「未来に挑め」──10回目のpmconf、東京で開幕
実行委員の久津佑介氏の挨拶で、pmconf 2025 東京会場は幕を開けた。
久津氏は、10回目を迎えた本カンファレンスが、日本のプロダクトマネジメントの普及と共に歩んできた道のりを振り返りつつ、今年のテーマ「未来に挑め」に込めた想いを語った。
昨年(pmconf 2024)のテーマ「QUEST.(探求)」から一歩踏み出し、AIや市場の変化を味方につけて「具体的な行動」を起こすフェーズに入ったことを象徴している。
その熱量を裏付けるのが、過去最多となったセッション公募数だ。応募総数は323件に達し、当選枠(東京・大阪合計)は34件。倍率は約10倍という狭き門となった。選考は例年通り、登壇者名や社名を伏せたブラインド審査で行われ、純粋に「今、プロダクトマネージャーが聞くべき内容か」という基準で選ばれたセッションが並んだ。
会場となったホールは、オープニングの時点で満席となり、立ち見が出るほどの盛況ぶりを見せた。参加者の属性も多様化しており、プロダクトマネージャー(参加者の約70%)はもちろん、エンジニアやデザイナー、事業責任者など、プロダクトに関わるあらゆる職種の人々が集い、業界全体のすそ野の広がりを感じさせた。
「忍者のポーズ」で合意? 東京独自の参加ルール「二本足の自由」
「もし、そのセッションで学びがないと感じたら、自分の足で自由に移動してください」
オープニングで提示されたのは、「二本足の自由(The Law of Two Feet)」というルールだ。これは、参加者自身の学びと貢献に対する責任を重視するアンカンファレンスの考え方である。
ユニークだったのは、途中退席する際の気まずさを解消するために「忍者のポーズ(ドロンのポーズ)」をして立ち去ろう、という合意形成が行われたことだ。会場全体でポーズを取り合い、笑いが起きた瞬間、格式張った「聴講」の場から、参加者が主役となる「共創」の場へと空気が切り替わった。
【実装】AIは「試す」から「使い倒す」へ──メルカリが示した分析の民主化
全40近いセッションの中で、今年の大きなトレンドとなっていたのが「AI活用の実務実装」だ。
昨年の「AIで何ができるか」という探索フェーズから一歩進み、LayerX、サイバーエージェントなどが語る「AI前提でプロダクトマネージャーの業務フローや意思決定をどう再定義するか」という実践論が主流となっている。
株式会社メルカリのセッションでは、アナリティクスエンジニアの山田直史氏、マネージャーの小林健太郎氏、そしてプロダクトマネージャーの石本翔真氏の3名が登壇。社内データ分析AIエージェント「Socrates(ソクラテス)」の開発と活用事例を紹介した。
前半では、山田氏と小林氏がSocratesの概要を解説。従来、プロダクトマネージャーがデータ分析を行う際は「SQLを書く」か「アナリストに依頼して待つ」というリードタイムが発生していたが、Socratesの導入により、自然言語で問いかけるだけで即座に分析結果やグラフが得られるようになった。
山田氏は「分析待ちの時間をゼロにし、プロダクトマネージャーが本来やるべき『課題の質の向上』や『意思決定』に集中できる環境を作るこそが、AI時代のプロダクトマネジメントだ」と語り、AIを単なるツールではなく「チームの相棒」として迎え入れる重要性を説いた。
後半では、「実は社内でSocratesを一番使い込んでいるヘビーユーザー」として紹介された石本氏がマイクを握り、会場の笑いを誘いつつ自身の活用実態を公開した。
石本氏は、Socratesを「分析ツール」としてだけでなく、ユーザー行動のログを深掘りする「N1分析」のパートナーとしても活用。「特定の行動をしたユーザーを抽出して」と依頼し、定性的なインサイトを得ることで、仮説検証のサイクルを劇的に加速させているという。
開発側(アナリスト)と利用側(プロダクトマネージャー)が一体となってAI活用を推進するメルカリの事例は、組織的なAI実装の理想形を示していた。
【視座】組織と事業を「再定義」するプロダクトマネージャーの覚悟
午後には、Tably株式会社の及川卓也氏らが登壇し、「変革のその先へ」と題したセッションが行われた。パネリストには、株式会社村田製作所の小金井雄貴氏、エン株式会社の羽場新之介氏、株式会社GA technologiesの馬場庸子氏が参加。製造、人材、不動産という異なる業界の最前線で「組織変革」に挑む3名の実践知が共有された。
ここでは、機能開発の枠を超え、プロダクトマネジメントの視点を用いて「組織」や「事業そのもの」をどう再定義・変革していくかという、より高い視座での議論が展開された。
エン株式会社の羽場氏は、かつての「営業が売ってきたものを開発が作る」という受託的な文化からの脱却について語った。市場の変化により人海戦術モデルの限界が見える中、プロダクトマネージャーが事業KGIにコミットし、「偉い人ではなく解決する人」として現場の信頼を勝ち取ることで、営業部門との共創関係を築き上げたという。
村田製作所の小金井氏は、ハードウェア(モノづくり)の巨人が挑む「データの価値化」について言及。工場内の膨大なデータという資産を事業成果に結びつけるため、経営・現場・技術の3つの視点を繋ぐ「トライアンギュレーション」のアプローチを実践。見えない価値を「プロダクト」として翻訳し、全社的なDXを推進している。
GA technologiesの馬場氏は、ネット不動産「RENOSY」におけるリアルとテックの融合について紹介。開発組織に閉じこもるのではなく、事業部の定例会議に入り込み、事業KPIと開発ロジックを接続させる泥臭い調整こそが、組織の壁を溶かす鍵であると語った。
セッションの締めくくりとして、及川氏はAI時代のプロダクトマネージャーの役割について提言を行った。
「How(どう作るか)のコストがAIによって劇的に下がる今、人間であるプロダクトマネージャーが担うべきは『Why(なぜやるのか)』や『Will(意志)』の重要性だ」
データやAIが出す答えに従うのではなく、「私たちが成し遂げたい世界はこれだ」と意志を持って決めること。その「覚悟」こそが、組織や事業を次のステージへと引き上げる原動力になると語られた。
