社内活用がもたらす「顧客理解」という真の価値
弊社では、通常のプロダクト開発においても、まずは社内で事前テスト(ドッグフーディング)を行い、CS(カスタマーサクセス)や関係者で使ってから、一部のクライアントにベータ版として提供するプロセスを踏んでいますが、私が考えるAIの社内活用は、単なる機能のテストにとどまりません。その真の価値は「従業員のAI体験を通じた、顧客理解の深化」にあると考えています。

従業員体験(EX)の向上が、顧客体験(CX)を変える
まず、開発者自身がAIの社内活用を推進することで、普段接点の少ない部署のメンバーがどのような業務フローを行っていて、何に困っているのかを深く知ることができます。
日頃のSlackのやり取りだけでは見えにくい、他部署のリアルな業務実態を知る絶好の機会です。それを知ることで、業務改善の解像度は格段に上がります。
そして、AI活用によって従業員の業務が効率化されれば、それは従業員体験の向上に直結します。自分たちの業務を効率化してくれるAIの価値を最も深く理解しているのは、それを日常的に使う営業やCSのメンバーです。彼らが自社のプロダクトに組み込まれたAI機能の価値を「自分ごと」として語れるようになれば、顧客への提案にも熱と説得力が宿ります。優れた従業員体験が、結果として優れた顧客体験を生み出すのです。
プロダクトマネージャーや開発者の「顧客解像度」を上げる
さらに重要なのは、社内からのフィードバックが開発チームの「顧客理解」を直接的に深める効果です。
社内でのAI活用プロジェクトでは、意識的にプロダクトマネージャーを介さず、エンジニアやデータサイエンティストが直接、利用ユーザーである社内メンバーにヒアリングをしたり、フィードバックをもらったりする機会を設けています。
- 「具体的に、どんな業務の、どのタイミングで使いたいか?」
- 「逆に、なぜこの機能は使われないのか?」
- 「業務で使えるレベルの精度とは、具体的にどのラインか?」
こうした生々しいフィードバックに直接触れることで、開発者はユーザーへの解像度を飛躍的に高めることができます。「誰の、どんな課題を解決するのか」というプロダクト開発の根幹への理解が深まり、結果として「顧客に使われない機能」を作ってしまうリスクを減らすことができるのです。
これは、社外の顧客を対象とするプロダクト開発においても、極めて重要な示唆を与えてくれます。社内という身近なユーザーを深く理解する経験は、まだ見ぬ顧客の課題を想像し、共感する訓練にもなるのです。
おわりに
今、AI活用の差を生んでいるのは、もはやモデルの精度そのものではありません。「どのデータにアクセスできるか」、そして「業務フロー全体を見渡したときに、どの部分をAIでリプレイスできるか」という、一歩も二歩も踏み込んだ視点です。その視点を養うために、まずはご自身の業務、あるいは隣の部署の業務に注目してみてください。
「どうすれば改善できるか。どうすれば精度を上げられるか。そのためには、どんなデータが必要か」
この問いを繰り返すことで解像度は上がっていきます。そして、そこで生まれた小さな成功事例は自信になると同時に、周囲からの信頼を獲得する礎となります。その信頼こそが、より大きなプロジェクトを推進する強力なエンジンになるはずです。
「AIを活用したいのに、周りが協力的でない」と嘆く前に、まずは小さなところから始めてみること。それが結果として、個人にとっても、会社にとっても、最も良い結果をもたらすのです。
壮大な構想を描く前に、まずは身近な課題に目を向ける。AIという最先端のテクノロジーを駆使しながらも、その第一歩は極めて泥臭い。この視点こそが、AI時代のプロダクト開発を成功に導く鍵なのかもしれません。
次回は、データサイエンティスト、プロダクトマネージャーともに必要な「課題理解」のスキルについてご紹介する予定です。