難航をきわめた「API改善」を完遂できた理由――大倉氏の場合
2人目のプロダクトマネージャーは、入社3年目の大倉悠輝(おおくら・ゆうき)氏だ。前職は、エンターテインメント系企業のIT子会社で、動画配信サービス立ち上げなどのプロジェクトに携わっていた。カオナビ社では、スクラムマスターとして社内へのスクラム導入を指揮したほか、他社とのシステム連携に関わる案件を長く手がけている。
同社では、多くの企業とビジネスやサービス面でのパートナーシップを結んでおり、サービス連携やAPI連携を行っているパートナーは、特に「コネクテッドパートナー」と呼ばれている。そういった外部連携に関わる案件を多く手がけるうちに、大倉氏は「外部公開API」を、より使いやすいものへと改善する必要性を感じるようになったという。
「もともと、カオナビの公開APIは、ユーザーが企業内で利用している他の基幹システムと連携させることを前提に作られていました。それにも意義はあったのですが、今後、カオナビが人事領域のAPIエコノミーの中でプレゼンスを高めていけるような設計にはなっていないと感じていました。パートナーとのアライアンスを強化していくにあたって、より使いやすいAPIを提供する必要性があると思いました」(大倉氏)
大倉氏は「カオナビAPI v2」の開発プロジェクトを立ち上げる。いわゆる「技術負債の返済」に相当する取り組みでもあり、積極的に手を挙げるメンバーも多くはなかったという。その中で大倉氏は、同様の問題意識を持っていたエンジニアに声を掛けつつ、経営陣に新APIの重要性を説明してチームを編成。2020年1月には、正式にプロジェクトをスタートさせた。
「当初は半年ほどでできると思っていた」(大倉氏)という、このAPI改善プロジェクトは、しかし、想定外に難航することになる。
「本格的に手をつけはじめた段階で、既存の技術負債や、仕様面での複雑さが想像以上だったことに気づきます。開発期間が伸びる一方で、コロナ禍の影響で経営側もプロダクトリリースを重視せざるを得ない状況になり、プロジェクトは徐々に厳しい状況になりました」(大倉氏)
チームの規模は縮小され、最も少ないときには大倉氏を含めて2名の体制となりながらも、何とかプロジェクトは維持した。しかし、そんな状況で作り上げた「ベータ版」は「理想とはまったくかけ離れた出来」だったという。
「ベータ版のAPIは、これまで何をやってきたのだろうと思うほど“使いづらい”ものになってしまっていました。その現実にがく然としながらも、この先どうすべきかを社内で相談しました」(大倉氏)
最終的に、プロジェクトを完遂するきっかけとなったのは、同社VPoE(福田健氏)の「使いづらいと思うのであれば、破壊的変更になっても構わないので、少しでも理想に近い形でやり遂げるべき」というアドバイスだったという。
ベータ版から根本的に改善された「カオナビAPI v2」は、2021年2月にリリースされた。「カオナビ」の機能と、他サービスとの連携が、従来よりも高度かつ容易に行えるようになったことで、連携をv2ベースに切り替えるパートナーも出てきている。また、新規のパートナー獲得にあたっても、API v2の存在は大きなアドバンテージになると期待されている。
技術面での難しさだけでなく、社内的にも厳しい立場に置かれた中で、API改善という、ともすれば価値が伝わりにくいプロジェクトへのモチベーションを維持できた理由について聞くと、大倉氏は「プロダクトの可能性を信じていたから」と答えた。
「人事の業務は、本当に多岐にわたります。その全体をサポートできる最強のツールを、カオナビの力だけで作ることは不可能です。世の中で人事に関わる人たちが、労務管理だけに忙殺されず、人を育てていくような良い仕事ができる環境を作りたい。そのためには、カオナビに、他サービスと連携する使いやすい仕組みが絶対に必要だという思いを持っていたからだと思います」(大倉氏)
同社には「やりたい人が、やりたいことをやるのが、一番効率が良い」という雰囲気があるという。しかし「やりたいことを主張し続けるのも、決して簡単なことではない」と平松氏は言う。
「自分の信念に従って、やりたいことを主張し続けられるというのも、その人の強さの一部でしょう。その主張ができている人には、挑戦してみることを勧める文化が、当社にはあると思います」(平松氏)
「会社」と「個人」の新たな関係性を生みだすプロダクトに挑む
リリースから10年間、企業のタレントマネジメント領域に特化したサービスを提供し続けている「カオナビ」。現在のサービスの利用社数は2,100社以上(2021年6月末現在)にのぼっている。
平松氏は「長年、タレントマネジメント領域のサービスを提供してきて分かったのは、企業にとって重要なのは、制度や組織図といった管理のためのシステムだけではなく、従業員としての個人が、どれだけエンパワーされているか、良い状態で生き生きと働いているかを、組織としてマネジメントできるかということだった」と話す。そして、組織における「ヒューマンリソースをどう管理するか」という課題への、意識の変化も感じているとする。
「かつての企業では、いわゆる人事管理が中央集権的に行われていました。しかし現在では、より現場に近いところが主導し、教育やキャリア支援を含むHR環境を作っていこうという潮流が生まれつつあります。SaaSとしてのカオナビも、そうしたHR環境の変化を、敏感にインプリメントしていく必要があると思っています」(平松氏)
同社は現在、「個の力にフォーカスしマネジメントを革新する」という企業ミッションのもと、その実現に向けた新たなプロダクトを構想しているという。
「人が会社に勤めると、その人に関わるさまざまな情報が会社に蓄積されます。それは、これまでのキャリアや、身につけたスキルに関するものであったり、その会社での評価だったりします。しかし、そうした情報は、当の本人がほとんど活用できないというのが現状です。例えば、仕事の中で、その人が良い評価をされても、本人はそのことを、転職の際の職務経歴書には書きづらいですよね。これはおかしな話で、業務で良い評価を受けたというのは、本来、評価を受けた本人に属する情報のはずです。こうした情報を、社内に眠らせておくのではなく、うまく本人に還元できるような仕組みを作れないかと考えています」(平松氏)
社会の状況が急速に変化する中で、会社組織における雇用のあり方も、個人のキャリアに対する考え方も、大きく変わりつつある。カオナビ社では、この「個人が、所属している組織を越えて“自分とはどんな人間か”を伝えられるパスポート的なサービス」を通じ、その新たな枠組みを、企業と個人の双方にとってフェアなものにすることへ挑もうとしている。