大企業だけでなく成長中のスタートアップにも存在する「内製化の課題」
デジタルトランスフォーメーション(DX)への関心の高まりと呼応するように、日本の大手企業においてもITシステムの「内製化」に向けた動きがにわかに加速している。ビジネス環境や顧客ニーズの変化へ迅速に対応するために、コアなビジネス領域に関わるITシステム、サービスを自社で開発、運用できる体制を作っていくことが、競争力を高めていく上で重要だという認識が広まりつつある。
一方、そうしたことが可能な「エンジニアリング組織」を、企業がうまく構築、発展させていくにあたっては課題も多い。そこには、単なる採用や組織編成、教育といった人事上の課題だけではなく、企業としての業務プロセスの再構築、新たな文化の醸成といった課題も絡んでくる。
そして、こうした「内製化」の課題は、大企業だけのものではない。サービス開発の体制を社内に持つことが多いスタートアップでも、ビジネスが成長するに従って、将来的な成長を持続できるような「内製化」の仕組みを維持していく上で、さまざまな課題に直面する。
2000年創業の「ゆめみ」は、企業のこうした課題への取り組みを支援する「内製化支援サービス」を提供している。これは、DX推進を目指す大規模企業だけでなく、急速な組織の拡大によって課題に直面しているスタートアップにとっても有用なサービスであるという。
ゆめみが「アウトソーシング時代の終焉」を目指すわけ
――「ゆめみ」は創業以来、さまざまな自社サービスや、大手企業のサービス開発・運用支援を手がけてきています。同社が「内製化支援サービス」を提供する意義を聞かせてください。
片岡:ゆめみでは、創業から21年の間に、BtoC、BtoBのさまざまな事業を幅広く手がけてきました。2014年に実施した「Sprocket」「スピカ」の分社化以降は、事業領域をBtoBに特化させています。
2000年代後半から2010年代前半は、グローバルに展開する大企業でのDXが立ち上がってきた時期でもあり、ゆめみでは、そうした企業の支援も手がけてきました。例を挙げると、2011年にスタートした日本マクドナルドの「かざすクーポン」(現在はサービス終了)なども、当社が支援したサービスの一つです。
近年には、コロナ禍の影響もあり、これまでDXに本格的に取り組めていなかった日本企業も、従来のシステム開発、運用のあり方について危機感を持ち始めています。不確実性が高まり続けている世の中で、広く受け入れられるサービスを提供できるようにするため、競争力に直接影響しないシステムにはSaaSなどを活用しつつ、コアな事業領域に関わるシステムについては「内製化」していくべきだという認識のもとで、社内にエンジニアリング組織を立ち上げ始めています。
現在、ゆめみでは「アウトソーシングの時代を終わらせる」というステートメントをミッションとして掲げています。そうした意識で「内製化」に取り組んでいる企業の支援を通じて、企業がコアな事業領域に関わるシステムをアウトソーシングする時代に終止符を打ちたいと考えています。
片岡俊行氏
1976年生まれ。京都大学大学院在学中に株式会社ゆめみ設立。在学中に、100万人規模のコミュニティサービスを立ち上げ、その後も1000万人規模のモバイルサービスを成功させました。また、大手企業向けに5000万人規模のデジタルマーケティングの立ち上げ支援を行い、スマートフォンを活用したデジタル変革を支援するリーディングカンパニーとしてゆめみグループを成長させました。
現在は、アジャイル組織・ティール組織の代表的な企業として、ゆめみの組織変革に取り組み、組織ノウハウを外部にも公開しながら、日本のIT産業への貢献を誓っています。
工藤:ゆめみでは、2000年前後から、日本初のフィーチャーフォン向けのECパッケージや、日本最速のメルマガエンジンといったSaaSを、自社プロダクトとして開発してきた実績があります。現在では、お客さまのサービスそのものを作っていくことを支援させていただいていますが、プロダクト(サービス)を作り上げるプロセスで、組織としての「文化の違い」を感じることがあります。
ゆめみは、これまでのプロダクト作りの実績を通じて、エンジニアリング組織としての文化を育成し、成熟させてきたという自負があります。こうした文化についても「内製化」に取り組む事業会社へ何らかの形で注入していくことで、より良いプロダクトを生み出せる組織づくりに貢献できるのではないかと考えています。
工藤元気氏
2011年ゆめみ入社。O2O/オムニチャネル/オープンイノベーション/DX支援/クロステック/デジタル新規事業といった、Webアプリ、スマホアプリ開発案件のPJ推進・ディレクターを経験、2019年マーケティング・セールス担当として取締役就任。
AWSを用いたクラウドインテグレーションや、デザイン思考を活用したプロトタイプ・PoC提案など、デジタルサービスの立ち上げ〜運営を手広く支援する。
急成長中のスタートアップが直面する「2つの課題」
――片岡さんは、ポッドキャストなどで、大企業だけでなく、すでに内製化が一般的なスタートアップ企業でも「成長の過程で課題に直面する」と指摘されていました。それはどのようなものですか。(片岡氏のポッドキャスト)
片岡:ゆめみに相談をいただくスタートアップの多くに共通するのは、会社がシード期やシリーズAを過ぎ、エンジニア組織の規模としても20~30人になって、これからさらに人数を増やし、成長を加速したい時期に差し掛かっているという状況です。
この時期のスタートアップが抱える課題としては、大きく2つあると思います。
スタートアップの場合、特に立ち上げの段階では、どうしても、ある程度の技術的負債を許容しながら、ビジネス重視でプロダクトをグロースさせていかなければならない時期があります。この技術的負債は、そのままにしておくと、人を増やしても生産性が上がらなくなったり、機能開発が進まなくなったりするので、どこかで返済をしなければならないのですが、そのタイミングが難しいのですね。
それまで、いわゆるフルスタック的にプロダクトに関わっていたエンジニアも、その時期になると、ある程度は専門性をもとに分業をしていく必要が出てきます。また、どうしても「技術的負債の解消」は内部から動き出しづらい作業でもあります。
この場合、ゆめみが外部から介入して、まず初めに、ドキュメントを整備したり、リファクタリングをしたりといった形で支援を行います。これにより、人が増えても生産性を下げずに、プロダクトをグロースさせていく環境を作りやすくします。ゆめみには、パートナーを含めると200人以上のエンジニアが関わっているので、単純に言えば、20人のエンジニアがいる組織と比べて、そうした課題解決の知見は10倍以上あるということになります。
もう一つの課題は「コアのリーダー依存」による弊害です。会社も100名規模になってくると、マネージャーを置いたマネジメント構造が必要になります。それまでコアな部分を見てきたリードエンジニアは、プロダクトの仕様や設計を最も理解しているキーパーソンですが、そうした人が、評価や採用、人材育成といったマネジメントにも携わることになると、どうしても時間が足りなくなり、結果としてサービス開発のボトルネックになってしまいます。
その場合、SESを利用したり、フリーランスのエンジニアを補充したりすることで技術面の負荷を軽減しようとするケースもありますが、そのような場合でも、長期的な視点で見た場合、技術に関するノウハウが個人に依存してしまうリスクも高まります。
そうした課題に直面している企業をサポートする場合、われわれは「組織」として、仕様や設計への理解を蓄積していくことができます。その理解を通じて、細かい詳細設計や要件定義などの部分については、ゆめみ側で巻き取って作業し、事業会社側のリードエンジニアは、大枠をレビューするだけで大丈夫な状況を作っていくことができます。負荷の減ったリードエンジニアは、会社を成長させるための新たなプロダクトづくりにも関わりやすくなります。
工藤:スタートアップに、プロダクトやプロジェクトのマネジメントについて、十分な経験のある人がはじめからいることは、まれだと思います。短期的な目標達成のために、SESやフリーランスを活用するというのは効果的なやり方の一つではあると思うのですが、企業としての将来性、計画性を考えたとき、社外のスキルやノウハウに依存しながら課題を克服する状況はリスクにもなります。あくまでも「組織」として、課題を解決し、その知見を蓄積していくべきなのですが、それもまた簡単ではありません。
ゆめみ自身も、これまでの事業経験の中で、さまざまな失敗をしながら、そうした課題を克服してきました。そのプラクティスを、これから成長していこうとしている急成長スタートアップにも提供していくことが、現在のわれわれのミッションであると感じています。
スタートアップの中には「ゆめみは、大企業向けにビジネスをしているから、ベンチャーが相談しても金額感が合わないのではないか?」と思っているところもあるかもしれませんが、コスト構造を抜本的に改善し、妥当な金額感で支援できる体制を構築しました。
技術的負債の返済から勉強会運営まで幅広い支援メニュー
――「内製化支援サービス」のメニューにはどのようなものがあるのでしょうか。
片岡:お客さまの抱える課題は「特定の技術に対する知見の不足」だけでなく、状況によって常に変化します。そのため、企業ごとに、その時々の課題状況に対して解決策を提案できるよう、幅広く用意しています。
いくつか例を挙げると、技術的負債を定期的に解消していく「リファクタリング支援」、設計レビューやコードレビューを支援する「テックリード・技術相談支援」、クラウド導入計画を進めるための「アーキテクチャ設計支援」、SlackやNotionのような情報共有ツールやCI/CD環境の導入を支援する「システム導入支援」といったもののほか、少し変わったところだとエンジニアの採用や評価を支援する「エンジニア面談支援」、組織に学習文化を形成していくことを支援する「勉強会運営支援」などもあります。
工藤:一般的なSESやフリーランスによるリソース支援を受ける場合、どうしても「個人」の力を借りるという形式になりがちです。相性もありますし、その人にない知見が必要になったときにはどうするのかといった問題もあります。
ゆめみの場合、企業ごとの、その時々の課題に「組織」として対応できることが圧倒的な強みになります。社内での情報流通が常に活発に行われているので、担当の個人が対応できない問題でも、組織内で知見を探せば、何らかの解決策が見いだせ、それはお客さまの組織にも還元されます。
――このサービスを活用している企業の事例はありますか。
片岡:アタラシイものや体験の応援購入サービスの「Makuake」のプロダクト開発支援を手がけています。同社の場合、当初はエンジニアリソース不足の補完を目標にご相談いただき開発支援に入りました。その過程で、今後さらに開発スピードを上げ、サービスをグロースさせてビジネスゴールを達成するためには、いくつか大きなシステム課題のようなものも見えてきました。
将来を見据えたときはどう優先順位をつけてチケットを処理していくべきか、どういうアーキテクチャを持っておくべきか、設計手法をどうシフトしていくべきか。そうした観点で提案をすると同時に、そのノウハウを共有することで、ゆくゆくは、お客さま自身でビジネスを加速していける体制を整えてほしいと考えました。
Makuake様には、ゆめみが「足りないリソースを補完するだけの会社ではない」と評価していただいており、中長期の事業ゴールを共有し、伴走していくという関係性を築かせていただいています。
工藤:スタートアップでは、エンジニアのような人的リソースだけでなく、技術面、組織運営面のノウハウやスキル、文化など、さまざまなものが不足しているのが普通です。そうした状況に、できるだけ幅広く対応するためにサービスラインアップを拡充しています。
このサービスを通じて、ゆめみが伴走しながら、そのノウハウをお客さまの組織に注入し、最終的にはサービスを「卒業」して、自力で走り出せるようになってほしいと考えています。あえて「開発サービス」や「エンジニアリングサービス」ではなく「内製化支援サービス」と名付けているのは、それが理由です。
片岡:より将来的な話になりますが、このサービスを通じて、より多くのスタートアップが良いプロダクトを生み出せるようになれば、ひいてはそれが、そうしたスタートアップのサービスを利用する大手企業のDXを推進するエンジンの役割も果たすようになるだろうと考えています。ゆめみでは、日本の産業界の未来を明るくする取り組みとして「内製化支援サービス」に注力していきたいと考えています。