「再生ROI」指標の確立と組織全体での運用
これらの分析を経て確立されたのが「再生ROI」という独自指標だ。この指標は、「テックタッチ」の操作ガイドや吹き出しの再生数に、1回再生したときの効果を掛けて算出する。例えば、操作ガイドを1回再生することで操作時間が数秒短縮されるとすると、それを時給換算して効果を計算し、再生数を掛け合わせて顧客が支払う料金と比較する。

この指標により、顧客が感じる「テックタッチ」の価値を定量化することが可能になった。さらに重要なのは、この指標を起点とした要素分解だ。「再生数を伸ばすには、まず認知してもらい1回でも使ってもらうことと、1回使った後に便利だと思って継続利用してもらうことの2つがある」として、認知と継続の両面から改善施策を展開した。
認知改善の施策として、非デザイナーでも見栄えの良いポップアップを作成できるテンプレート機能を開発した。顧客のテックタッチ担当者にとって、リッチな表現のポップアップを作るのは困難だったため、これをテンプレートで提供して、誰でもすぐに作れる状態にしたのだ。
指標運用で特に重要だったのが、組織全体での取り組み体制の構築だ。まず、カスタマーサクセスチームが管理する顧客ヘルススコアに「再生ROI」を組み込んだ。カスタマーサクセス内での優先順位として、当事者としてこの指標改善に関われるよう組み込むことで、プロダクト開発部門だけでなくビジネス部門も巻き込んだ改善活動が実現した。
さらに、全社会議での定期報告と、隔週開催の「プロダクトビズシンク」という会議体を設置した。松木氏は「全社会議で経営指標とプロダクト指標を一緒に発表し、全員がこの指標を追っていることを毎月確認します。また隔週の会議では各チームが再生ROI向上のための取り組みを共有し、向かう方向性をぶらさないようにしています」と運用方法を説明した。
これらの取り組みの結果、2年間で「再生ROI」の中央値が4~5倍に改善し、当初設定した目標を2025年5月に達成した。ビジネス面では、Expand戦略が順調に進展し、例えば人事システムに導入後、複数システムへの展開が進む状況を実現した。また解約防止の面でも、チャーンレートを低く維持し続け、「ROIや効果が出ないからテックタッチ利用をやめる」といった顧客が限りなく少なくなったという成果を得た。
組織面での変化も顕著だった。カスタマーサクセスチームのヘルススコアに「再生ROI」が組み込まれた結果、アップセルしやすい状況が生まれた。さらに重要なのは、ビジネス部門の当事者意識向上だ。松木氏は「伸ばすべきところが明確に定義できたことで、開発チームへの要望や依頼のオーナーシップがビジネス部門にも生まれました」と組織の変化を語る。
松木氏は、この活動を通じた個人的な気づきとして、優れたプロダクトマネージャーの要件について言及した。
「優れたプロダクトマネージャーの条件として『いかにノーと言えるか』という話を聞いたことがありましたが、これは経営イシューとしてどこが重要かを理解し、プロダクトの本質的価値を理解しているからこそ言えます」
営業チームからの機能要望が多数寄せられる中で、「再生ROI向上のためのプロダクト開発ではない要望に対して、『今はやらない』と言えるようになりました」という成長を実感している。