編集部注
本稿は、CodeZineに掲載された、ソフトウェア開発者向けカンファレンス「Developers Summit 2025(デブサミ2025)」のセッションレポートを転載したものです。プロダクトづくり、プロダクトマネジメントに近しいテーマを選りすぐってお届けします。
ツール導入だけではうまくいかない、プロジェクトマネージャーと現場とのすれ違い
「アジャイルウェアの小林です。帽子をいつもかぶっていますので、帽子のコバヤシということでボウコバというニックネームで呼ばれています」と、軽妙な自己紹介からセッションはスタートした。
小林氏は、元々メーカーでソフトウェアのプロジェクトマネージャーをしており、『8年間トラブル0件』の実績を持つという。

さらにコミュニティではRedmineエバンジェリストとして活動している。Redmineとは、オープンソースでWebベースのプロジェクト管理ツールで、JAXA(宇宙航空研究開発機構)や気象庁など、多くの著名な企業や団体で導入実績がある。小林氏が所属するアジャイルウェアでは、ガントチャート・カンバン・バックログなどの機能を追加した「Lychee Redmine」を提供している。

小林氏は、これまでプロジェクトマネジメントに関していろいろな相談を受けてきたが、正直ツールはどんなものでも構わない、それぞれの業務に一番あったツールを活用・連携するのが重要だと述べた。ツールを導入するだけではプロジェクト管理がうまくいかない場合が少なくないのだ。
「現場が使ってくれないとプロジェクトマネージャーは言いますが、ぜひ現場の意見をヒアリングしてみてください。そうすると、確かにそうだなという理由がいろいろ出てくると思います」
例えば、ツールを使ってくれというプロジェクトマネージャー自身が、ツールをろくに使わない。大事なことを書いても見てくれない、応答してくれない。報告を書いておいたのに口頭で同じことを聞かれる。Excelに同じ情報を二重管理している、といった具合にプロジェクトマネージャーと現場にすれ違いが発生しているのだ。
「場合によっては、何で本当のことを書くんだと怒られたなんて話も聞きました」
プロジェクト管理ツールの導入は、進捗や工数などの見える化のためトップダウンで進められることが多いと小林氏は指摘する。そのために、現場に相談や調整もなくいきなりツールが導入されたり、見える化できましたで終わってしまいチケットやタスクを登録しても放置されたりしているというのだ。
「結局、現場向けのメリットを示せていないことが一番の要因だと私は思っています。実はプロジェクト管理ツールは、見える化よりもナレッジの蓄積や活用に非常に有効です。ぜひこちらをアピールしてほしいです。そしてもう一つの要因として、互いのリスペクトが足りていないことがあると思います」

これは、最近よく言われる心理的安全性の低い環境だと小林氏は述べた。
心理的安全性が低い状態とは、「無知だと思われる」「無能だと思われる」「邪魔をしていると思われる」「ネガティブだと思われる」といった4つの不安がある状態のことだ。そして、どんな発言をしてもこの不安がない状態になるとチームのパフォーマンスが向上するというのだ。こうした考え方は、PMBOKの新しい版にも反映されている。
納得して業務に取り組みながら、恐れずに前向きに行動してもらう
では、どのようにチームをプロデュースしていったのだろうか。
「チームにパフォーマンスを発揮してもらうために重要視したのは、納得して業務に取り組んでもらうこと、恐れずに前向きに行動してもらうことという2点でした」

「納得して業務に取り組んでもらうために具体的にどうしたかというと、当たり前のことですが、まずは目的の共有と明確化でした」
その業務がなぜ必要で、どのような価値を生み出すのか。それをきちんと具体的に伝えること。この説明によって、納得して自発的に行動しやすくなるというのだ。Redmineなどのプロジェクト管理ツールであれば、チケットに必ず目的や狙い・終了条件を書くようにしているという。さらに、その人を指名した理由を伝えることも重要になる。
「『誰々さんでもいいのになんで自分なんですか』と言われた時に、きちんと答えを持っているべきだと私は思います」
そうしないと、やはり納得感がないというのだ。さらに小林氏のチームでは、納得できなければ拒否できるルールを設定していたそうだ。もしも相手に拒否された場合は自分が代わりに仕事をすることになる。
さらに、ある程度の裁量を持たせることで自分ごととして業務に取り組めるようにする、業務負担を軽減するために業務プロセスの改善に取り組んでもらうことも、納得して業務に取り組んでもらうために重要だと小林氏は説明した。

もう一つ、恐れず前向きに行動してもらうためのポイントはどのようなところにあるのだろうか。これには、まずミスを許容する文化の醸成が必要になるという。
「例えば、トラブルが発生したからといって、なぜトラブルを起こしたのだと怒ったらダメです」
トラブルが起きたということは、裏を返せば、それを見つけることができたとも捉えられるので、品質を上げるチャンスだと伝えるのだ。だから「今見つかってよかったね。だから、もう二度と発生しないようにどうしたらいいかを考えよう」と伝えることが重要になる。
「同じ意味なのですが、焦点の当て方を変えて前向きな行動を取れるようにするのが大事なのかなと思います」
さらに、挑戦しやすい環境づくりやツールにより小さな成功体験を積み重ねていくことも、恐れず前向きに行動してもらうために重要になると小林氏は説明した。

プロジェクト管理ツールによる小さな成功体験を積み重ねていく
では、プロジェクト管理ツールによる成功体験をどのように積み重ねていけばいいのだろうか。小林氏は、メリットを感じてもらう・情報一元化を意識してもらう・運用を継続的に改善するという3つのステップが重要になると説いた。

まずツールを使うメリットを感じてもらうには、チケットに書いていてよかったと思える状況をプロジェクトマネージャーがツールを介してお膳立てするのが効果的だという。例えば、なにかまずい状況があった時に、それに対してプロジェクトマネージャーがパッとフィードバックして誰かが必ず助ける流れを作る。急病で休んでも、それまでの作業内容を残しておいてもらえば他の人に引き継ぎやすくなるといった具合だ。また、失敗やトラブルの経緯を正しく記録しておけば、再発防止も可能になる。事実を正確に記録しておくことで後から責任を問われずに済むというメリットもある。
また、情報の一元化を意識してもらうには、さまざまな情報をチケットに残していく働きかけが重要になる。たとえば、チケットを作成してから業務を進めるといった具合だ。そのために、テンプレートを用意しておいたり、プロジェクトマネージャーやリーダーが率先してチケットを作成していったりすることが効果を発揮する。さらに、こうした運用の継続的な改善により心理的に負担を減らして、入力しやすくできる。

運用の継続的な改善で担当者の困りごとに向き合うと、実はたいしたことではないことも多いと小林氏は主張する。ちょっとしたヒントや代替策で解決できることも少なくないのだ。
「なにかツールに反発している人がいたら、その原因をよく聞いてみてください。それがすごくヒントになることもありますし、あえて言いますが、そういう人を仲間にすると非常に心強いです」
こうした活動を進めることで、プロジェクトマネージャーと現場の齟齬などが解消されるだろうと小林氏は述べた。

「プロジェクトの運営はさまざまな障壁が絡んで一筋縄では行かないと思います。チームについつい厳しい状況を伝えてしまい、チームのメンバーもぐったりしてしまうことも多いと思いますが、うまくいく未来を想像しながらラクして楽しくみんなで障壁を乗り越えていきましょう」と小林氏は語り、セッションを締めくくった。