編集部注
本稿は、CodeZineに掲載された、ソフトウェア開発者向けカンファレンス「Developers Summit 2022(デブサミ2022)」のセッションレポートを転載したものです。プロダクトづくり、プロダクトマネジメントに近しいテーマを選りすぐってお届けします。
ゲームのおもてなし要素を応用するゲーミフィケーション
モバイルやインターネットの普及によって、買い切りのパッケージソフトウェアから継続的に利用してもらうことを重視するサブスクリプションサービスへと、利用形態が変わってきている。今後の10年を考えると、サービスを作る人たちにもこうした潮流への対応が求められるだろう。
「サブスクリプションが主流となる流れは、これからさらに加速していきます。そのため、ユーザーをどんどん取り合うサブスク戦国時代が始まろうとしています」と仲氏は説く。
もちろん前提として充実した機能やそれを使いこなすためのサービス設計は必須となるが、それだけでなく「ユーザーを夢中にさせる」「愛着を持ってファンになってもらう」といった仕掛け作りが必要不可欠になると続ける。
このセッションのテーマであるゲーミフィケーションと聞くと「サービスにゲームを組み込むんでしょ」と誤解する人もいるかもしれない。
「最初に誤解を解いておくと、ゲーミフィケーションはゲームでありません。ゲーミフィケーションとは、課題の解決やサービスの向上に、ゲームデザインの技術やメカニズムを利用することです」と仲氏は説明した。
普段遊んでいるゲームには、ユーザーを「迷わせない」「飽きさせない」「ワクワクさせる」といったおもてなしの要素がふんだんに盛り込まれている。ゲームは生活に必須ではない分野だからこそ、いかに使ってもらうか、愛着を持ってもらうかが考え抜かれている。そのテクニックや工夫をゲーム以外のビジネスや開発に活用していくのがゲーミフィケーションなのだ。
では、ゲーミフィケーションはどのような要素で構成されているのだろうか。
一般的にゲーミフィケーションには「課題」「報酬」「交流」の3つの要素があると言われている。まずは何らかの課題があって、それをクリアすると報酬がもらえて、仲間と交流していく。これらの要素があるとサービスに熱中しやすくなるというのだ。
仲氏が所属するナノコネクトでは、それをさらに精緻化して12の要素に整理している。ユーザーの集中をうながす「コンセントレーション」と、ユーザーを楽しませる「エンターテイン」に大きく分けることができる。
さらには、サービス作成時の仕掛け・理解に関わる「メカニクス」、使いやすさ・満足感に直結する「UI/UX」の2つの観点でも整理されている。いずれにせよ、ゲーミフィケーションの要素の中核にはユーザーに対する理解が不可欠となっている。
仲氏は、要素のひとつとして「デザイアー」について説明した。
「デザイアーとは欲求のことです。サービスに、ユーザーの欲求を引き出す仕掛けを組み込んでおくことで、その欲求を満たすためにサービス内外で熱量高く活動するよう誘導していきます」
例えば、あえて少しだけ「チラ見せ」することで、ユーザーの欲求を刺激することができるという。ドラマの予告編や犯人をシルエットで見せるといった表現で「早く見たい、もっと見たい」という欲求を引き起こすことができるのだ。
また、まったく見せずに想像・暗示させることで、さらなる欲求をうながすことも可能となる。例えば、継続的に毎週月曜日にコンテンツを更新していけば、次の月曜日にも何かあるという期待につながる。
「ゲーミフィケーションでは、こういった要素をサービスの企画・設計段階から組み込むことで、ユーザーを夢中にさせるサービスを作ることができるのです」
実例からゲーミフィケーションの要素を理解する
では、実際にゲーミフィケーションを応用したサービスとは、どのようなものなのだろうか。仲氏は、自社の開発実績の中から「みんなで作るバリアフリーマップ WheeLog!」というサービスを紹介した。
このサービスは、車いすで実際に走行したルートや、ユーザー自身が実際に利用したスポットなど、ユーザー体験に基づいたバリアフリー情報を共有できる新しいバリアフリーマップのプラットフォームだ。日本には200万人以上の車いすユーザーがいると言われており、そういった人々が安心して気軽に外出するための情報を共有できる。
国連主催のワールドサミットアワードのグローバルチャンピオンや、令和2年度のSTI for SDGsアワードで文部科学大臣賞を受賞するといった数々の実績を上げている。
WheeLog!には、次のようなゲーミフィケーション要素が組み込まれている。
まず「マイスター機能」は「駆け出し」「普通」「伝説」「WheeLog!」というように段階的な成長を可視化する機能だ。活動量に合わせて宝石が手に入り、その個数によりユーザーが日々重ねてきた努力の結果や達成率を見える化することでユーザーの利用を促進する。
「エンタメ距離変換」は、車いすで走った距離を「キリンの首○頭分」といったちょっと変わった単位に換算し、それをSNSなどで拡散してもらうエンタメ要素である。換算される単位はランダムに変わるため、ユーザーを飽きさせない設計となっている。
「ステータスの可視化」は、前回のログインからどのくらい新しい投稿があったか表示する機能である。WheeLog!というサービスが全体でどのくらい成長したのか見せることで、ユーザーが提供している情報が世の中で認められ、役に立っていることを見える化するものだ。
「ゲーミフィケーションの中で最も重要と言えるのがゴール設定です。ゴール設定では、ユーザー側の目標とサービス側の目標の両方が重なる領域の実現を目指します」
ユーザーにとっては、サービス利用の目的を達成すること。サービス側は使い続けてもらうこと。この2つを同時に満たすことが大切なのだ。
WheeLog!の場合、「車いすでも外出を楽しむ世界の実現」がユーザーの大目標かつ、サービス側のミッションとなる。そのための「バリアフリーマップの拡充」がユーザーとサービス側、共通の最終的な目標だ。
段階的なゴール設定でユーザーの集中を引き出す
こうしたゴール設計から、さらに段階的な中間ポイントを設定していくことで、ユーザーの利用をうながしていくことができる。
中間ポイントの設定は、サービス全体として5分割くらいがお勧めだそうだ。さらにそれを細分化して具体的な行為レベルまで落とし込んだフロントゴールを設定する。例えば、使い方を理解するためチュートリアルを完了させる、メイン機能を使ってみて最初の投稿をしてもらうといった具合だ。段階を踏んだ目標達成により、心理的リアクタンスを低減させることがカギとなる。
では、サービス側はどのように設計していくのだろうか。目指すべきは、ユーザーがサービスを使い続ける状態、つまりサービスへの「依存度」が高い状態にしていくこと(依存度の向上)になるため、依存度の定量的な測定が必要となる。依存度は、利用頻度・利用時間・メインアクション傾向などユーザーの行動を多数の側面から総合的に判断して割り出す。
先ほど設定した最終ゴールに達している場合、ユーザーは強依存の状態になっているはずだ。その強依存状態のユーザーの状態、およびアクションを定量的に定義し、そこから依存の段階を設計していくのだという。
特に重要なのは、ユーザー側の段階的な目標と、サービス側の段階的な目標の関連をしっかりと理解した上で設計や機能実装を行うことだと仲氏は力説する。例えば、あるフロントゴールに対応した機能を実装する際に、ただ機能要件を満たしただけの場合と、この機能を利用するユーザーはどのような状態なのかしっかりと把握しながら作るのでは、雲泥の差が生まれる。
「世の中にゲーミフィケーションを取り入れたという例がいくつかあります。しかし、その実態はただ単にゲーム要素を取り入れただけの場合も少なくありません。ゲーミフィケーションを応用してサービスを楽しませるには、サービス設計段階からサービスに集中させるところをがっつり作り込む。そうすることで、本当にワクワクするサービスをつくることができるのです」と仲氏は熱く語った。
Webサービスを開発・提供するための手法として、ユーザーエクスペリエンスやカスタマージャーニーマップなどが注目を集めているが、ゲーミフィケーションはその先を行く知見に満ちていると感じたセッションであった。
セッション自体も、冒頭につかみのクイズがあったり、リアルタイムでアンケートをとってそれに合わせて話す内容を変えたりと、ゲーミフィケーション要素に富んだ内容で最後までしっかりと楽しむことができた。