求められるのは「圧倒的な現場感」に基づくトータルな価値提供
「医療プラットフォームの実現」という目標に向け、カケハシは創業から常に一貫して「日本の医療を変革する」というメッセージを打ち出してきた。薬局ユーザーに向けてプロダクトを紹介する際にも、単なる業務効率化ではなく、薬局のあり方や薬剤師の働き方などの価値転換について問いかけ、変化のきっかけとなることを訴求し続けている。その結果、日本の医療に関する課題や将来ビジョンへの共感を得ながら、変革の機運を高め、多くのユーザーの信頼を獲得するまでになった。
「カケハシでは、プロダクトを導入するだけでなく、ユーザーの皆さんと新しい価値観を共有することが重要と考えています。営業からカスタマーサクセス、導入において関係を築き、実際にカケハシのソリューションを活用していただく中で、患者様に喜んでいただくことで気づきを得たり、マインドセットを変えたりという体験がある。それこそが、私たちの真の提供価値と言えるでしょう。より深いサービス体験を創出するためには、一連の流れとしての『ユーザージャーニー』を考え抜いて提供することが不可欠と考えています」(中川氏)

たしかにソリューションやツールを提供する“テック”事業者は、顧客に対して、プロダクトアウトやテックドリブンといったアプローチを掛けがちだ。しかし、実際にそれらを利用する現場は、生身の人が働くアナログの世界であり、そこでの「生きた体験」こそが、プロダクトを活用する納得感につながる。
「そのために、私たちが大切にしているのは、『圧倒的な現場感』を持つことです。一人ひとりの薬剤師さんに仕事での困りごとや働き方などについて伺うだけでなく、将来の夢や休みの日の過ごし方、どんな気持ちで出勤し、人生に何を求めているのか、“人となり”まで理解して初めて、本当のユーザー体験が提供できると考えています。かつて、フォードはユーザーの『速い馬がほしい』という声から『速く移動したい』という思いをくみ取り、自動車を開発したといいます。そうしたユーザーの本人すら気づいていないような本質的・潜在的ニーズを探り、その思いを満たすモノを提供することを目指しています」(中川氏)
これはカケハシのプロダクト開発において最も重視されるという。実際、中川氏も創業当時はプロダクトマネージャー的な役割を担い、「良いサービス・プロダクト」を作るのではなく、「顧客の変化を創出するもの」を理想として取り組んできた。そして、その思いを引き継いだ1人目のプロダクトマネージャーも、薬剤師出身で自身の経験を基とした「圧倒的な現場感」の持ち主だったという。とはいえ、必ずしも薬剤師の経験が必要というわけではない。自分の中にユーザーペルソナをどこまで具体的に思い描けるかが重要というわけだ。
プロダクトをリードする山本氏も畑違いの領域出身ではあるが、中川氏は「ユーザーの本音や真のニーズを見抜く力に長けている」と評する。AIによる医薬品の在庫管理・発注システムである「Musubi AI在庫管理」を開発した際には、中川氏、山本氏、AIエンジニアとともに、現役薬剤師がタッグを組んだ。薬剤師には自身の勘と経験を重視する、いわば職人的なタイプが少なくない。そこに高度な需要予測を可能とするとはいえ、AIに受発注を任せるシステムは受け入れにくいといえる。しかし、薬剤師の「感覚値」に寄り添い、そのアルゴリズム化に真摯に取り組み、AIエンジニアへの架け橋となってプロダクトに反映させることができたという。
また、「AIの予測が合っているのか実感がない」という意見に応え、需要予測の一要素である『どの患者さんがいつ来るのか』という情報を可視化したことで、薬剤師側も『この人がこのタイミングで来るのなら』と実感でき、AI予測への信頼度を高めることができた。さらにユーザー目線でAI予測の仕組みを説明するなど、導入前のオンボーディングコンテンツを充実させたこともスムーズな活用につながった。
「Musubi AI在庫管理」のリリース以降は、医薬品卸や製薬メーカーとは機械学習を活用した物流や生産計画の最適化に関する議論をするほか、国とも医薬品供給に関する意見交換などもしており、「Musubi AI在庫管理」の活用はもちろん、それ以外の内容も含めて、どのようなことができると医薬品流通の課題解決につながるのかの検討をしている。
「私自身、さまざまなシステムやプロダクトに関わってきましたが、アナログの優れた知見をデジタルへとつなぐ、その現場に深く関わること、またプロダクトが薬局はもちろん、業界の他プレイヤーにとっての課題解決ができるという点は、入社当時から望んでいた10年をかけて取り組むべき事業に臨んでいる手応えを感じています。プロダクトマネージャーとして、まさに“カケハシ”となれることが仕事の醍醐味だと思います」(山本氏)