受注関係を超え、共創による新たな提供価値創出を目的に共同事業会社を設立
Wellnizeは、デジタル系ベンチャーのCo-Liftとゲキジョウによる合弁会社に対し、2024年3月に食品大手の明治が資本参画する形で設立された共同事業会社だ。明治の持つ「食やヘルスケア」の研究成果や製品開発・製造の技術に、Co-Liftが強みとするデジタル技術を融合させることで、「人生をより健康で豊かにするためのサービスの創出」を目的としている。前身となるCo-Lift時代から携わっていた育児記録アプリ「赤ちゃんノート」に加え、設立から1年も経たぬ間に、 唾液で免疫力(※1)をチェックする「免疫チェック」、腸内タイプ別パーソナルケアサービス「インナーガーデン」などの新サービスを次々とローンチしている。
そのWellnizeでCEOを務めるのが、Co-Liftから参画した木下寛大氏だ。かつては楽天で、全社横断のマーケティング基盤開発やデータサイエンスによるデータ活用などに携わり、電子書籍事業でプロダクトマネージャーを務めた経験も持つ。Co-Lift設立後は「コンサルティング✕システム開発」の領域でさまざまなクライアント企業のプロジェクトに関わってきた。明治のDX推進支援にも長く携わり、信頼関係を育む中で、受発注の関係ではなく共創による事業創出を意図してWellnizeの設立に至ったという。
(※1) 免疫力とは、唾液中のIgA値を基にした免疫状態を示しています。
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そうした木下氏らCo-Liftメンバーとの間で明治側からの橋渡し役を担うのが、価値創造戦略本部 戦略推進部 コンテンツ開発のグループ長であり、明治ホールディングス グループDX戦略部にも所属する川端善也氏だ。明治入社後は営業職に就き、「SAVAS(ザバス)」などの商品開発を経て、2019年からイノベーション事業戦略部で新規事業立ち上げに従事した。現在は価値創造戦略本部でブランド横断による価値創造をミッションとし、その手法の一つであるDXの推進に携わる。かつてDXは新規事業開発チームのプロジェクトだったが、組織改編により戦略推進部内に新設された。川端氏は明治グループ全体のDX戦略を推進するグループDX戦略部も兼務しており、グループ全体の方針との足並みを揃え、明治でのDXを推進している。
川端氏は、「DXについてはECサイトや会員サービスの構築といった『HOW=方法』にとどまるのではなく、『ユーザーにとって本質的な価値を提供するもの』を創出する必要性を感じていた。Co-Liftからは技術面でサポートを受けてきたが、さらに本質的な価値提供を目指すためには、当事者として明治の課題や事業的な目標を共有してもらう必要があった」と振り返る。また、「そもそも既存の組織文化や人事制度の中で、デジタルサービスの開発に必要となる人材の採用や育成が難しいと認識しており、DXの知見を持つCo-Liftと融合し、新しい会社として立ち上げる方が早いと考えた」と経緯を語った。

株式会社明治 価値創造戦略本部 戦略推進部コンテンツ開発G(グループ)長 兼
明治ホールディングスグループDX戦略部 川端善也(かわばた・よしなり)氏
そして木下氏も、「コンサルティング会社と発注者という関係では、事業の成否に関わらず、プロジェクトがあるだけで売り上げがたつ。しかしさまざまな経験を共にする中で、一緒にやるからには事業として成り立たせたいという思いが強くなるのは自然なことだった。クライアントへのコンサルティングや技術支援から踏み込んで、当事者として共に成功を目指すなら、成功によってダイレクトにインセンティブが得られる体制である方が望ましい。Co-Liftにとっても、事業に投資し、共に成功を目指す共同事業会社となる選択は必然だった」と語った。
ベンチャーと大手企業の文化的齟齬をロジックと体験で埋めていく
Wellnizeという共同事業会社の設立を構想するまでには、2~3年間ほどの時間が必要だったという。まず木下氏らが講師となり、経営企画部門などを含めた明治の関係者に対して、消費者向けデジタルサービスの開発の基礎に関する研修を実施した。約半年間をかけてDXに関する知見を社内に共有し、関係部署だけでなく、他部署や経営層などのさまざまなステークホルダーを巻き込みながら、新しい組織体制の必要性について理解と納得感を醸成していった。
またプロダクト開発を進める中で、木下氏らCo-Lift側から開発における課題や問題を予見してフィードバックしたり、失敗をリカバリーしたりという実務に加え、デジタル人材の中途採用や育成に必要と考えられる社内制度について話し合うなど、さまざまなコミュニケーションを積み重ねていった。
しかし、食品大手である明治とデジタル系ベンチャーのCo-Liftでは、文化や考え方、行動指針も異なる。ベンチャーから見ると、大企業の進め方は不合理・保守的と映ることも少なくなかった。例えば明治においては、デジタルのプロダクト開発では当然とされるアジャイル型ではなく、しっかりと計画に沿って行うウォーターフォール型が好まれていた。
しかし、これまでのやり方や価値観を否定するのではなく、仕事における両社のモチベーション構造を理解し、それをもとに話し合うことで“最適な落としどころ”を見出すことを選んだ。その経緯や方法は、「プロダクトマネージャーカンファレンス 2024」の講演レポートで詳しく紹介しているので参照してほしい。
木下氏は、「基本的には『一緒に体験すること』が、デジタルサービス開発の要諦を理解するのに最も簡単で有効な方法だと思う。サービスを一緒に立ち上げる中で、例えば要件定義を厳密にやりすぎて失敗し、ミニマムな機能でマーケットの反応を見て育てるほうが効果的だと実感してもらえれば、一気にアジャイルの意義や価値への理解が進む。しかし、大きな組織では最新の現場を体験していない人が意思決定をするケースも発生するため、言語化によって伝えることが欠かせない」と語る。
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その言語化と伝達では、川端氏の「明治の社内に通じる言葉に翻訳する」という社内コミュニケーション力が重要な役割を果たした。「2026中期経営計画」に既存商品の価値最大化にデジタル技術を活用するという宣言や「明治グループ2026ビジョン」にDX指針を掲載するなどのトップダウン的な働きかけによって、少しずつではあるが会社全体の空気を変えることにつながった。
川端氏は、「DXを取り組むべき課題と理解していても、何をどうすればいいか分からないという人が多く、変化にはアレルギーがあった。そもそもルールを変えることはセキュリティや予算の問題もあり、時間がかかる。そこで課題解決におけるデジタルの有用性を説明したり、一緒に何かを作業したりすることで、仲間を作ることに注力した」と語る。
なおコミュニケーションでは、一方的にDXの重要性を説くのではなく、それぞれの部門の事業課題をヒアリングし、デジタルでかなう解決策などを提示するように心がけた。働きかけによって少しずつ理解者が増え、既存のルールのもとで実現するための解釈や新しいやり方を一緒に考えてもらえるなど、社内の空気が明らかに変わってきたという。
部門のインセンティブ構造を意識したストーリーテリングの力が組織を動かす
木下氏は、「プロダクト開発の文脈では、ユーザーの課題にフォーカスする傾向にあるが、部門に『ユーザーのためにいい』という話を繰り返しても、自身が抱えるビジネスの課題を解決するものでなければ、提案としてすら受け入れてもらえない」と語る。そこで、ユーザー課題だけでなく、会社課題や事業課題の解決にそれぞれどう貢献するかを意識しながら、社内でのコミュニケーションを図ってきた。
例えば、育児記録アプリ「赤ちゃんノート」は、スマートフォンなどで手軽に赤ちゃんの成長や日々の出来事を記録できることで人気を集めている。ユーザーとダイレクトにコミュニケーションが取れるツールであり、日記の使用状況から情報提供のタイミングを推し量ることができる。この例で言えば、粉ミルクからフォローアップミルクに切り替わる時期に、栄養補完やそれに適した商品に関する情報を提供できる点が事業課題の解決にあたる。
「事業部が、粉ミルクからフォローアップミルクへのスムーズな移行を課題としているのであれば、その解決策の一つとして、『アプリによるタイムリーな情報提供が課題解決の有効なアプローチとなる』と評価し、アプリの価値の理解が進むはず。当然ながら人が集まるアプリとなるためには、日々記録をつけたくなるような機能開発や機能改善が必要であり、ユーザー視点が重要であることは変わらない。しかし、事業部と話をする際には『部門のビジネス課題をどう解決するか』を意識することで話が通りやすくなる」と、木下氏は語る。
一般にスタートアップのプロダクトはゼロから組み立てということが多いが、すでに事業の軸足がある会社でデジタルプロダクトを開発しようとすれば、必ず既存のコンテキストが存在する。そこから派生するビジネス課題に対して真摯に向き合うことが大切だ。法務や情報システム部門についても、それぞれのコンテキストに基づき、コアな課題や対策について話すことで協力を得られるという。ただし、そうしたコンテキストを把握するのは社外の人では難しく、あらかじめリサーチして、各部門のビジネス課題や興味関心などを整理しておく必要がある。
川端氏が橋渡し役として存在感を発揮できているのは、営業や開発などを経て横断型の部門に長らく所属していたことで、社内の文化やコンテキストを把握していることに加え、各部門のビジネス課題や、キーパーソンなどとの繋がりがあることが大きかった。そうした川端氏からの情報を踏まえて、エキスパートである木下氏らがデジタルによる解決策などの仮説設計を実施し、実際に伝えた後に反応や理解度などをフィードバックして調整し続けている。
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しかし、すべてがスムーズに行くわけではなく、理解されない、協力が得られないというネガティブな反応が返ってくることもある。当然、やらないほうがいい理由はいくらでも合理的に説明できてしまう。しかし、そうした状況であっても再チャレンジすることに意欲を見せる川端氏に対して、木下氏は「うまくいくまでなんとかするという熱量が増え、ある瞬間から大企業のDX推進担当者としての覚悟が決まったと感じた」と評した。
その言葉を受けて川端氏は、「抽象度が高かった時期に比べ、サービスがローンチされ具体化してきたことで、明治のDXとしてやるべきことやゴールに対して、確信が持てるようになってきた」と語る。つまり、川端氏自身も「体験すること」によって理解が深まり、納得感を醸成できたというわけだ。
異文化が融合する中で、明治の潤沢なアセットを活かしてデジタルプロダクトを開発
木下氏は、「人が理解するということには、ロジカルに頭で理解することと、体験から感覚的に感じることの両方がある。ロジカルを積み上げていくと結論に向けて最短距離を走りたくなるが、そこはやはり一緒に体験を積み重ねて、感覚的な“腹落ち”を信じて待つことも重要だと感じるようになった」と語る。
川端氏も「正しい道を歩いているのか分からず、まだ手探りではあるが、振り返った時に小さな成果でも形となったことが自信になり、相手を説得する力になる。その意味で、まずは動いて形にすることが重要だと感じている」と語る。
今でもローンチしたものに対して「不完全」という意見が社内から上がらないわけではない。当然ながら大手の食品メーカーのモノづくりとして、安全性や品質を確認し、大きな設備で大量に生産することは理にかなっており、アジャイルな開発手法に違和感を抱くのは当然なことだ。しかし、そういう人でもデジタルプロダクトがユーザーのフィードバックを受けつつグロースしていくのを体験すれば、感覚が大きく変わるという。
そんなWellnizeでデジタルプロダクト開発に関わる仕事としての面白さについて、木下氏は「明治の潤沢なアセットを活用してビジネスに参画できる」ことにあると語る。例えば、腸内細菌のタイプに合わせて飲料を提供する「インナーガーデン」は、検査のための研究開発やエビデンスの取得、ドリンク素材の配合や製造プロセスなどをベンチャーでそろえることは難しいものの、明治のアセットを活用することで実現できた。Wellnizeのプロダクトマネージャーは得意とするデジタルサービスの構築やマーケティングに集中しながら、そのような体験ができ、成果に伴うインセンティブまでも手に入れられる。
異文化間でブリッジしながら、食品とデジタルの強みを融合させてサービスにする。確かに、その取り組み自体がチャレンジングであり、難易度が高いからこそ、得られた体験やスキルはどのような組織や文化においても役立つことは間違いない。とりわけWellnizeの組織規模のプロダクトマネージャーは、ミニCEOと呼ばれるほどに、プロダクト開発を前に進めるために全方位で取り組める胆力が求められる。
現在、Wellnizeでは、新プロダクトの開発も複数予定されており、開発・構築を担うエンジニアおよびプロダクトマネージャーを募集している。一定整備されたとはいえ、大手とベンチャーという異文化が融合する中でのプロダクト開発は、新しいユニークな体験もできることだろう。ぜひ、興味のある人は応募してはいかがだろうか。