UXリサーチとプロダクトマネジメント
国内でUXリサーチというキーワードを見ることが増えてきました。UXリサーチャーという職種を募集する企業が出てきたり、プロダクトマネジメント領域でUXリサーチの必要性が述べられたりしています。例えば、『プロダクトマネジメントのすべて』という書籍では、プロダクトマネージャーには次の3つの領域を取り扱えることが必要であるとしています。
- ビジネス領域(プロダクトが市場でユーザーを獲得でき、収益をあげられるかを判断する)
- UX領域(ユーザーが本当に求めているものを発見し、使われる形で提供する)
- テクノロジー領域(技術的な実現可能性を判断する)
その中でも、インタビューやアンケートなどを用いた調査を通して「ユーザーが対価を払いたくなる価値が提案できているか(主にUX領域)」「ビジネスモデルが受け入れられるのか(主にビジネス領域)」を事前にしっかりと検証しておくことが望ましいと言及されています。
つまり、UX・ビジネスの両方の領域から、適切な探索と検証ができる役割が重要になっています。そこには専門性が求められるため、UXリサーチャーという専門職が登場し、活躍するようになりました。
とはいえ、専門職がいるのだから他の職種はその領域を知らなくてよいというわけではありません。UXリサーチャーとのコラボレーションの中で、UXリサーチャーからの提案に対してコメントや意思決定をしなければならないことがあります。また、組織規模が小さい場合はUXリサーチをプロダクトマネージャーやUXデザイナーなどが兼務することもあります。UXリサーチの基礎を知り、自分である程度は実践できるようにした上で、専門家と適切なコラボレーションができるようにしておくとよいでしょう。
本連載のポイント
この連載では、読者の皆さんがUXリサーチのことを知り、実践を始められるようにする入門編として連載していきます。UXリサーチとは何か、UXリサーチはどのように実践していけばよいのかをつかんでいきましょう。例えば「UXリサーチをやってみたいけど、何から始めたらいいんだろう……」とお考えの方におすすめです。UXリサーチの実践を小さく始められるように、具体的に紹介していきます。
なお、筆者(松薗と草野)には、これまで数百人の調査参加者にご協力をいただきながら、UXリサーチを実践してきた経験があります。こうした実践から得られた知識を活用して、この連載をお届けしていきます。
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第1回:はじめに(今回)
- UXリサーチとは?/その必要性/UXリサーチのメリット
- 第2回:UXリサーチの捉え方
- 第3回:UXリサーチの始め方
- 第4回:UXリサーチの組み立て方 (概論)
- 第5~6回:UXリサーチの組み立て方(実践)
- 第7回:応用編 UXリサーチを一緒にやる仲間の増やし方
また、この連載は翔泳社から刊行を予定している書籍『はじめてのUXリサーチ ユーザーとともに価値あるサービスを作り続けるために(仮)』の一部を先出しして連載するものです。書籍では、UXリサーチの始め方について解説することに加え、UXリサーチを続けるための仕組み作りや、学び続ける方法について、著者らの実践事例も含めて詳しく紹介していきます。この連載を読んで、実践してみたいと思った方は、ぜひ書籍も手にとっていただければうれしいです。
UXリサーチとは?
ここからは「UXリサーチとは何か?」の概要をつかんでいきましょう。「UX」も「リサーチ」も単語の表す意味が広く、「UXリサーチ」という単語について一意の意味は定まっていない状況です。
そこで本連載での定義を明確にしておきます。まず「UX(User Experience)」は、人間中心デザイン(ISO9241-210)(※)の定義を参考に「プロダクトを使う前、使っている時、使った後に起きる人の知覚や反応のこと」とします。次に「リサーチ」は日本語で「調査」という単語に相当します。単語の意味は「調べて明らかにすること」です。これらを合わせて、本書ではUXリサーチのことを「さまざまな場面で起きる人の知覚や反応について調べて明らかにすること」と定めます。
※人間中心デザイン:設計の初めから終わりまでUXを十分に考慮することで良いUXの達成を目的として、問題の設定と解決策の探求と繰り返すプロセスの標準。
人の知覚や反応はさまざまなところで起きるので、UXリサーチで調べる対象は多岐にわたります。例えば、人々の生活そのもの、既存のプロダクトやサービス、新しく出したアイデア、新しく作っている最中のプロダクトやサービスなどがあります。ユーザーインターフェース(UI)に関する調査もしますが、それだけに限ったものではありません。「どのような調査をする時も、常にUXに焦点をあて続けて調べて明らかにしていくこと」がUXリサーチの特徴と言えるでしょう。
また、UXリサーチでは、単に調査をするだけでなく調査結果を組織で活用できるように働きかけることも重要です。例えば、社内で調査結果について議論する場を設けたり、議論のファシリテーションを担ったりすることもあります。
UXリサーチの必要性が高まっている背景を捉える
UXリサーチという用語が使われるようになる前から、ユーザーの声を取り入れながらサービス作りはされてきましたし、それによって成功するサービスもたくさんありました。では、なぜあえて「UXリサーチ」が必要だと言われるようになったのでしょうか。
その背景にはUXに着目したプロダクト作り(UXデザイン)が主流になった時代的な変化があります。昔は、機能が充実していて性能が高いプロダクトが喜ばれました。しかし、2021年現在では、人が一生かけても使い切れないほどの数のプロダクトが存在し、似た機能をもつプロダクトも多くあります。また、新機能を作って性能を高めても他社にすぐに追いつかれる時代です。こうした背景から、他と比べて使いやすいことや使っている時の体験の品質が高いことが、ユーザーにプロダクトが選ばれ、使い続けられる理由として重要になりました。さらに、ユーザーの体験がよいことは前提として、それが社会にとってもよいか、地球環境にとってもよいかといった、持続可能性(Sustainability)まで含めて、ユーザーがプロダクトやサービスを選ぶ時代になってきています。
また、市場の変化が年々激しくなっていることが、このような流れに拍車をかけています。例えば、2020年はコロナウイルスの影響で世の中が一変しました。こうした変化が起こる以前の常識や調査データが通用しない部分も出てきています。また、提供されるプロダクトやサービスが増えるとともに、ユーザーの多様性も高まり続けていてます。
こういった状況では、サービス提供者がユーザー一人一人のことを調べずに、数字だけを見て「どういう人がどういう事情で使っているか」を推測することは、大変むずかしいことです。だからこそ、UXリサーチの必要性が高まっているのです。