それ、顧客不在かも? 「独りよがりプロダクト」の危険なサイン
では、自分たちのプロダクトが「独りよがり」になっていないか、どうすれば気づけるのでしょうか。
いくつか、危険な兆候をリストアップしてみます。もし、皆さんのチームの会話で、1つでも「ドキッ」としたものがあれば、少しだけ立ち止まって考えてみるきっかけになるかもしれません。
- 会議での主語がいつも「我々の技術は」「競合の製品は」になっている(「顧客の〇〇さんは」という主語が、ほとんど出てこない)。
- 新機能を追加する理由が「競合もやっているから」になっている(その機能が「誰の、どんな悩みを解決するのか」が語られていない)。
- 「ターゲット顧客は誰ですか?」と聞くと、実在の顧客ではなく、チームの想像だけで作られた架空のペルソナ像が語られる(本当に届けたい相手の顔が、誰にも見えていない)。
- チームの中に、過去1か月以内に顧客と直接話した人が誰もいない(顧客の喜びや悩みを、データや伝聞でしか知らない)。
- 顧客仮説の検証をすべて外部の会社に丸投げしてしまっている(チーム内に顧客への「生々しい手触り感」がまったくない)。
いかがでしょうか。これらのサインは、顧客という登場人物が、プロダクト開発の物語からいつの間にか姿を消してしまっていることを示しています。
その気持ち、とてもよく分かります。特に、素晴らしい技術シーズ(技術の種)を持っている会社ほど、「この技術のすごさを活かしたい」という想いが先行しがちなのです。プロダクトに愛情を注ぐエンジニアやデザイナーのような立場の方々ほど、その傾向は強いかもしれません。素晴らしいものを作りたいという純粋な情熱は、プロダクト開発の核となる非常に重要なものです。しかし、その強い想いが、逆説的に顧客の本当の姿を見る目を曇らせてしまうことが往々にあるのです。
「技術シーズ」を「価値提案」に変換する、たった1つの問い
では、どうすればこの状況から抜け出せるのでしょうか?
私がお勧めしたいのは、視点を少しだけ変えてみることです。それは「この技術で何ができるか?」から、「この技術は、顧客が片付けたい『どんな用事』を手伝えるか?」へと問いを変えてみることです。
これは経営学者のクレイトン・クリステンセン教授が提唱した「ジョブ理論(Jobs-to-be-Done)」という考え方です。ものすごくざっくり言うと、「顧客は製品を買っているのではなく、自分の『用事(ジョブ)』を片付けるために製品を『雇用』している」という考え方なのです。
有名な事例に、ファストフード店のミルクセーキがあります。ある店がミルクセーキの売上を伸ばそうと味や量を改善しても、まったく売れませんでした。しかし調査を進めると、顧客の多くは「朝の長い通勤ドライブで、退屈せず、片手で扱え、かつ空腹を満たせるもの」という「用事」のためにミルクセーキを「雇用」していたことが分かりました。顧客は世界一おいしいミルクセーキが欲しかったのではなく、自分の朝の用事を片付けたかっただけなのです。
この考え方を端的に表す、もう一つの有名な言葉があります。それは「顧客はドリルが欲しいのではない。彼らが欲しいのは『穴』である」というものです。顧客が本当に片付けたい「用事」は、壁に棚を取り付けるための「穴」を開けることであり、ドリルはそのための数ある手段の一つに過ぎません。もしかしたら、もっと簡単に穴を開けられる別の道具やサービスがあれば、顧客はそちらを「雇用」するかもしれません。

この視点で、先ほどの技術の話に戻ってみましょう。
例えば、ここに「50メガピクセルの超高画質センサー」という技術シーズがあったとします。プロダクトアウト的な発想だと、「50メガピクセルの超高画質カメラを作ろう!」となります。しかし、本当に顧客が「雇用」したいのは「50メガピクセル」というスペックでしょうか。
もしかしたら、あるお父さんは「遠くに住む両親に、息子の七五三の晴れ姿を、まるでその場にいるかのように鮮明に届けたい」という「用事」を片付けたいのかもしれません。だとしたら、私たちが提案すべき価値は「50メガピクセルのスペック」ではなく、「大切な思い出を、時と場所を超えて、ありのままに届ける体験」になるはずです。
こう考えると、やるべきことが変わってきませんか? 単に画質を上げるだけでなく、写真の共有がもっと簡単になる機能や、遠くの両親が喜んでくれるような印刷サービスとの連携も、大切な価値になるかもしれません。
技術はあくまで手段です。その手段を使って、誰のどんな「用事」を片付けるのか。それを考えることこそが、技術シーズを価値提案へと昇華させる第一歩なのです。