コロナ禍で百貨店ができることを検討し、新たな購買体験を生み出す
三越伊勢丹グループにおけるDX推進の機能子会社として2019年10月に設立された株式会社IM Digital Lab(アイムデジタルラボ)。そのミッションは「仕組みを変えてお買い物を楽しくする」だ。同社が2020年に手がけた新サービスが、来店せずにオンラインにて接客を受けて店頭の商品を購入できる「三越伊勢丹リモートショッピング」。これは、伊勢丹新宿本店、日本橋三越本店、銀座三越が対応(2021年2月現在)し、各店舗の販売員が接客を行うというもの。
接客はスマートフォンアプリ越しに行われ、テキストチャットやビデオ通話による販売員とのやりとりで商品の購入を決めた場合は、そのままオンラインで決済できる仕組み。ECサイトには掲載されていない商品を含む、店頭の全ての商品が購入できる(一部商品除く)。
本プロジェクトのアイデアは、2020年4月のコロナウイルス感染拡大防止に伴う緊急事態宣言の最中に生まれた。緊急事態宣言発令に伴い店舗が休業を余儀なくされる中で三越伊勢丹、IM Digital Labのメンバーでアイデアワークショップを実施し、コロナ禍でもお客さまに何ができることはないか議論を重ねて「リモートショッピングサービス」の取り組み検討を開始。6月に開発チームを編成し、7月から開発に着手、10月の内部リリースを経て11月に正式リリースを迎えた。
プロダクトオーナーである株式会社IM Digital Labの河村 明彦氏は「一般的な購買体験は、店舗で接客を受けてご購入いただくものと、ご自宅でお客さまがセルフサービスでオンライン購入いただくケースが多い。今回は、『自宅にいながら接客を受けて購入する』という新しい購買体験を設計した。これが簡単そうに見えて、とても難しい」と切り出した。
リモート接客への取り組み
自身でも銀座三越などで接客をしてきた河村氏によると、リモート接客の難しいポイントは4つ。1つ目は、顧客との接点だ。店頭のように「いらっしゃいませ。何かお探しのものがありますか?」と、顧客の様子を見ながら声をかけることが困難である。顧客側も同様に、アプリのショップ一覧を見ても店員に相談するきっかけがつかみにくい。SNSやランディングページから顧客を迎え入れるサービス設計が必要となる。
2つ目はチャットでの接客における、顧客の潜在的な欲求のくみ取りだ。チャットでの文字のやりとりでは、顧客の雰囲気がわからず、会話の行間や含みがとらえにくい。
3つ目はビデオ接客での環境面。店舗での接客の場合は、売り場内の適切な場所に顧客を案内できるが、ビデオ接客の場合は専用のスタジオなどで行うため、顧客が望む適切な商品を案内しにくい。
4つ目のポイントは決済の場面での新たなオペレーションだ。店頭の場合はレジカウンターのPOSレジで入金。ECの場合はサイト上で決済する。リモート接客の場合は、顧客が購入を決めたら、カートに商品を登録して決済を依頼。決済が終わると店頭から商品を出して配送の手続きへ進む。
三越伊勢丹の前身となる呉服店・越後屋が江戸時代に編み出した販売手法に「店前(たなさき)売り」「現銀(金)掛値なし」がある。店舗での現金払い、定価の札をつけた売り方のこと。それまでは得意先に出向いて見本を見せ、交渉の駆け引きののちに支払金額が決定し、支払いも後日のツケ払いの習慣があった。良質な商品を必要なだけ提供するという新たな販売のイノベーションを起こし、一躍繁盛をするきっかけとなった。
リモート接客という販売手法は三越伊勢丹の長い歴史の中にないもので、新たな業務フローの整備が求められた。三越伊勢丹の得意とする店頭でのおもてなしやノウハウが使えない状況の中で、グループ一丸となって新しい常識を作っていかなければならない。350年以上の時を経て、リモート接客という購買のイノベーションを起こそうとしているのである。