あえて実施するアナログな施策「機能開発投票フェス」
このように、私たちはAIの力を積極的に活用し、顧客理解を深めようとしています。しかし、それと同時に、AIだけでは決して得られないものがあることも、私たちは深く理解しています。
その信念を象徴するのが、私たちが定期的に実施している「機能開発投票フェス」という、極めてアナログな取り組みです。
これは、普段からお客様よりいただいている多くのご要望の中から、特に声の多いものをリストアップし、「次に開発してほしい機能」を1人1票で投票していただく、というイベントです。AIで顧客の声が収集・分析できるこの時代に、あえてこのような手間のかかる手法を取るのには、明確な理由があります。
AIが捉えきれない、顧客の「熱量」と「体温」
AIがテキストや数値を分析することはできても、顧客が投じる一票に込められた「期待」や、投票結果という総意となって現れる「熱量」や「体温」は見えてきません。AIによる分析が、既存のVoCやログといった「受動的なデータ」から示唆を得るのに対し、投票フェス(イベント)は「次に開発する機能」という共通の目的に対して顧客が意思表示をする「能動的な行動」なのです。
「なぜ、この機能が必要なのか」「それをどれだけ待ち望んでいるのか」。わざわざ顧客に投票してもらう、行動してもらうことでわかる、その切実な想いの強さは、開発チームの心を動かし、プロダクトを前に進める何よりの燃料になります。投票フェスで多くの票が集まった機能の開発に取り組むとき、チームのメンバーは「自分たちは、これだけ多くの顧客に望まれているものを作っているんだ」という強い自信と信念を持って開発に集中できるのです。
また、この取り組みは開発チームだけでなく、投票に参加してくださったお客様、そして会社全体にもポジティブな影響をもたらします。お客様にとっては、自分たちの一票がプロダクトの未来を左右するという実感があり、「共創者」としての意識が高まります。そして私たちにとっては、投票結果が時に社内の思い込みや仮説を覆すような意外なインサイトを与えてくれることもあります。
顧客が本当に困っていることは何か。私たちが本当に解決すべき課題は何か。会社の規模が大きくなり、顧客の顔がだんだんと見えにくくなってくる中で、この原点を定期的に確認する泥臭いプロセスは、私たちが道に迷わないための羅針盤のような役割を果たしています。顧客の持つ課題感だけではなく、感情を理解し、共に解決する。この共創関係は現時点ではまだ「人」にしかできない価値なのではないかと考えています。
聞いて終わりではなく、投票結果を元に開発した機能をしっかりとお客様に届け、フィードバックをいただく。このサイクルを回し続けることが、顧客との信頼関係をより強固なものにしていくと信じています。
おわりに
3回にわたり、AI時代のプロダクト開発について論じてきました。
もしかしたら将来、私たちのプロダクトをAI自身が開発し、人が介在しない世界が来るのかもしれません。しかし、少なくとも現時点において、プロダクトの最終的な利用者は「人」です。
だからこそ、私たちはAIの力を最大限に活用し、効率化できる部分は徹底的に効率化する「スマートさ」を持ちながらも、決して顧客と直接向き合う「泥臭さ」を忘れてはならないと考えています。
私がこの連載を通して最も伝えたかったのは、AIを駆使してコストパフォーマンス良く何かをするのが重要というわけではない、ということです。人が解くべき課題、人にしかできないことにしっかりと時間を使うために、AIという強力な道具を使いこなすべきなのです。
このバランス感覚こそが、これからのプロダクトマネージャーとデータサイエンティスト、そしてすべてのプロダクト開発に携わる人々にとって、最も重要な指針となるのではないでしょうか。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
