社内外のステークホルダーを巻き込む、4つのステップ
「とはいえ、自分一人が顧客視点を持っても、組織は変わらないよ」
そう感じた方も多いかもしれません。上司や他部署、経営層を説得するのは、本当に骨が折れる仕事ですよね。だからこそ、最初から大きな変革を目指すのではなく、現実的なステップを踏んでいきましょう。
1.深い課題を持つ「理想の顧客」を特定する
まずは「誰でもいいから」と考えるのをやめて、「今すぐにでも、お金を払ってでもこの問題を解決したい」と切望している顧客を探すことに集中します。その切実な課題を、バーニングニーズといいます。こうした切実な課題を持つ顧客は、多少プロダクトが荒削りでも、熱心なフィードバックをくれる最高のパートナーになってくれる可能性が高いからです。
2.まずは5〜10人の顧客に「会いに行く」
アンケートやレポートだけでは不十分です。可能であれば、顧客がいる現場(オフィスや自宅、工場など)に足を運び、5〜10人の顧客に直接会いましょう。どんな環境で、どんな表情で、どんな言葉を使って彼らが話すのか。その「コンテキスト(文脈)」に触れることで、数字だけでは決して分からない課題の輪郭が見えてきます。それを理想の顧客を見つけるまで継続します。
3.顧客を見つける「試行錯誤のプロセス」に巻き込む
正直なところ、理想の顧客はそう簡単には見つかりません。しかし、その「見つからない」という事実や、仮説が外れて方向転換(ピボット)する試行錯誤のプロセスこそが、チームにとって最大の学びになります。そのプロセス自体に、上司や他部署のキーパーソンを巻き込んでしまいましょう。「一緒に顧客を探してください」と頼んだり、「顧客インタビューにいくので一緒にいきませんか?」と巻き込んだりすると効果的です。実は、成功事例だけを共有するより、失敗や試行錯誤、迷いの過程を共有するほうが、よほど強い信頼関係を築くことができます。
4.「顧客の声」を解像度高くステークホルダーに届ける
ただインタビューの議事録を共有するだけでは、人の心は動きません。「解像度を高く」伝える工夫が必要です。例えば、「30%のユーザーがこの機能は不要だと回答した」という定量情報に加えて、その理由を語る顧客のインタビュー動画を見せるのです。最も効果的なのは、ステークホルダー、特に懐疑的な意見を持つ人こそ、次のインタビューに同席してもらうことです。時には顧客のもとに一緒にいき、共に話を聞きましょう。顧客の生々しい声と感情に直接触れる体験は、どんな分厚いレポートよりも人の心を動かします。
【ケーススタディ】ある素材メーカーが「スペック売り」から脱却した話
ここで、特定の企業名は伏せますが、炭素繊維のような先端素材を扱う多くの企業が経験する典型的な事例を、A社という形で紹介します。
A社は、長年の研究の末に、鉄の数倍の強度を持ちながら重さは4分の1という画期的な新素材「炭素繊維強化プラスチック(CFRP)」の量産技術を確立しました。開発チームはこの素晴らしいスペックに自信を持ち、自動車業界や建設業界に「こんなに軽くて強い素材です!」とアピールして回りました。
しかし、思うように売れませんでした。なぜなら、多くの顧客にとって、その性能はオーバースペックであり、何より既存の素材に比べて価格が高すぎたからです。
そこで、ある若手担当者が視点を変え、「軽量化」が価格以上にクリティカルな課題となっている業界を探し始め、産業用ドローンメーカーにたどり着きました。彼らの「用事」は、「バッテリーの重さに制限されずに、もっと長く、もっと遠くまで飛ばしたい」という切実なものでした。
A社は、提案の仕方を変えました。「軽くて強い素材」という漠然とした訴求をやめ、「ドローンの骨格に採用すれば機体を20%軽量化でき、飛行時間が15分延長できる素材」として、顧客の「用事」に寄り添った価値を提案したのです。この提案はまさに彼らが求めていたものであり、高価にもかかわらず採用が決定。結果、A社の素材を搭載したドローンは性能が飛躍的に向上し、インフラ点検や長距離輸送といった新たな市場を開拓するきっかけにもなりました。
A社は、技術を変えたわけではありません。技術の「伝え方」を、顧客の「用事」に寄り添う形に変えただけなのです。
まとめ:顧客視点への旅は、たった1人の顧客との対話から
今回は、技術志向の強い企業が陥りがちなプロダクトアウトの幻想と、そこから抜け出すためのヒントについてお話ししました。
今日の話で最もお伝えしたかったのは、技術やプロダクトのスペックそのものに価値があるわけではなく、それが「誰の、どんな用事を片付けるか」という文脈に置かれて初めて「価値」に変わる、ということです。
もし、あなたが今、顧客不在のプロダクト開発に悩んでいるなら、まずはたった1人でいいので、顧客候補となる人の話を聞いてみてください。
「最近、どんなことで困っていますか?」と。
その小さな一歩が、あなたのチームを、そしてプロダクトを、正しい方向へと導く大きな推進力になるかもしれません。
さて、顧客視点が見えてきても、次に私たちの前に立ちはだかるのが、そう、「社内の壁」です。次回は、レガシーな組織や文化の壁をどう乗り越えるかをテーマに、より具体的な社内調整のテクニックについてお話ししたいと思います。
どうぞ、お楽しみに。