく、オープンな環境でスタートアップと共にイノベーションを起こし、社会に還元していくモデル。新しいスタートアップとの協業の形をソラコムで示せた。フライウィールもスイングバイIPOを目指していると公言することで、KDDIの子会社としてだけではないプロダクト開発の環境を提供できるはずだ」(藤井氏)
フライウィールでは、プロダクトマネージャーをはじめとするさまざまなポジションを積極採用している。「データを扱うソリューションや生成AI、大企業の支援を受けたプロダクト開発に興味のある方は、ぜひコンタクトしてもらいたい」と大附氏は語り、セッションを締めくくった。
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