技術とは「一子相伝」を「誰もが通れる道」にすること
登壇した中沢氏は、デザイナー、プロダクトマネージャーを兼務しつつ、エンジニアリング領域にも精通するフルスタックプロダクトビルダーだ。同氏はまず、本セッションにおける「技術」の定義から話を始めた。
「技術」という言葉を因数分解すると、「技(巧みな手仕事)」と「術(通う道)」に分けられる。中沢氏はこれを「一子相伝の秘儀を、誰もが再現可能な道に変えること」と定義づける。
また、Technologyの語源である「Techne(制作)」と「Logos(論理)」を引き合いに出し、感覚的に作るのではなく、「なぜそう作るのかを言葉で体系化したもの」こそが技術であると語る。
今回、同氏が提示するInformation Architecture(以下、IA)は、単なる画面設計の手法ではない。混沌とした業務の現実を、システムという論理的な構造へと変換するための、再現可能な「技術」なのである。
「業務世界」の実体は、階層のないネットワークである
システム設計において最も困難なのが、要件定義の前提となる「業務」の捉え方だ。中沢氏はここで、生物学の「環世界(Umwelt)」にヒントを得た「業務世界」という独自の概念を提示した。
「業務世界とは、一人ひとりの役割・目標・業務プロセス・使用するシステムによってかたちづくられた、業務上の知覚世界および行動の枠組みです」
例えば、同じ社内システムを見ていても、経理担当者と営業担当者では見えている景色(重要情報や導線)がまったく異なる。このように主観的で多義的な業務の世界を、中沢氏は「リゾーム(Rhizome)」構造であると解釈する。
リゾームとは、フランスの哲学者ジル・ドゥルーズらが提唱した概念で、竹やレンコンのような「地下茎」を指す。中心や頂点が存在する「ツリー構造」とは異なり、リゾームは非階層的で、どの点からでも接続や変化が起こり得るネットワーク構造を持つ。
中沢氏は、「実際の業務は、組織図のようなきれいなツリー構造ではなく、あらゆる要素が絡み合うリゾーム構造をしている」と指摘する。この認識のズレこそが、使いにくいシステムを生む根本原因なのだ。
事例:リゾームとして「入社手続き」を捉え直す
この抽象的な概念を理解するために、中沢氏は「新入社員の入社」というイベントを例に挙げた。
これを一般的な「ツリー構造(組織図的な縦割り)」で捉えると、以下のようになる。
- 人事:契約締結、受け入れ対応
- 情シス:アカウント発行
- 総務:PC・備品の手配
それぞれの部署が独立したタスクとして処理しているように見える。しかし、これを「リゾーム構造」の視点で捉え直すと、まったく異なる景色が見えてくる。
1. 接続(Connection)
「入社日」という1つの情報は、総務にとっては「PC配送手配の基準日」となり、情シスにとっては「アカウント権限の有効化日」となる。1つの事実が、部署を超えて多目的に接続されているのだ。
2. 切断と再生(Heterogeneity)
人事担当者が不在でも、現場マネージャーがSlackに招待して業務を開始させたり、配属先が余っているPCを貸与したりすることがある。これは正規のフロー(ツリー)からは逸脱しているが、業務現場では自然発生的に行われる「横からの芽(リゾーム的な再生)」である。
3. 多相性(Multiplicity)
「氏名」という単純なデータ1つとっても、文脈によって意味が変わる。給与振込には「カナ名」、社会保険には「漢字名」、メールアドレスには「ローマ字名」、そして社内コミュニケーションには「あだ名」が必要となる。
中沢氏は次のように語る。
「業務世界をリゾームとして捉えることで、情報の多義性や、隠れた関係性を発見することができます。これらを無視してきれいなツリー構造のシステムを作ろうとすると、現場の運用に耐えられないものになってしまうのです」
カオスを構造化する技術「Information Architecture」
では、この複雑怪奇なリゾーム(業務実態)を、どのようにしてシステムというツリー構造(UI)に落とし込めばよいのか。ここで登場するのが「Information Architecture(IA)」だ。
IAの原義は「データのカオスの中に潜むパターンを見つけ出し、複雑なものをシンプルにするための構造」である。中沢氏は、これを住宅建築に例えて解説した。
建築には、「動かせない構造物」と「動かせる装飾」がある。これをソフトウェアに置き換えると、以下のような階層が見えてくる。
住宅建築の階層(上段)と、それをソフトウェア開発に応用した階層(下段)。
「基礎」がおろそかであれば、美しい「内装」も意味をなさない
- Foundation(基礎)≒データモデル
- Superstructure(構造)≒ページ階層・ナビゲーション
- Room(空間)≒体験・機能・レイアウト
- Equipment/Movables(設備・家具)≒ボタン、モーダル、コンポーネント
重要なのは、UI(部屋・家具)を設計する前に、強固なデータモデル(基礎)とナビゲーション(構造)を設計しなければならないという点だ。
中沢氏は「ユニットバス・アーキテクチャ」という独自のアンチパターンを紹介した。
ビジネスホテルのユニットバスは、浴槽・トイレ・洗面が集約されており、建設コスト的には合理的だ。しかし、「誰かがトイレを使っていると洗面所が使えない」といった制約が発生し、居住性は低い。
UIにおいても同様に、安易に機能を1つの画面やモードに詰め込みすぎると、データの整合性が取れなくなったり、ユーザーの自由度を奪ったりする結果を招く。
「脱構築」──カオスを秩序へ組み替えるプロセス
ここで中沢氏は、リゾーム的なカオス(業務実態)をツリー的な秩序(システム構造)へと変換する過程を、「脱構築(Deconstruction)」という言葉で表現した。
「脱構築」とは、単に破壊することを意味しない。語源的には「構造(Construction)」を「分解(De-)」することであり、中沢氏はこれを「削ぐ、噛む、固める」プロセスだと説明する。
業務の現場には、例外処理や暗黙知といった「絡まり合った根(リゾーム)」が無数に存在する。これをそのままシステム化しようとすると、スパゲッティコードのような複雑な仕様ができあがってしまう。
だからこそ、一度その絡まりを徹底的に解きほぐす必要があるのだ。「この情報は本当は何なのか?」「なぜこの業務がつながっているのか?」を問い直し、情報の粒度(Information)まで分解する。そして、本質的な要素だけを選び出し(削ぎ)、論理的に噛み砕き、新たな構造として固め直す。
「情報を徹底的に整理し脱構築をしながら、Information Architectureを設計しましょう。結果として、DBとUIも整合します」
と中沢氏は語る。リゾームを理解した上で、あえてそれを解体・再構築し、堅牢なツリー(構造)へと落とし込む。この「翻訳」のプロセスこそが、エンジニアやデザイナーに求められる技術の本質なのだ。
「コンパウンドプロダクト」による解決への挑戦
最後に中沢氏は、自身が開発に携わる「DRESS CODE」(SaaSとマーケットプレイスで構成されたワークフォースマネジメントプラットフォーム)のプロダクト思想について触れた。
現在、企業のバックオフィス業務は「SaaSの乱立」によって分断されている。人事、労務、情シス、総務がそれぞれ異なるシステムを持ち、データが散在している状態だ。これはまさに、業務のリゾーム性を無視し、個別のツール(ツリー)を林立させてしまった結果と言える。
Dress Code社が目指すのは、これらを統合する「コンパウンドプロダクト(複合型製品)」だ。
その核となるのが、「People Graph and Core DBs」と呼ばれる統合データベースである。従業員に関するあらゆるデータをSSOT(Single Source of Truth:信頼できる唯一の情報源)として一元管理し、そこから人事・労務・IT・総務といった各機能へデータを供給する。
リゾーム的な現実を理解し、強固なデータモデルという「基礎」の上にUIを建築する。そうすることで初めて、DBとUIが整合し、長く使い続けられるソフトウェアが生まれるのである。
明日から使える「情報建築」の視点
本セッションの最大の学びは、「使いやすいUIを作るためには、まず目に見えない業務の『根(リゾーム)』を直視しなければならない」という点にある。
われわれはつい、画面上のボタン配置や配色の議論(=家具や装飾の話)に終始してしまいがちだ。しかし、中沢氏が示した通り、その下にある「データモデル(基礎)」や「情報の構造(柱・梁)」が業務の実態(リゾーム)と整合していなければ、どんなに美しいUIも形骸化する。
明日からの実務において、以下の問いを立ててみてはどうだろうか。
- リゾームの発見:自社の業務において、「組織図の縦割り」では見えていない、現場特有の「情報のつながり」や「非公式なフロー」はないか?
- 構造の検証:現在のシステムやデータベースは、その複雑なつながり(多相性・接続性)を受け止められる構造(基礎)になっているか?
- 脱構築の実践:既存の枠組み(帳票や画面)を一度解体し、情報単位(Information)まで分解して再定義できているか?
「情報を建築する」という視点は、エンジニアやデザイナーだけでなく、組織をマネジメントするすべてのリーダーにとって、混沌とした現代を生き抜くための必須の「技術」となるだろう。
Dress Codeからのお知らせ
Dress Code株式会社は「あらゆる業務を整理し、誰でも自然に気持ちよく実行できる」をミッションに掲げ、業務の「摩擦問題」という社会課題に挑戦するスタートアップです。現在、情シス業務、人事労務業務、採用業務、総務といった様々な領域の業務課題解決のためのソリューションを構築し、それらを統合したコンパウンドプロダクトを目指しています。

