ベンチャーと大手企業の文化的齟齬をロジックと体験で埋めていく
Wellnizeという共同事業会社の設立を構想するまでには、2~3年間ほどの時間が必要だったという。まず木下氏らが講師となり、経営企画部門などを含めた明治の関係者に対して、消費者向けデジタルサービスの開発の基礎に関する研修を実施した。約半年間をかけてDXに関する知見を社内に共有し、関係部署だけでなく、他部署や経営層などのさまざまなステークホルダーを巻き込みながら、新しい組織体制の必要性について理解と納得感を醸成していった。
またプロダクト開発を進める中で、木下氏らCo-Lift側から開発における課題や問題を予見してフィードバックしたり、失敗をリカバリーしたりという実務に加え、デジタル人材の中途採用や育成に必要と考えられる社内制度について話し合うなど、さまざまなコミュニケーションを積み重ねていった。
しかし、食品大手である明治とデジタル系ベンチャーのCo-Liftでは、文化や考え方、行動指針も異なる。ベンチャーから見ると、大企業の進め方は不合理・保守的と映ることも少なくなかった。例えば明治においては、デジタルのプロダクト開発では当然とされるアジャイル型ではなく、しっかりと計画に沿って行うウォーターフォール型が好まれていた。
しかし、これまでのやり方や価値観を否定するのではなく、仕事における両社のモチベーション構造を理解し、それをもとに話し合うことで“最適な落としどころ”を見出すことを選んだ。その経緯や方法は、「プロダクトマネージャーカンファレンス 2024」の講演レポートで詳しく紹介しているので参照してほしい。
木下氏は、「基本的には『一緒に体験すること』が、デジタルサービス開発の要諦を理解するのに最も簡単で有効な方法だと思う。サービスを一緒に立ち上げる中で、例えば要件定義を厳密にやりすぎて失敗し、ミニマムな機能でマーケットの反応を見て育てるほうが効果的だと実感してもらえれば、一気にアジャイルの意義や価値への理解が進む。しかし、大きな組織では最新の現場を体験していない人が意思決定をするケースも発生するため、言語化によって伝えることが欠かせない」と語る。
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その言語化と伝達では、川端氏の「明治の社内に通じる言葉に翻訳する」という社内コミュニケーション力が重要な役割を果たした。「2026中期経営計画」に既存商品の価値最大化にデジタル技術を活用するという宣言や「明治グループ2026ビジョン」にDX指針を掲載するなどのトップダウン的な働きかけによって、少しずつではあるが会社全体の空気を変えることにつながった。
川端氏は、「DXを取り組むべき課題と理解していても、何をどうすればいいか分からないという人が多く、変化にはアレルギーがあった。そもそもルールを変えることはセキュリティや予算の問題もあり、時間がかかる。そこで課題解決におけるデジタルの有用性を説明したり、一緒に何かを作業したりすることで、仲間を作ることに注力した」と語る。
なおコミュニケーションでは、一方的にDXの重要性を説くのではなく、それぞれの部門の事業課題をヒアリングし、デジタルでかなう解決策などを提示するように心がけた。働きかけによって少しずつ理解者が増え、既存のルールのもとで実現するための解釈や新しいやり方を一緒に考えてもらえるなど、社内の空気が明らかに変わってきたという。