日米におけるプロダクトマネージャーを取り巻く環境の違いとは
犬飼美穂氏(以下、犬飼):今日は私がクライアントを日々ご支援するなかでの悩みや疑問をぶつけていこうと思うので、よろしくお願いします。まずは早川さんのご経歴を簡単に教えてください。
早川和輝氏(以下、早川):プロダクトづくりを実践的に学ぶコミュニティ「PM DAO」のファウンダー&プロダクトマネージャーとして活動しています。現在の本業はNotionのソリューションエンジニアであり、前職もSalesforceでプロダクトマネジメントをしていました。
犬飼:本業はNotionのプロダクトマネージャーとのことですが、「プロダクトマネージャーと組織」について、海外と国内の状況を比較して教えていただけますか。
早川:米国の話で言うと、昨今プロダクトマネージャーのコミュニティは、一時期の盛り上がりに比べると、安定期に入っているように思います。他方、国内は良い意味でまだ盛り上がっていますよね。
ただ、日本でもプロダクトマネージャーに対する幻想が少しずつ崩れてきたというか、CEOみたいに全能な役割を求めていたところから、プロダクトマネージャーの役割が限定され始めていると感じます。とはいえ、採用面で言うと、まだ企業側は広いスキルを求めますし、候補者側も「自分はここまでできます」と大きく見せようとする。互いに風呂敷を広げすぎている気がします。今後はもう少しプロダクトマネジメントのリアルが見えてくれば、少しずつ安定期に入ってくるのではないでしょうか。
犬飼:どんな企業やサービスの場合、プロダクトマネージャーがいたほうがいいとお考えですか。
早川:私がよく感じるのは、CxOの中に“プロダクトマインドセット”を持っている人がいないのであれば、ちゃんとしたプロダクトマネージャーがいたほうがいいと思います。CxOレイヤーの人たちがプロダクトマインドセットを持たずに、現場に丸投げでは立ち行かなくなるので。
犬飼:早川さんのおっしゃるプロダクトマインドセットとは、どのようなものでしょうか。
早川:「ユーザーの価値に基づいてプロダクトをつくれる」「データドリブンでプロダクトをつくれる」「チームをエンゲージしてコラボレーションを促進できる」といったように、定義はさまざまあります。が、私としては、「プロダクト開発のプロセスにおける入口と出口をしっかり押さえて、常にユーザー視点で価値提供できること」がプロダクトマインドセットであると捉えています。
犬飼:早川さんが所属されているNotionでは、プロダクトマネージャーはどのような動きをされているのでしょうか。
早川:Notionは非上場のスタートアップで、創業から7年目くらいまでは、プロダクトマネージャーがいなかったんです。ようやく4〜5年前に1人目のプロダクトマネージャーを採用して、今でも10数名しかいません。プロダクトマネージャーがいなくても、良いプロダクトがつくれた稀有な例ですね。
プロダクトマネージャーにエンジニアリングスキルは必要か
犬飼:次に、「プロダクトマネージャーが活躍するためのスキル」について伺います。そもそもプロダクトマネージャーの業務範囲や求められるスキルは、企業規模によって違いがあるものでしょうか。
早川:そうですね。私がいた当時のSalesforceには、800くらいのスクラムチームがあって、それぞれにプロダクトマネージャーがいました。めちゃくちゃ多いですよね。組織構造としても10階層くらいあったと思います。Salesforceの場合、いつ、誰に、何をつくって、どんな価値を届けるのか、といったことは上層部で決まってしまうので、プロダクトマネージャーがそこに対して口を挟むようなことはありません。上から降りてきたものをPRDに落として、そこにリサーチチームと協力しながらインサイトを加え、エンジニアリングチームと一緒にスペックを考えながら開発する、という狭義のプロダクトマネジメントが行われていました。
他方、Notionの企業規模は、まだすごく小さい。CEOのIvanは「プロダクトマネージャーは、あくまでもファシリテーターだ」と言っています。開発者、営業担当者、デザイナー、エグゼクティブといった社内の人たちが、より良いものをつくれるようにファシリテーションするのが、プロダクトマネージャーに求められる役割なのです。ちょっと意外じゃないですか? 日本ではプロダクトマネージャーに多岐にわたるスキルを求めますが、ファシリテーションだけでいいんですよ。企業規模による違いかどうかは分かりませんが、少なくともNotionでは、そうです。
犬飼:エンジニアリングの知識がないプロダクトマネージャーでも大丈夫でしょうか。
早川:実際に「開発未経験でもプロダクトマネージャーはできますか?」という相談をたくさん受けるのですが、私はいつも「できます」と答えています。私自身は開発ができるので、あまり無責任にできなくてもいいとは言いづらいのですが、少なくともSalesforceやNotionには開発経験のないプロダクトマネージャーは結構います。営業から来たとか、カスタマーサクセスから来たとか、バックグラウンドもさまざまです。
犬飼:われわれメンバーズのUXONEカンパニーでは、伴走型でUX領域から入ってプロダクトマネジメントの内製化支援をしており、メンバー全員がUXやユーザーテストに強みを持っています。そんな私たちを早川さんがプロダクトマネージャーとして育成するとしたら、どんなアドバイスをいただけますか?
早川:日本ではUXデザイナーに、ユーザーへの提供価値を定義するところから、実際にプロダクトをつくるところまで、責任を負わせるケースも多いと思うのですが、本来、プロダクトマネージャーにインサイトを与える立場でしかないはずなんですよね。つまりプロダクト開発のプロセスで言うと、入口を形づくるところに強みがある。その強みを活かして、まずはインサイトを足掛かりにプロダクトマインドセットを一緒に広げていきましょうという話をすると思います。
プロダクトマネージャーはいつまで必要か
犬飼:最後に、「プロダクトマネージャーのキャリア」についてお聞かせください。プロダクトマネージャーはいつまで組織に必要とされますか。将来性について、どのようにお考えでしょうか。
早川:あまり想像では言いたくないのですが、プロダクトマネージャーがファシリテーターだとした場合、ビジネスと開発と市場(ユーザー)の3者の歯車が自律的にうまくかみ合っていれば、プロダクトマネージャーなんて不要なわけですよ。プロダクトマネージャーがいない世界こそ、プロダクトマネージャーが求める世界なので。プロダクトマネージャーの仕事に固執しなくていいし、プロダクトマネージャーがいない世界を目指すのが正しい方向だと考えています。
犬飼:ありがとうございます。大変参考になりました。私自身もプロダクトや組織の性質に合わせて企業・ユーザー双方にとって価値あるプロダクトを提供し続けるために、プロダクトマインドセットを持ってクライアント様をご支援していきたいと思います。