はじめに
数字に責任を持つ立場であるプロダクトマネージャーや事業責任者は、最適なKPIをどのように設計し、効果的に運用すべきか──。この連載では、イタンジ株式会社の取締役 執行役員 COOを務める井口俊介が、実践を通じて得た知見をもとに、マルチプロダクトを展開するテクノロジー企業の視点から解説します。
第1回では、マルチプロダクトSaaS企業のマネージャーに求められる「経営視点に基づくKPI思考」について、第2回ではポートフォリオマネジメントとKPI設計の実践について取り上げました。第3回では、イタンジの事例をベースに、KPIの運用とコントロールの方法やそれを通じたメンバーへのキャリアパス提供について解説します。
KPI設定はスタート地点、重要なのは運用とコントロール
これまで、KPIの設定方法と事業本部制を中心とした組織体制についてお話してきました。すべての指標は時期と数値目標を明確にした定量的な設計が必要ですが、実はこの設計はスタート地点に過ぎず、極めて重要なのが設定したKPIを達成するための運用とコントロールです。

例えば、2025年の目標数値とKPIを設定した場合、それが適切に進捗しているかを確認する機能と、達成に向けた戦略見直しのプロセスが不可欠です。これを支えるのが、判断に必要な数字が一目で分かるダッシュボードです。
具体的な運用方法としては、まず会社全体、事業本部、チームという階層構造の中で、それぞれのレイヤーにひもづくKPIを設定します。各レイヤーで見るべき指標を整理し、ビジネスインテリジェンス(BI)ツールなどを活用した可視化を徹底することが第一歩です。
次に、意思決定権者と実務メンバーを含めた定期的な振り返りの場を設定します。イタンジでは事業本部レベルでは月次、チームレベルでは週次で振り返りを実施しています。この会議体の設定はKPI管理において非常に重要です。レイヤーごとに整理されたダッシュボードをもとに、一貫性のある議論ができるからです。
KPI運用の中で何を判断し、どう対応するか
KPI管理では「多層的な視点」が鍵となり、具体的には次のような流れで進めるのが効果的です。まず、すべての数値指標について現在の達成状況を把握します。このときは目標に届いていない指標については「どこまで現実的に達成できるか」の水準調整を行うこと、すでに目標を達成している指標については「さらに伸ばすための施策」を検討するという対応が必要です。
こうした検討の際には、常に次月の目標数値や現時点での達成率というデータを基に、「なぜ達成できていないのか」「どうすれば目標を達成できるか」「すでに達成した指標をどうすればさらに成長させられるか」という具体的な議論を行います。また、マネジメントの目線としては、経時的なトレンド(傾き)を確認し、現在の延長線上でどの程度の着地になりそうか、という見立ても同時に立てます。
例えば、「目標を達成するために必要な商談数が残りの営業日数では物理的に実施できない」といったように、特定のKPIの達成が難しいことが分かった場合には、「不足分をどこで補うか」という議論を必ず行います。各組織単位(チーム、事業本部、会社全体)でKPIを検証し、達成困難な項目があれば、組織内での調整を検討します。ここでは単に「数字を達成できるかできないか」だけでなく、各KPIの向上余地を見極め、最大限の取り組みを行った場合にどこまで到達可能かという見立てをします。このようにして組織単位での数値目標の達成見込みを毎月評価します。
会社全体では、例えば事業A、事業B、事業Cがある場合に、Aの目標達成が困難だと分かれば、BやCで補完できないか、リソース再配分の可能性を検討します。これはKPIをブレイクダウンすることで具体的なアクションレベルまで分解されているからこそ可能なアプローチといえます。
イタンジでは、ある事業が苦戦していてほかの事業に注力すべき場合には、単に方針を変えるだけでなく、人材配置を調整することもあります。営業担当者やエンジニア、プロダクトマネージャーなどを必要に応じて向上余地のある事業へ再配置することで、不足分を補完するようにしています。
このように、各組織単位のKPI達成率をもとに、それぞれの伸長余地を見極め、最終的な着地見込みを評価しながら、必要に応じてリソースと目標数値の調整を月次で行っていく──というのがKPIコントロールの考え方です。