はじめに
こんにちは。コミューン株式会社 執行役員CPOの久松です。
前回の記事では、AI活用プロジェクトの成功確率を高めるアプローチとして、まず「社内の業務改善をAI活用の実験場にすること」の重要性についてお話ししました。スコープを限定し、高速でPDCAを回せる社内での実践は、不確実性の高いAI活用プロジェクトの「成功の型」を見つけ出す上で極めて有効です。
私たちコミューンでは、このAI活用プロジェクトを、プロダクトマネージャーだけでなくデータサイエンティストにもリードしてもらっています。なぜなら、これからの時代にデータサイエンティストが継続的に価値を発揮し続けるためには、自ら顧客の課題を発見し、問いを立てる能力が不可欠だと考えているからです。
本記事では、プロダクトマネージャーとデータサイエンティストというAIプロダクト開発に欠かせない両輪が、いかにして「課題理解」という共通のスキルを磨き、協働していくべきか。私たちの実践を交えながらお話ししたいと思います。
「待ちの姿勢」では価値が出せない

一般的に、データサイエンスチームはセンター・オブ・エクセレンス(CoE:優秀で専門性の高い人材の集団)として組織され、各事業部からの依頼を受けて分析や開発を行うケースが多く見られます。しかし、この状況は「待ちの姿勢」を生みやすく、そこには大きなリスクが潜んでいると私は考えています。
他部署から来る依頼の多くは、具体的な「How(どうやってやるか)」になりがちです。例えば「このデータを分析してほしい」「こういうモデルを作ってほしい」といった形の依頼です。しかし、その背景にある「Why(なぜやるのか)」「What(何を解決したいのか)」という本質的な課題を理解しないまま作業を進めても、本当に価値のあるアウトプットは生まれません。
そのため、「依頼された通りに分析モデルを作ったものの、少しずれたものになってしまい、結局使われなかった」というケースも多い。しかも、一度失敗すると「あのチームに頼んでも時間がかかるだけで成果が出ない」というレッテルを貼られ、その後の依頼が減ってしまうことにもなりかねません。
こうした事態は、データサイエンティストのモチベーションをそぐだけでなく、会社全体としてAI活用の機運がしぼんでしまう最悪の結果を招きかねません。特に、AIの進化が企業の競争優位性を左右する現代において、その損失は計り知れません。
この負のサイクルを断ち切るために必要なのが、データサイエンティスト自身の「ドメイン知識」と「課題発見能力」です。
担当する事業や業務について深く理解し、現場の担当者と対等に話せる知識を身につける。そして、データと現場の両方を見ながら、「ここにAIを活用すれば、もっと業務が良くなるのではないか」という仮説を自ら立て、提案していく。この能動的な動きこそが、再現性のある成功を生み出すのです。
第1回の記事でご紹介したような社内業務の改善プロジェクトは、データサイエンティストがドメイン知識を深め、課題発見の筋力を鍛えるための、またとないトレーニングの場でもあるのです。
職人と指揮者
ここまでの話を聞いて、データサイエンティストがプロダクトマネージャーと似たものに思えてきた方もいるでしょう。しかし、実際は明確な役割分担があります。両方の職務を経験した立場から、私なりの考えをお伝えします。
まず、両者に共通するのは「課題を見つけ、その本質を追究する」という点です。ユーザーや事業が抱える課題の表面をなぞるのではなく、「本当の課題は何か?」を深く、しつこく掘り下げていく。この探究心こそが、すべてのスタートラインになります。一方で、その後のアプローチ、つまりアウトプットの仕方が大きく異なります。
データサイエンティストは、言うなれば「職人」です。 課題に対して、データを取得・分析し、示唆を導き出す。その一連のプロセスを、自身の専門スキルを駆使して完結させます。最終的なアウトプットは、分析レポートや予測モデルであり、その質の高さが価値となります。
それに対し、プロダクトマネージャーは「指揮者」と言えるでしょう。 課題に対して、「プロダクトでどう解決するか」という方針を定め、優先順位を決め、仕様を策定します。しかし、プロダクトマネージャーは自分でコードを書いたり、デザインを作ったりするわけではありません。エンジニアやデザイナーといったチームメンバーを巻き込み、同じゴールに向かって導き、チームとして価値を最大化させることが役割です。
入り口は同じ「課題発見」でも、その後のプロセスが職人として「個の力」を最大限発揮するのか、指揮者として「チームの力」を束ねるのか。ここに両者の本質的な違いがあると考えています。