HRテクノロジー領域に特化したプロダクトを展開する「カオナビ」――その組織構成は?
「カオナビ」は、 社員の個性・才能を発掘し、戦略人事を加速させるタレントマネジメントシステムとして、2012年にスタートした。リリース当初は「企業が成長し、社員数が増えてきたときに、社員一人ひとりの顔を覚えるのが難しくなる」など、経営者の課題を解決するためのサービスだったという。
「カオナビ」の特長は、社員それぞれの「顔写真」と「プロフィール」が一緒に表示されるユーザーフレンドリーなUIだが、これは代表取締役社長 CEOである柳橋仁機氏の「大勢の武将が出てきても、その顔と名前を自然に覚えてしまう、歴史シミュレーションゲームのようなUIを取り入れたらどうか」というアイデアから生まれたものだ。現在の「カオナビ」は、従業員の「顔」と「プロフィール」のデータベースを軸に、業務経験、スキル、評価、健康状態など、さまざまな情報を蓄積・分析できるタレントマネジメントシステムへと進化を遂げている。
同社は現状、「カオナビ」を唯一のプロダクトとしており、全社員はこのプロダクトの価値を最大化することを目指して業務にあたっている。エンジニアを中心としたプロダクト開発のチームが「プロダクト本部」であり、同本部はアプリケーション開発を担当する「サービス開発部」と、インフラ基盤の開発を行う「SRE部」に分かれる。同社で執行役員 プロダクト本部長を務める平松達矢(ひらまつ・たつや)氏によれば、プロダクト本部でプロダクトマネージャー的な役割を現在約10名が担っているという。それぞれに、「カオナビ」を発展させるためのテーマを決め、それにコミットする形で作業に取り組む。
「各担当者が取り組むテーマは、内容も粒度もさまざまです。具体的な機能に関わるケースもあれば、企業としての“データの利活用”のような、より大きなテーマに取り組んでいるチームもあります。その時々に取り組むべき課題を見つけ出し、解決にあたっています」(平松氏)
目玉となる新機能の「仕様変更」はなぜ必要だったか――草亭氏の場合
今回、同社で働く2人のプロダクトマネージャーに話を聞いた。1人目は、入社1年目の草亭大樹(そうてい・ひろき)氏だ。前職では、モバイルゲームのプロデューサーとしてキャリアを積み、カオナビ社では、主に既存機能の改善、改修に取り組んできた。草亭氏にとって、特に印象深かったのは「スマートレビュー」の大規模改修を行った際の経験だったという。
「スマートレビュー」は、いわゆる「評価」のためのフォームとワークフローが統合されたシステムで、企業オリジナルの評価制度を反映したり、組織の構造に応じて承認者を設定したりといったことが、ユーザー側で容易に行える点が特長となっている。「カオナビ」の機能群の中でも利用企業が多く、社内的にも注目度の高い機能だ。その改修は、プロダクト本部のメンバーだけでなく、営業や経営を含む社内のステークホルダーとも緊密に情報共有をしながら進められた。
「仕様や機能については、企画当初の段階で各方面とすり合わせて決定していました。ただ、それを実装していく段階で、徐々に『あれ? これまずいんじゃないか?』という状況が出てきたのです」(草亭氏)
問題は、主に性能に関するものだった。当初、改修後のスマートレビューでは、目玉機能の一つとして、更新したデータが、プロファイルブックと呼ばれる社員情報データベースに即時に反映される「リアルタイム更新」の追加を計画していた。たしかに、評価フォームに入力した情報が、他のデータベースと自動的かつ即座に同期される機能はユーザー体験の向上に寄与するものに違いない。しかし、開発チームが実装を始めたところ、性能や安定性の面で、いくつかの不安要素が見えてきたのだという。
「プロジェクトを進める中で、性能面での不安を指摘する意見は表立って出てきていませんでした。すでに決定済みの仕様でもあるので、何となくそのまま『ふわっ』とした感じで進んでいたのですが、ここはいったん立ち止まる必要があると感じました」(草亭氏)
あいまいな要素がある状態で、プロジェクトを進めるべきではないという判断は「経験からの勘だった」という。障害発生のリスクが増すことを承知で、当初に決めた機能を実装するか。それとも、安全性を最優先して、目玉となり得る機能をオミットするか。草亭氏は、プロダクトマネージャーとして難しい判断を迫られる。開発メンバーやサービスリード、インフラチームとも議論しながら、草亭氏が下した決定は「安全性を重視し、リアルタイム更新は見送る」というものだった。
「評価機能のユーザー数の多さと、新機能への期待の大きさを考えれば、障害発生の可能性を高めるような改修は、ビジネス面で大きなリスクになると判断しました」(草亭氏)
この判断は、新機能の決定に関わったステークホルダーにとって、簡単に承諾できるものではなかった。なぜ、当初のプランを変更しなければならないのか。ビジネス面での影響をどう考えているか。草亭氏は、社内の各関係者に対して説得を行った。決定そのものは容易ではなかったが、その妥当性を社内で理解してもらうことは「それほど困難ではなかった」という。
「今回の件では、『お客さまがカオナビに何を求めているか』という点に立ち返って、実現すべき機能を再確認しました。私は入社1年目ということもあって、チームとの関係構築をしながらプロジェクトを進めたのですが、当社では、『仮説思考』のバリューが明確に社員に共有されていることを強く感じました。一般的な会社だと、上下関係や部署間の力学などが働いて、オープンな議論や合理的な決定が難しいケースもあると思うのですが、そうしたことがなく、部署が違う人とも、同じ価値観で議論ができるところが、とても『やりやすい』と思いました」(草亭氏)
最終的に、スマートレビューのプロファイルブック連携機能は、リアルタイム更新を行わない仕様でリリースされた。パフォーマンスや安定性に問題はなく、ユーザーにも好意的に受け入れられたという。「お客さまに喜んでもらえる機能として、良い印象で世の中に出せたことは、結果として良かったと思っています」と草亭氏は振り返る。
今回の件では、社内における草亭氏の仕事の進め方も高く評価されているという。平松氏は「彼は普段から、プロジェクトに関わるすべてのメンバーに、常にリスペクトを持って接しています。また、現場だけでなく、上司やフロントに対しても、プロジェクトの状況を細かく報告してくれていました。そうした普段の行動で信頼を得ていたことが、途中で仕様を変更するという判断に対し、社内の支持を得ることにつながったのだと思います」と話す。
難航をきわめた「API改善」を完遂できた理由――大倉氏の場合
2人目のプロダクトマネージャーは、入社3年目の大倉悠輝(おおくら・ゆうき)氏だ。前職は、エンターテインメント系企業のIT子会社で、動画配信サービス立ち上げなどのプロジェクトに携わっていた。カオナビ社では、スクラムマスターとして社内へのスクラム導入を指揮したほか、他社とのシステム連携に関わる案件を長く手がけている。
同社では、多くの企業とビジネスやサービス面でのパートナーシップを結んでおり、サービス連携やAPI連携を行っているパートナーは、特に「コネクテッドパートナー」と呼ばれている。そういった外部連携に関わる案件を多く手がけるうちに、大倉氏は「外部公開API」を、より使いやすいものへと改善する必要性を感じるようになったという。
「もともと、カオナビの公開APIは、ユーザーが企業内で利用している他の基幹システムと連携させることを前提に作られていました。それにも意義はあったのですが、今後、カオナビが人事領域のAPIエコノミーの中でプレゼンスを高めていけるような設計にはなっていないと感じていました。パートナーとのアライアンスを強化していくにあたって、より使いやすいAPIを提供する必要性があると思いました」(大倉氏)
大倉氏は「カオナビAPI v2」の開発プロジェクトを立ち上げる。いわゆる「技術負債の返済」に相当する取り組みでもあり、積極的に手を挙げるメンバーも多くはなかったという。その中で大倉氏は、同様の問題意識を持っていたエンジニアに声を掛けつつ、経営陣に新APIの重要性を説明してチームを編成。2020年1月には、正式にプロジェクトをスタートさせた。
「当初は半年ほどでできると思っていた」(大倉氏)という、このAPI改善プロジェクトは、しかし、想定外に難航することになる。
「本格的に手をつけはじめた段階で、既存の技術負債や、仕様面での複雑さが想像以上だったことに気づきます。開発期間が伸びる一方で、コロナ禍の影響で経営側もプロダクトリリースを重視せざるを得ない状況になり、プロジェクトは徐々に厳しい状況になりました」(大倉氏)
チームの規模は縮小され、最も少ないときには大倉氏を含めて2名の体制となりながらも、何とかプロジェクトは維持した。しかし、そんな状況で作り上げた「ベータ版」は「理想とはまったくかけ離れた出来」だったという。
「ベータ版のAPIは、これまで何をやってきたのだろうと思うほど“使いづらい”ものになってしまっていました。その現実にがく然としながらも、この先どうすべきかを社内で相談しました」(大倉氏)
最終的に、プロジェクトを完遂するきっかけとなったのは、同社VPoE(福田健氏)の「使いづらいと思うのであれば、破壊的変更になっても構わないので、少しでも理想に近い形でやり遂げるべき」というアドバイスだったという。
ベータ版から根本的に改善された「カオナビAPI v2」は、2021年2月にリリースされた。「カオナビ」の機能と、他サービスとの連携が、従来よりも高度かつ容易に行えるようになったことで、連携をv2ベースに切り替えるパートナーも出てきている。また、新規のパートナー獲得にあたっても、API v2の存在は大きなアドバンテージになると期待されている。
技術面での難しさだけでなく、社内的にも厳しい立場に置かれた中で、API改善という、ともすれば価値が伝わりにくいプロジェクトへのモチベーションを維持できた理由について聞くと、大倉氏は「プロダクトの可能性を信じていたから」と答えた。
「人事の業務は、本当に多岐にわたります。その全体をサポートできる最強のツールを、カオナビの力だけで作ることは不可能です。世の中で人事に関わる人たちが、労務管理だけに忙殺されず、人を育てていくような良い仕事ができる環境を作りたい。そのためには、カオナビに、他サービスと連携する使いやすい仕組みが絶対に必要だという思いを持っていたからだと思います」(大倉氏)
同社には「やりたい人が、やりたいことをやるのが、一番効率が良い」という雰囲気があるという。しかし「やりたいことを主張し続けるのも、決して簡単なことではない」と平松氏は言う。
「自分の信念に従って、やりたいことを主張し続けられるというのも、その人の強さの一部でしょう。その主張ができている人には、挑戦してみることを勧める文化が、当社にはあると思います」(平松氏)
「会社」と「個人」の新たな関係性を生みだすプロダクトに挑む
リリースから10年間、企業のタレントマネジメント領域に特化したサービスを提供し続けている「カオナビ」。現在のサービスの利用社数は2,100社以上(2021年6月末現在)にのぼっている。
平松氏は「長年、タレントマネジメント領域のサービスを提供してきて分かったのは、企業にとって重要なのは、制度や組織図といった管理のためのシステムだけではなく、従業員としての個人が、どれだけエンパワーされているか、良い状態で生き生きと働いているかを、組織としてマネジメントできるかということだった」と話す。そして、組織における「ヒューマンリソースをどう管理するか」という課題への、意識の変化も感じているとする。
「かつての企業では、いわゆる人事管理が中央集権的に行われていました。しかし現在では、より現場に近いところが主導し、教育やキャリア支援を含むHR環境を作っていこうという潮流が生まれつつあります。SaaSとしてのカオナビも、そうしたHR環境の変化を、敏感にインプリメントしていく必要があると思っています」(平松氏)
同社は現在、「個の力にフォーカスしマネジメントを革新する」という企業ミッションのもと、その実現に向けた新たなプロダクトを構想しているという。
「人が会社に勤めると、その人に関わるさまざまな情報が会社に蓄積されます。それは、これまでのキャリアや、身につけたスキルに関するものであったり、その会社での評価だったりします。しかし、そうした情報は、当の本人がほとんど活用できないというのが現状です。例えば、仕事の中で、その人が良い評価をされても、本人はそのことを、転職の際の職務経歴書には書きづらいですよね。これはおかしな話で、業務で良い評価を受けたというのは、本来、評価を受けた本人に属する情報のはずです。こうした情報を、社内に眠らせておくのではなく、うまく本人に還元できるような仕組みを作れないかと考えています」(平松氏)
社会の状況が急速に変化する中で、会社組織における雇用のあり方も、個人のキャリアに対する考え方も、大きく変わりつつある。カオナビ社では、この「個人が、所属している組織を越えて“自分とはどんな人間か”を伝えられるパスポート的なサービス」を通じ、その新たな枠組みを、企業と個人の双方にとってフェアなものにすることへ挑もうとしている。