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ProductZine Day&オンラインセミナーは、プロダクト開発にフォーカスし、最新情報をお届けしているWebメディア「ProductZine(プロダクトジン)」が主催する読者向けイベントです。現場の最前線で活躍されているゲストの方をお招きし、日々のプロダクト開発のヒントとなるような内容を、講演とディスカッションを通してお伝えしていきます。

ProductZine Dayの第2回開催です。

ProductZine Day 2024 Winter

ProductZine Day 2024 Winter

「ProductZine Day 2024 Winter」レポート(AD)

プロダクト作りを「行き詰まらせない」ために組織が行うべき「視点の転換」とは

「ProductZine Day 2024 Winter」レポート

 ProductZineは、「先進企業が取り組む『プロダクトマネジメント』への挑戦と、その現在地」をテーマに掲げたオンラインイベント「ProductZine Day 2024 Winter」を1月30日に開催した。本稿では、当日講演された発表の中から、レッドジャーニー市谷聡啓氏によるセッション「『プロダクト作り』のその先にある『システム作り』」の内容をお伝えする。

はじめに

 「プロダクト作り」に挑む企業は以前より増えているが、その結果として、生み出したプロダクトをビジネスに貢献する規模へ発展させていくことの難しさを痛感するケースも増えているのではないだろうか。世の中の「課題」を解決することを目指して作ったプロダクトを、ビジネス面でも十分に価値を生むものへと育て上げていく過程には、多くの課題が存在する。

 ProductZine Day 2024 Winter(2024年1月30日開催)に登壇した、株式会社レッドジャーニー代表取締役の市谷聡啓氏は、プロダクトの成長過程における行き詰まりを回避するためには、組織の「ものの見方」を変えていくことが重要だとした。具体的には、目の前にある課題を解決するための「プロダクト作り」から、組織や社会の構造を変えていくことを目指す「システム(系)作り」への意識変革だ。

 ここで言う「システム(系)」とは、いわゆる「ITシステム」ではなく、組織や社会の「仕組み」や「あり方」を指す。市谷氏は「『プロダクト作り』のその先にある『システム作り』」と題したセッションの中で「プロダクト作り」を「システム作り」へと変えていくべき理由や、その具体的な方法を語った。

プロダクト作りが「断崖絶壁」へと追いやられる理由

 そもそも「プロダクト作り」における要諦とは何か。市谷氏は「F」(Fit、フィット)を得ることだとする。プロダクト作りにおいて考慮すべき「フィット」には、課題の解決に価値があるかという意味での「PSF」(Problem-Solution-Fit)、プロダクトがその解決策として機能できるかの「SPF」(Solution-Product-Fit)、プロダクトがビジネスとして利益を生み出せるかの「PMF」(Product-Market-Fit)といったものがある。これらについて、仮説構築と検証を繰り返しながら「フィット」を高めていくことで、プロダクトと事業は成長していくことができる。

 フィットの仮説検証にあたっては「仮説キャンバス」のようなツールを使って、できる限り具体的に、解像度を高めて検討を行う必要がある。

 この仮説検証に使うツールは「仮説が表現できればどんなツールでも良い」と市谷氏は言う。例えば、「どういう属性の人たちの、どのような課題を、どのような解決状態に持っていくのか」「組織として期待するビジネス規模、収益性へ到達するための算段はどうするのか」といった各要素の「フィット」を、キャンバス上に展開しながら確認あるいは調整していく過程が重要であるとする。

 フィットの仮説検証を行いながらプロダクト作りを進める過程で、多くの組織では課題に直面する。それは、最初に捉えたPSFを実現すれば、それが期待する規模のビジネスになるか、つまりPMFも実現できるかという課題だ。

 「そう簡単ではない。多くの場合、たしかに課題の解決策として価値のあるプロダクトだが、期待するほどの儲けにはならないという状況に直面する。PSFと事業規模への期待というのはまったく別のものであり、必ずしも一致しない」(市谷氏)

 PSFを実現可能な課題は、時として「分かりやすい課題」であったり「一部の人にしか刺さらないニッチな課題」であったりすることが多いと市谷氏は指摘する。PSFが比較的容易に実現できる場合ほど、PMFの実現が難しくなるケースは多いという。

 「ビジネス的にいま一つだというのが見えてくると、『中身を変えていこうか』とか『この取り組み自体を止めよう』とかいう話にもなりそうなものだが、すでに動き始めているプロダクトに対し、そういうことは大抵できない。そうなると、マーケティングで頑張って売るというような『力技』になっていく。すると、そのために投資が必要となり、プロダクトへの大規模な機能の追加や改善のための予算は取りにくくなる」(市谷氏)

 この状況に陥ると、プロダクト自体の価値が劇的に拡充されることはなくなり、あまり代わり映えしないものを長期にわたって抱え続けることになる。そうした状況でも技術的負債は着々と蓄積されていくため、最終的にプロダクトは「断崖絶壁」に立たされ、打ち手のない状態になりがちだという。

PSFとPMFを両立させるための新しい「作戦」を考える

 では、プロダクトを「打つ手なし」の状態に追い込まずに、ビジネス規模を確保するためにはどうすればいいのだろう。

 例えば、分かりやすい「顕在課題」ではなく、より本質的だがまだ顕在化していない「潜在課題」へフィットするソリューションを考えるという方法があるかもしれない。しかし、そもそも顕在化していない課題を最初に想定することの難易度が非常に高いことが問題だ。また、プロダクトの対応領域、つまり顧客を広げていくことで、各領域にある「顕在課題」を次々と刈り取りながら「小さい利幅を束ねてビジネス規模を作っていく」というやり方も考えられるだろう。

 市谷氏は、このセッションにおいて「もう一つ、別の作戦を考えたい」とした。その作戦とは「実質的にPSFとPMFをずらす」戦略だ。『ずらす』とはどういうことなのか。

 「まずはPSFを念頭に何らかの課題解決に寄与するプロダクトを提供し、ユーザーによる利用を進める。利用が進むことで、プロダクトによる新しいユーザー体験が増えれば『状況の変化』が起こる。その変化した状況を新たな前提として、PMFを作っていくという勝負の仕方はできないだろうか」(市谷氏)

 この「ずれ」を前提にフィットを考える際には、前出の「仮説キャンバス」を2つ用意することで「1手目のプロダクトと、そのPSFによって変化した状況を新たな『現状』として、2手目のプロダクトでマーケットへのフィットを検討する」という方法をとることができる。

 「この場合、1手目のプロダクトによって作る状況の中で優位性を作っていけるといい。1手目で今までになかった顧客体験を創出できれば、そこに生まれるデータはかなり特異なものになるはず。それを保有しているのは自分たちの組織しかないわけで、それは優位性となる。それを活用することで、2手目で他社に対する差別化や勝ち方を見つけられるのではないか」(市谷氏)

 この作戦における最大の問題は「展開に必要な時間を許容できるか」である。この作戦は、端的に言えば「1手目で高い利益が出せるかどうか分からないけれど価値のあることをやり、2手目でビジネス的な着地点を探る」というものだ。つまり、そのために掛かる時間を組織として許容できるかどうかが肝になる。

 市谷氏は「結論としては、物の見方を変えることが必要」だとする。

 「目の前のプロダクトで短期的な収益を上げることだけを考えると、この作戦はとれない。プロダクト提供が『新しい機会の創出』『優位性作り』『新しいアセット作り』であると考える必要がある。日本では歴史のある企業ほどキャッシュリッチなところがあるので、この作戦はむしろ、そうした組織にこそ向いている。しかし『短期的な収益』を重んじてきた組織にとっては許容しにくいものでもある。その場合は、組織としての意識変革が必要になるだろう」(市谷氏)

「提案価値を連鎖させる」ためのストーリーを描く

 では、この「『プロダクト作り』を『新たなアセット作り』と捉える」作戦をとる場合において、提案価値の連鎖をどのように築いていけばいいのだろうか。これはつまり「事業展開をどう図るか」という問題だ。

 「顧客やユーザーの状況を表面的に見ているだけでは、展開の奥行きを出すのが難しい。同じ地平で物事を考えている限り世界は変わらない」と市谷氏は指摘する。「表面的でなく物事を見る」ためには、見るための切り口を変える必要がある。ここで問われるのは、プロダクトを作る側が「世の中をどういう視点で見るか」ということであり、事業のより本質的な思想に関わるテーマになる。

 市谷氏は「ものを見る際の切り口を変える」方法を考える一つのヒントとして「ダイエット成功を目的とした体重管理アプリ」を例に挙げた。

 近年、世の中にはこうした「体重管理アプリ」が多く存在している。スマートフォンで食事の写真を撮ると、食材やカロリーを判定してくれたり、メニューの傾向から次に食べるべき食事の提案をしてくれたり、運動メニューを作ってくれたりするなど、機能も多様だ。

 「『ダイエット』という行為そのものが、ユーザーにとってはとても大きなペインなので、その解消に振り切って突破できれば、ビジネスとしても成功する可能性はあるだろう。ただ、こうしたアプリは基本的に『ダイエットのための体重管理』という同じコンテキスト上にある。あえてコンテキストの異なる、別の世界線をイメージすることもできるのではないか」(市谷氏)

 例えば「自分が取った食事や、その時の状況」「栄養や健康の状況」といったものを、ユーザーが友人や家族などと共有したとしたら、何が起こるかと考えてみる。見かねた家族から食材の支援が得られたり、同じくダイエットに挑んでいる友人との間に「一緒に頑張ろう」という協力関係が生まれたりするかもしれない。これはあくまでも例に過ぎないが、このように切り口を変えて「見る」ことで、単なる「ダイエットのための食事管理」から、連絡が途絶えがちだった親類や知人との「コミュニケーションのきっかけ」という、かなりコンテキストの違う「価値」につながる可能性を感じられるのではないだろうか。

 「こうした『ものの見方』に絶対的な正解はない。正解を探すのではなく、どこに価値や意味を置いて『見ているか』が問われる。それは『世界観』が問われるということ。そこに他者の共感が伴えば、プロダクトは事業として期待されるサイズ感に近づいていく」(市谷氏)

世界観によって「新しい課題」を作り出す

 このように「見かた」を変えることで価値や意味の捉え方を変えると、今、世の中で「普通」とされているものに対しても、違う捉え方ができるようになる。それが「潜在課題」を顕在化させること、つまり「新しい課題を作り出す」ことにつながる。

 例えば、これまで紙で渡されることが「普通」だった定期健康診断の結果をスマートフォンから見られるようにできないかと考えることで「PHR(Personal Health Record)アプリ」が生まれる。これによってユーザーは、いつでも手元で自分の検診データを確認できるが、そうなると「各項目の説明が専門的すぎて意味を理解できない」「撮影したレントゲンや胃カメラの画像をなぜ自分で見たいときに見ることができないのか」といった別の課題が生まれてくる。

 今は「普通」かもしれないが「これは普通ではない」という視点(世界観)で見ると、そこに「新しい課題」が生まれる。

 「世界観によって新しい課題を生み出すことと、事業活動を持続させる収益性をどう確保するかは、排他的に扱うべき事柄ではない。片方に意識が向くと、もう片方が軽視されがちだが、両方を担保しながらやっていく必要がある」(市谷氏)

 では、世界観を通じて「見るべき対象」とは何か。それが、このセッションのタイトルになっている「システム(系)」である。「システム」は「現状の構造」や「現状のエコシステム(生態系)」と言い換えることもできる。

 「システムを見ることは、ものの見方をどう変えていくかのヒントになる。潜在的な課題を抱えたシステムは、世の中に多く存在している。そもそもシステムとして成り立っていなかったり、このままでは将来的な継続ができなかったりといった状況は、いくらでもある。システムをどこまで捉えるかによって、課題の生み出し方は変わってくる。これは『どこまで捉えなければいけない』というものではなく、事業としての意思に基づいて捉えるべき範囲が変わる」(市谷氏)

 前出の「ダイエットのための体重管理アプリ」の例で考えると、入り口を「体重管理」としていた場合でも、その先により範囲の広い「健康管理」を置けるかもしれない。その場合「健康診断」や「診察」のデータを手元で見られるような仕組みがあったほうがより便利であり、さらにそれが病院と共有できれば「医療の質の向上」といった課題解決につながる可能性がある。また、本人だけではなく家族との共有も可能になれば「病院と家族との連携による患者の支援」といったことにつながるかもしれない。

 「こうした連携がさらに広がれば『地域医療』が抱える問題の解決につながっていく可能性もある。地域医療では基本的に病院の数が足りておらず、地域の大病院と規模の小さな病院が、それぞれに役割を果たして互いに支え合うような仕組みを作っていかなくてはいけない状況にある。そのためには『データの共有』が不可欠な基礎になる。個人の『体重管理』から始めたとしても、そこから少しずつ重なり合うところ見つけ出し、視点を広げていくことで『地域医療システム』が抱えている問題の解決にまでアプローチできる可能性がある」(市谷氏)

 もちろん、この例も含めて、見る「システム」の範囲が広がれば広がるほど、関わる登場人物は増えていく。そうしたシステム全体を単一のプラットフォームですべてフォローすることは難しいだろう。

 「むしろ、それぞれの登場人物がそれぞれの役割を果たし、全体の『系』としての価値を高めていくことを促せるようなプロダクトはどうあるべきか、ということを考えていくことになるだろう」(市谷氏)

プロダクトで変化を起こすことはプロダクトを作れる人間の「使命」

 ここまでの話で「『システムを見る』と言っても話が大きすぎて、自分たちのプロダクトとどうつながるのかがイメージできない」と感じた人もいるだろう。そうした人に対し、市谷氏は「システムを見る場合も、まずは『Minimum Viable』で捉えるべき」だとした。

 「広がりのあるプロダクトを作っていきたい場合、目の前にある顕在課題の解決だけを考えるのではなく、まずはここまで話してきたように『世界観』に基づいた展開のストーリーを描くべき。その上で、着手するプロダクトがその展開にどこまで関与するのかという形を見つけていくといいだろう」(市谷氏)

 先ほどの「地域医療の課題解決」で考えれば、最初からいきなり『複数病院の連携』を図ろうとするのではなく、まず「患者と病院」「病院と病院」といった形で1本のつながりを作れるようなプロダクトを考えるということになる。

 「いきなり『系』全体を変えていくのは難しい。まずは、その中でうまくいきそうな最小限の単位を見つけて変えてみる。システムに変化を起こす上でも『Minimum Viable』なやり方が、その後の展開につながっていくはず」(市谷氏)

 「何のシステムを変えるのか」「それをなぜ変えたいのか」という問いに対する最終的な答えは、プロダクトを作ろうとしている「自分たち」にしか分からない。多くの企業では「ミッション」や「ビジョン」「パーパス」といった形で「自分たちの存在理由」についてのステートメントを出している。市谷氏は、その言葉に対応して何らかの「変化」を起こしていくことが「システムをどこまで捉えるか」の回答を導くためのヒントになるとした。

 「変化をどうやって起こすのかといえば、それは『プロダクト作り』に他ならない。われわれはプロダクトを作ることができる。それによって変化を起こしていくのは、ある意味で『使命』でもある。実際に手を動かして、プロダクトを作っていくことで課題山積のシステム(系)を変えられる可能性は十分にある。手を動かせば動かすほど、その可能性は広がっていくはずだ」(市谷氏)

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提供:株式会社レッドジャーニー

【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社

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https://productzine.jp/article/detail/2411 2024/03/06 12:00

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