このチームって、チームなの?
この物語の主人公は、入社1年目のバックエンドエンジニアの高井戸。本人確認のためのプロダクトを作っている開発チームに所属しています。第2回となる今回のテーマは「むきなおり」です。
登場人物
高井戸
この物語の主人公。転職1年目のバックエンドエンジニア。いつも変わらない日々を淡々と送っているだけだったが、ちひろがチームに参画してから、少しずつ動き方が変わり始める。
嵐山
バックエンド開発を担う、ベテランエンジニア。どことなく影があり、口数も少なくて馴染みにくい雰囲気。
世田谷
チームのリーダー。いつも忙しくしていて、必要以上のことは決して口にしない。チームにも、仕事にも厳しい。
三茶屋(さんちゃや)
プロダクトオーナー。いつも明るく、チームを盛り立てるムードメーカー。ついていくには相応のテンションが必要。
豪徳寺(ごうとくじ)
デザイナー。会社の中でデザイナーが不足しており、いくつもの案件を兼任している。自分のアウトプットには自信がある。
宮坂
フロントエンドのエンジニア。物静かで真面目な性格。自分の中に「こうあるべき」というストイックな基準を宿している。
和田塚(わだづか)ちひろ
高井戸のチームに新しくやってきたフロントエンジニア兼デザイナー。たいてい穏やかな雰囲気だが、時に鋭い一言をチームにぶつける。
「あのさー、このチームって、いつもリーダーが自分の気になることだけ確認する定例ミーティングを開いているけど、ずっとこうなの?」
1on1の開口一番、ちひろさんはまるでクレームでもあげているかのようだった。実際のところ、Web会議の向こう側のちひろさんは笑いながら眉間に小さなしわを寄せていた。
「そうですね、少なくとも僕がこのチームに来てからはずっとこんな感じですね」
僕の回答が予想通りだったのだろう、ちひろさんからの返事は「そうだろうねー」とそっけないものだった。
「その前のことはちょっと分からないですね」
この1on1はちひろさんからの依頼で開いている。入社間もないちひろさんがいろいろとチームのことを教えてほしいということで、1週間に1回30分程度ということで始めたが、実際には毎回1時間を超えている。ちひろさんからの質問責めに近い。
「チームとして何を追いかけていこう、とか確認しあわないの?」
「え、追いかけるって、何をですか」
僕があまりにも気の抜けた様だったのだろう、ちひろさんも言葉を失っているようだった。いつもリーダーから言われたことをやればそれでいい。チームで一つのことを追うとか、考えたこともなかった。
「だったら、みんなで一度考えてみましょうよ」
「いや、そんなの無理でしょ」と言いかけてる最中に、ちひろさんは目の前でチャット上のチーム全員宛てにメンションを送った。
「@channel このチームに来て1か月少しだけ様子が分かってきました。提案なのですが、みんなで次の1か月何を目指してやっていくかを話し合ってみませんか。対象はチームとプロダクトの両方です」
(うわ……。こんなの反応する人いるの?)
「良いですね。ちょっとマンネリも感じてきていたところなので」
「さすが! 外から来たばかりだと、このチームのいけてなさもよく見えるでしょ」
「ずいぶんなこと言うじゃない:< でも、まあ、良いんじゃない。いい加減やっつけ仕事に飽きてきたところだから」
僕はあぜんとした。思いの外、みんなが乗ってきている。その様子がまた予想通りだったのだろう、ちひろさんは画面の向こう側でいたずらっぽく笑っていた。
「世田谷さんはねー、理詰めの人だと思ったから。理にかなったことはきっと乗ってくると思ったんだよね」
リーダーである世田谷さんが口火を切ったことで、なんとなくチームのマンネリ感に嫌気が差していた他のメンバーもたやすく乗ることができた。ちひろさんは、1on1で僕から話を聞き出して、こんな作戦を考えていたんだ。しかし――。
「でも、宮坂さんがきっと反発すると思います」
「それ! 前回もそうだったけど、なんで?」
「僕も入る少し前だったのでまた聞きなんですけど、宮坂さんって、むしろチームのカイゼンとかにとても意欲的な人だったらしんです。でも、なかなか結果がでなくて。世田谷さんにそのことで結構責められたみたいなんです」
「ふーん、そうなんだ」
自分で言っておいて僕は少し怖くなってきた。今回のちひろさんの提案もみんな乗ってきたものの、当日うまくいかなかったら、今度はちひろさんが世田谷さんに責められることになるかもしれない。不安が急激に高まってきている僕をよそに、ちひろさんはむしろ自信を深めている様子だった。
数日後、ちひろさんの呼びかけで、Web会議にみんなが集まってきた。あの時反応しなかった、嵐山さんと宮坂さんもいる。
「まずは、用意したオンラインホワイトボードのツールに参加してもらうために、URLを貼りますね」
「また、そういう遊びみたいなのをやるんですか。私は遠慮します」
(やっぱり……)
「今回は、とりあえず見ててくださいよ。チームでやろうとしていることなんだし。チームの一員として、知っておくくらいは良いでしょう」
間髪入れずのちひろさんの正論に、宮坂さんは言葉に詰まった。その後も返事はなかったが、ここから出ていくことはしないようだった。
「さて、では始めましょうか、このチームのむきなおりを」